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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
9話.合衆国上海連絡員、諸葛ケイト
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クレイジーな格好のブロンド女

 国家の政治体制や、イデオロギーに正解なんてない。資本主義でも共産主義でも、国民が納得しているなら構わない。

 それはわかっているけれど、貧富の差は合衆国以上、いや世界一かもね。


 金色の電飾が輝く上海の街を眺めながら、一人の女が歩いている。

 すれ違った人が、思わず振り返って見送るほど、非常に目立つ外見だ。

 ただ、彼女の方は全く意に介さず、ツンと澄ましている。

 心の中で考えていることは、かなり凶悪だったが。


 この街は、貧乏人が本当に貧乏って感じ。

 まず服装が異常に地味。見てみなさいよ、あれ。いくら下町とはいえ、ディナータイムなのよ。ガバガバしたトレーナーで出歩くなんて女じゃないわ。見てるこっちが恥ずかしいわよ。

 それにしても、ほんとゴチャゴチャしてて、クレイジーに人口が多いのね。

 たぶん、人が一人死んだくらいじゃ、誰も気付かないわ。


 彼女はときどき歩みを止める。極彩色の、演出過剰なショーウィンドウを見るふりで、ガラスに反射した後方を確認しているのだ。


 やっぱり、あの男チラチラと映るわね。あれで尾行してるつもりかしら。ちょっと確かめてみる? 素敵な夜になるといいけれど……っ!


 何気ない風を装い、路地に入って──すぐに駆け出す。一番近い路地を右へ、さらに次の路地を左に折れた。この先は、行き止まりだ。手近な物陰に入って、待ち伏せる。息を整えて気配を殺した。これはプロの動きだ。

 ほどなく、一人の男が路地に入ってきた。あわてて追いかけた様子は見えない。立ち止まって下を向き、耳だけで周囲の動きを探っている。こちらも、かなりの熟練者だろう。


「困るのよね、時間外にアポなし訪問なんて」


 ふいに声をかけた女に驚くでもなく、男は振り返った。ゆっくりと視線を上げ、人相を確かめる。


「諸葛ケイトだな?」

「誰のことかしら? その人って、私によく似た美人だった?」

老西門(ラオシーメン)の周大人(ターレン)から、あんたへの届け物だ」

「バースデーなら、2週間前に済ませたわ」

「そうかい? だが、こいつを渡すように言われたんでな」


 男が懐に手を入れた。

 女は素早くしゃがみ、裾のスリットからデリンジャーを抜き出す。銃口を斜に構えて男の胸を狙った。見る人が見れば、八卦掌のアレンジだと気付くだろう。


「気の短いレディだ。レターだよ」

「あら、宛先は合ってるかしら?」

「クレイジーな格好で歩いてるって聞いたぜ。他にいるか?」


 派手な金髪に、星条旗柄のチャイナドレス。


「失礼ね。ファッションセンスに大きな相違があるわ」

「そんな目立つもの着てるのは、あんたらくらいさ」


 しばしの沈黙──お互いにニヤっと笑った。

 女はデリンジャーを太もものホルスターに収め、男は隠し持っていた自爆装置のスイッチを切る。


「どうやら本物みたいね」

「なんとかならんか、この茶番のような本人確認は」

「国の方針なの。エンターテイメントは大事よ」

「まあいい、ブツはこれだ」


 男が懐から出したものは、ごく普通の郵便封筒だ。


「あら、本当に紙のレターなのね」

「パイレーツ船パイフーの予定航路が暗号で書いてある」

「パイフー?」

「白い虎、そっちの言葉に直せばホワイトタイガーさ」

「ああ、そういえば沈んだヘイロンは黒い龍だったわね。あなたたちの国ってアニマルが好きなの?」

「仕事に戻ろう。レターの解読キーは別ルートで送った。あんたが持ってきた、合衆国の技術データはどこだ」


 女は妖艶に笑い、自分の唇を指差した。


「このルージュよ。色素のDNAにコード化して刻んである」

「艶っぽいことだ」

「さあ、キスマークはどこに付けて欲しい?」

「もちろん、ここに」

「あら、あなたって意外とジェントルマンなのね……。まるでアニマルよ!」


 そう言うと、思いがけない強さで抱きついた。

 スリットから伸びた脚を上げ、男の腰に絡める。

 しばらく恋人のように見つめ合い──唇を重ねた。

 初めは触れるくらいに、やがて何かを奪い合うように激しく。


「んっ……」


 満足したのか、一度強く抱きしめると、スッと身体を離した。


「じゃあね、リトルガイ。素敵な夜だったわ」


 腰を突き出し、上目遣いで微笑むと、あっさり身体をひるがえして路地を歩き出した。ヒラヒラと振る手には、キスをしている間に男から取り上げたレター。これもプロの動きだ。

 カッカッとヒールを響かせて奥へ進み、北を目指す近道に入る。


 パスッ


 小さな音が聞こえた。

 女は、一瞬「あっ」という顔をしたが、すぐに星条旗が真っ赤に染まり、膝から崩れるように倒れた。


 代わって路地に現れたのは、サイレンサー付きのハンドガンを手に「ガバガバのトレーナー」を着た女だ。いくら下町とはいえ、ディナータイム。こんな場違いの格好で街を歩いてきたなんて、まさにクレイジーだ。いかれてる。

 ガバガバは星条旗の側にしゃがみ込み、レターを奪い取った。

 そのまま冷たい目で見下ろす。


「染めた金髪なんて馬鹿にしてるわ」


 立ち上がりながらトレーナーを脱ぎ捨て、路地を戻っていく。腰の動きに合わせて揺れる髪は、生まれつきのブロンド。

 慣れ親しんだ上海の裏道を通り抜け、繁華街の南京路(ナンジンルー)に出た。


 ここまで来れば安心だけど、あいかわらずクレイジーに人口が多いのよね。

 たぶん、人が一人死んだくらいじゃ、誰も気付かないわ。


 本物の諸葛ケイトは、そう思った。

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