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【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第3章:最後の願い

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第31話:湖畔の街ルナリア

 俺たちの旅は、新たな局面を迎えていた。

 直接的な追手はいなくなったが、代わりに、エリアの命の灯火が、日増しに弱々しくなっていくという、見えざる敵との戦いが始まっていた。


 彼女の最後の願い――故郷の海へ。

 その目的地は、今いる険しい山脈を越え、さらに広大な平原を横断した、遥か南の果てにあった。

 今のエリアの体で、果たしてそこまで辿り着けるのか。俺の心には、常に焦りと不安が渦巻いていた。


 山脈を越える道中で、俺たちは、山間の盆地にひっそりと広がる、美しい湖の畔に辿り着いた。

 湖は、まるで巨大なサファイアのように青く澄み渡り、その周囲には、小さな街が寄り添うようにして存在していた。

『湖畔の街 ルナリア』。

 地図によれば、ここは豊かな水と温泉に恵まれた、風光明媚な保養地として知られているらしい。


「……きれい……」

 俺の背中で、エリアが感嘆の声を漏らした。

 街は、穏やかで平和な空気に満ちていた。王都の喧騒も、ドワーフ・フォートの荒々しさもない。ただ、ゆったりとした時間が流れている。


 俺は、少しだけ迷った後、決断した。

「……少し、ここで休んでいくか」

「え……? でも……」

「このまま無理に旅を続ければ、あんたの体が持たない。それに、ここなら、王国の目も届きにくいだろう」


 何よりも、俺は、エリアに少しでも穏やかな時間を与えてやりたかった。

 彼女の短い人生は、病と、魔王という運命に、あまりにも翻弄されすぎていた。

 最後の旅路だからこそ、ほんの少しでも、幸せな記憶を、その胸に刻んでほしかったのだ。


 俺たちは、身分を隠し、ただの旅人としてルナリアの街に入った。

 幸い、街の人々は、よそ者である俺たちを、温かく迎え入れてくれた。

 俺は、なけなしの金で、湖が見える小さな宿屋に部屋を借りた。


 その日から、俺たちの、束の間の休息が始まった。


 朝は、湖から吹く涼しい風で目を覚ます。

 昼間は、エリアを背負って、街を散策した。

 色とりどりの花が咲き乱れる公園。水鳥たちがのんびりと羽を休める湖畔。湯気の立ち上る温泉街。

 エリアは、そのすべてに、子供のようにはしゃいだ。


「リアンさん、見てください! あひるさんが、たくさん!」

「……あれは白鳥だ」

「わ! あの、もくもくしてるのは何ですか?」

「温泉の湯気だ。病に効くらしいぞ」


 俺は、エリアを温泉に入れてやることにした。

 もちろん、混浴ではない。宿の女将に事情を話し、追加料金を払って、家族風呂を貸し切ったのだ。


「……本当に、いいんですか?」

「いいから、入ってこい。体の芯から温まれば、少しは楽になるだろう」


 俺が風呂の外で待っていると、しばらくして、中からエリアの、くすぐったそうな笑い声が聞こえてきた。

 その声を聞いているだけで、俺のささくれだった心が、不思議と癒されていくのを感じた。


 風呂から上がったエリアの頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。

 その夜、彼女は、何日かぶりに、深く穏やかな眠りについた。


 翌日、俺たちは、街の市場へ出かけた。

 エリアは、そこで売られていた、綺麗なガラス細工の髪飾りに、目を奪われていた。青い湖の色を映したような、小さな花の髪飾りだ。


「……きれい……」


 その横顔を見て、俺は、何も言わずに、その髪飾りを買った。

「え……! い、いいです、リアンさん! こんな、高いもの……!」

「黙って受け取れ」

 俺は、エリアの薄い金色の髪に、その飾りをそっと挿してやった。

 青い花は、彼女の髪の色によく映えていた。


「…………」

 エリアは、何も言わずに、ただ、潤んだ瞳で俺を見上げている。

 そして、今までで一番、嬉しそうな笑顔で、言った。


「……ありがとう、ございます」


 その笑顔を守るためなら、俺は、どんな代償でも払える。

 心から、そう思った。


 俺たちは、まるで、本当の兄妹か、あるいは、恋人同士のように、穏やかで、ありふれた時間を過ごした。

 世界のことも、追手のことも、エリアの余命のことも。

 すべてを忘れ、ただ、目の前にある幸福だけを、分かち合った。


 だが、現実は、決して俺たちを解放してはくれなかった。

 ルナリアに来て、五日が過ぎた頃。

 エリアの体は、再び、限界を訴え始めていた。

 咳は止まらず、起き上がれない日が増えていく。

 温泉の効能も、もはや、気休めにしかならなかった。


 束の間の平穏は、終わりを告げようとしていた。

 俺たちは、再び、旅立たなければならない。

 彼女の命の灯火が、完全に消えてしまう前に。

 約束の場所、故郷の海へ。


 俺たちの、最後の旅路が、再開されようとしていた。

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