プロローグ
生きるために足掻いた。その行いを正当化するつもりはない。
反乱の扇動、それに潜入工作や要人の謀殺。
私はあまりに多くの罪を重ね過ぎた。
だから――
「貴女の処刑が決まったわ」
告げられた言葉には驚かない。それよりも、自身を縛る鎖を鳴らしながら顔を上げ、牢の格子越しに声の主をたしかめる。
薄暗い廊下に、ドレス姿の女性がたたずんでいる。
私より少し年下くらいの、美しい女性だった。
……ようやく会えた。
「貴女が私の宿敵ね、ヴィオラ」
「ええ。こうして相対するのは初めてね、ノクス」
銀髪に縁取られた小顔に、上品な笑みを湛えている。
彼女はアルヴェイン公国が生み出した怪物、ヴィオラ。エルディア王国の第一王子派として活躍しており、第二王子派の工作員として暗躍する私の策をことごとく潰した。
私が捕らえられたのも、他ならぬ彼女との読み合いに負けたからだ。
情報がたしかなら私より三つ年下。どんな恐ろしい外見をしてるのかと思ったら、まさかこんな、虫も殺せなさそうな令嬢だったなんてね。
「公国の怪物が私になんの用? わざわざ処刑を告げるために来た訳じゃないでしょう?」
「ええ。刑を執行する前に、貴女と話をさせて欲しいと頼んだの」
「話?」
「誰の命令? 黒幕は誰? ――なんて、つまらないことは聞かないわ」
……でしょうね。
ヴィオラならとっくに掴んでいるに決まっている。
最後にそんなことを聞かれたら、がっかりするところだった。
「――貴女との戦いだけが楽しかった」
「……は?」
「それを伝えておきたかったの」
一瞬だけ胸の奥が熱くなった。
あの怪物が、私を認めていたのだと思ったから。
だけど、その言葉の意味を理解して、心がすーっと冷えていく。
孤児院育ちの私は、幼くして組織に売り飛ばされた。そうして工作員として育てられ、生きるために様々な犯罪に手を染めた。それを楽しんだことなんてただの一度もない。
結果を出し続けることでしか、生き残ることが出来なかったから。
ヴィオラとの戦いだって、いつも命懸けだった。
なのに、それが……楽しかった?
私を拘束する鎖が悲鳴を上げた。
アルヴェイン公王家の第一公女であるヴィオラは、その知謀の他に、権力や財力、そして軍事力と、私が求めて止まぬすべてを兼ね備えている。
それでも、知略を尽くした戦いだけは対等なのだと、心のどこかで思っていた。
でも違った。
私は命懸けなのに、彼女は楽しむ余裕すらあった。
その事実が、私のプライドを粉々にした。
「厄介な敵よ、貴女は」
「あら、評価してくれるのね、嬉しいわ」
本当に厄介。
第一王子派にヴィオラがいなければ、第二王子派は順調に勢力を伸ばしていただろう。私も順風満帆な日々を過ごし、工作員のエースとしての地位を不動のものとしていたはずだ。
私にとって最悪の敵。
なのに、彼女は無邪気に笑っている。
「私たち、もっと早くに出会えていれば、友達になれたかもしれないわね」
「冗談じゃないわ」
考えるより早くに吐き捨てる。
友達なんて必要ない。少なくとも、私の人生には縁のなかった言葉だ。
「……残念ね。私は本気だったのに」
ヴィオラは少し寂しげに笑った。
なによそれ。
貴女は、私が手にできなかったすべてを持っているじゃない。
「正気とは思えないわね」
任務を通してぶつかることは多かった。けど、こうして会うのは初めてだ。そんな敵を捕まえて、友達になれたかもしれないなんて、冗談にしてもたちが悪い。
まったくもって、怪物の考えは理解できないわ。
そんなことを考えていると、足音が近付いて来て、ヴィオラの隣で止まる。
新たに現れたのは、執事らしき格好をした黒髪の青年だった。
「公女殿下、そろそろお時間です」
彼女は小さく頷き、続けて視線を私に向ける。
「最後に、言い残すことはある?」
「……先に行くわ。私の居ない世界で、せいぜい退屈な余生を楽しみなさい」




