7:エルフの少女
「よう。戻ったか」
地上に戻った二人を出迎えたのは、エルフの少女を抱き抱えていた案内役の男だった。
「驚いたな。本当に残っていたとは」
「どういう意味だ!」
「いや、オレはてっきり⋯⋯」
「ふん。どうせここでこのエルフを連れて逃げ出したとしても、今の俺にはただの足枷にしかならねぇよ。この国では奴隷の違法売買は禁じられている。国家公認施設以外の奴隷は認められていないんだからよ⋯⋯」
「へぇー」
「へぇー、って⋯⋯」
「まぁそういう事だな。メリットよりもデメリットの方が圧倒的に多い。国外に逃げようとしても、エルフの奴隷を連れているというだけで厳重に検査されて大幅に足止めを食らってしまう。それに、他国だからと奴隷に寛容⋯⋯という訳でもないしな」
「⋯⋯っていうか、本当にボスを倒したんだな」
「ん? ああ」
男は、ベルグが担いでいるボスの姿を見て驚愕し、同時に頭を抱えていた。
二人がボスが使役していたキングリザードマンを倒せるとは、さすがに予想していなかったからである。
「さて。それじゃあ街に戻るとしよう。こいつを騎士団に引き渡し、ついでにアジトの場所も伝えておかねば」
「そうだな」
「で、お前はどうする? と言っても、その少女を街まで運んでもらうつもりだが⋯⋯」
「⋯⋯良いさ。一緒に行く。そして、騎士団に本当の事を話す」
「⋯⋯ほう」
「俺も腹をくくった。ボスの事はムカつくし、一言言ってやりたい気持ちもあるが、行くあての無かった当時の俺を拾ってくれた恩はあるからな。一緒に捕まって、少しでも罪を償うさ」
「⋯⋯そうか。トレビス王国は罪人には厳しいが、罪を認め、償う気持ちのある者には寛容だ。お前のその姿勢も、ちゃんと評価してくれるだろう」
「⋯⋯だと良いがな」
男はエルフの少女を抱えたまますっくと立ち上がり、そして頭を下げた。
「ありがとう」
「気にするな」
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はウェゴだ。無事に牢から出られたら、一緒に飯でも食いに行こうや」
三人は盗賊団のアジトを離れ、街へと歩き出した。
◆ ◆ ◆
街へと戻った三人は、門番の警備兵に事の顛末を伝え、盗賊団のボスを引き渡し、ウェゴも共に連行されていった。
ウェゴについては拠点の位置と盗賊団の情報を騎士団に洗いざらい話した事で罪を償う意思を感じ取り、情状酌量の余地があると見ているようだ。
ウェゴの罪は軽くなり、少しは刑罰も軽くなる見込みがあると聞き、二人はそこで安堵した。
だが、二人には後一つ、問題が残っていた。
「⋯⋯モグモグ」
「「⋯⋯」」
それは、今目の前でお子様ランチを一生懸命に食している、エルフの少女についてだった。
騎士団に引き渡そうとしたのだが、エルフの少女はアリサの服を掴んで離れようとせず、騎士団からも『彼女の処遇は二人に任せる』として、二人に丸投げされたのだった。
「⋯⋯で、どうするんだアリサ?」
「今それを考えているところだ」
「オレはこの国の法とかはよく分からないが、奴隷商に引き渡すのはダメなのか?」
「⋯⋯っ!」
ベルグの一言に少女はビクッと身体を硬直させ、直後にアリサはベルグの頭上に鉄拳を叩き込んだ。
「痛っ!」
「本人の目の前で、そんな事を言うんじゃない! 見ろ、怯えてしまっているではないか!」
アリサは少女を寄せ抱え、背中をさすって落ち着かせた。
「すまんすまん。別に悪気があった訳じゃないんだ。すまなかったな」
ベルグは額をテーブルに叩きつけ、誠心誠意少女に謝罪した。
その衝撃で、またしても少女はビクッと身体を震わせた。
「全く、こいつは⋯⋯」
「え?」
「⋯⋯別に、何でもない。気にするな」
「そうか」
「しかし、どうしたものかな⋯⋯」
しばしの沈黙が続く。
少女は食事に戻り、一生懸命にスプーンで食材を口に運んでいた。
その様子をアリサは微笑ましく見守り、対するベルグは、少女の姿にかつての幼なじみであるフィオナの影を無意識に重ねていた。
(そういえば、あいつもよく食べる方だったな⋯⋯)
ベルグの表情を見たアリサはふっと微笑み、意を決して想いを伝えた。
「ベルグ」
「ん? どうした?」
「この子、私たちで面倒を見ないか?」
「えっ?」
「この子はまだ幼く見えるし、身体もそうだが心の傷も癒えていない。それに⋯⋯」
「それに?」
「⋯⋯この子はエルフだ。人一倍多くの魔力を持っているようだし、魔法に関してこれからの冒険の役に立てそうだしな」
「おお、そういえばそうだな!」
魔法という単語を耳にした事で、急にベルグの英雄魂に火が点いた。
「魔法使いと言えば、多くの英雄たちの近くによく現れていた。一緒に旅をし、苦難を共にする者。聖剣に選ばれた者に助言を贈り、その行く末を見守る者。果ては、結婚し生涯を共にする者⋯⋯。とにかく、英雄たちの物語には大抵、優秀な魔法使いが多くいたんだ!」
「そ、そうか⋯⋯」
「となれば、オレに否はない。君さえ良ければ、一緒に旅をしに行かないか?」
ベルグは熱を帯びた視線を少女に向け、そっと手を差し出した。
少女は目を泳がせ、そばにいるアリサ服をぎゅっと掴み、俯きながらもこくんと頷いた。
それを見たベルグは、満面の笑みを浮かべて喜びの声をあげた。
「そうか! 一緒に来てくれるか! これからよろしくな! えっと⋯⋯」
「⋯⋯そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな」
「⋯⋯」
「君は、名前は何て言うんだ? 私たちに教えてくれないか?」
「⋯⋯無い」
「え?」
「わたしは、生まれた時から、名前、ない⋯⋯」
初めて聞く少女の声から、衝撃の事実が告げられた。
「⋯⋯そうか。それじゃあ、私たちが良い名前を付けてあげなくてはな」
「⋯⋯」
アリサは少女をそっと抱き寄せた。
ベルグは無い頭を必死に絞り、良い名前を付けてあげようと思考を巡らせたが、良い名前は浮かんでは来なかった。
「⋯⋯それじゃあ、『ニア』はどうだ?」
「『ニア』?」
「ああ」
先に案を出したのは、やはりアリサだった。
「私の故郷に伝わる、美しき妖精の王女の名から取って付けてみた。どうだろうか?」
「ニア、か⋯⋯。うん、オレは良いと思うぞ!」
「君も、それで良いか?」
「⋯⋯ん」
少女はこくんと頷いた。
「よし。それじゃあ、今日から君の名はニアだ。よろしくな!」
「これからよろしく、ニア」
「⋯⋯⋯⋯よろしく」
こうして。
二人のパーティーに、新たな仲間が加わった。
一旦ここまでで、第一部を完結とさせていただきます。
(もしかしたら、あと三話くらいは書くかもしれませんが、期待はしないようお願いします)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




