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【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

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第29話:失われた光と残されたもの

 どれほどの時間、森の中を駆け続けたのか、覚えていない。

 ただ、エリアを腕に抱き、無我夢中で、追手から逃れることだけを考えていた。


 カサンドラの、最後の黄金の光が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 彼女は、死んだのだろうか。

 いや、きっと生きている。聖女である彼女が、あんな形で命を落とすはずがない。

 そう、自分に言い聞かせなければ、心が張り裂けそうだった。


「リアンさん……もう、大丈夫です……。少し、休んで……」

 腕の中で、エリアがか細い声で言った。

 俺は、そこでようやく足を止め、自分がとっくに限界を超えていることに気づいた。禁じ手を使った体は、まだ完全に回復しておらず、全身の関節が軋むように痛む。


 俺たちは、森の奥深くにある、小さな洞窟に身を隠した。

 エリアは、俺の傷の手当てをしようと、自分のワンピースの裾を破って、 その場しのぎの包帯を作ってくれた。


「……ごめんなさい……私のせいで、カサンドラさんまで……」

 エリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「……あんたのせいじゃない」

 俺は、そう言うのが精一杯だった。

 違う。俺のせいだ。

 俺が、もっと強ければ。俺が、もっとうまく立ち回れていれば。カサンドラを、あんな危険な目に遭わせることはなかったはずだ。


 自責の念が、鉛のように心を重くする。

 洞窟の中には、重苦しい沈黙だけが流れていた。


 その沈黙を破ったのは、洞窟の外から聞こえてきた、微かな物音だった。

「……!」

 俺は即座に聖剣を構え、入り口を睨みつける。

 追手が、もうここまで……!?


 だが、暗がりから姿を現したのは、王都の騎士ではなかった。

 それは、一羽の、巨大な鷲だった。

 カサンドラを乗せていた、あの鷲だ。


「……お前は……」

 鷲は、片翼を痛々しく垂れ下げ、足を引きずっている。ゼノンの嵐で、深手を負ったのだろう。

 だが、その目は、確かな知性の光を宿して、まっすぐに俺たちを見つめていた。


 鷲は、ゆっくりと俺たちの元へ近づくと、その嘴で、自分の背中を指し示した。

 その背中には、鞍に結びつけられた、一つの革袋が残されている。

 カサンドラの、遺品……?


 俺は、震える手で、その革袋を解いた。

 中に入っていたのは、数種類の薬草と、清潔な包帯。そして、一枚の、折りたたまれた羊皮紙だった。


 羊皮紙を開くと、そこには、カサンドラの、優しく、そして、力強い筆跡で、こう記されていた。


『リアン、エリアさんへ


 これを読んでいるということは、私は、あなたたちのそばにはいないのでしょう。

 どうか、私のことで、心を痛めないでください。

 これは、私が自分で選び、信じた道の結果です。後悔は、ありません』


 そこまで読んで、俺は唇を噛みしめた。

 涙で、文字が滲んで見えない。


『リアン。あなたは、昔から、一人で全部背負いすぎです。

 でも、もう、あなたは一人ではありません。

 あなたには、エリアさんがいます。

 どうか、彼女の手を、決して離さないであげてください。


 エリアさん。

 あなたは、魔王などではありません。

 誰よりも優しく、そして、強い心を持った、素敵な女の子です。

 どうか、自分を責めないで。

 そして、リアンのことを、支えてあげてください。

 あの人は、あなたが思うより、ずっと不器用で、寂しがり屋なのですから』


 手紙の最後は、こう締めくくられていた。


『私のことは、心配しないでください。

 私は、聖女ですから。光は、決して、闇に敗れたりはしません。

 いつか、必ず、あなたたちの元へ。

 たとえ、この身がどうなろうとも、私の魂は、いつもあなたたちと共にあります。


 あなたたちの旅路の先に、温かい光が待っていることを、心から祈って。


                                  カサンドラ』


 手紙を読み終えた時、俺の頬を、一筋の涙が伝っていた。

 エリアもまた、声を押し殺して、泣いていた。


 あいつは……カサンドラは、最後まで、俺たちのことを信じてくれていた。

 この手紙は、彼女が、あらかじめ用意していたものだろう。

 自分がどうなるか分からない状況で、俺たちのために、これを残してくれたのだ。


 巨大な鷲は、俺たちが手紙を読み終えるのを静かに待っていたが、やがて、役目を終えたとばかりに、静かに立ち上がった。

 そして、傷ついた翼を一度だけ大きく羽ばたかせると、夜の闇の中へと、再び飛び立っていった。


 残されたのは、一枚の手紙と、そして、俺たちの心に灯った、小さな、しかし、決して消えることのない、温かい光だった。


「……行こう、エリア」

 俺は、涙を拭い、立ち上がった。

「カサンドラのためにも、俺たちは、立ち止まるわけにはいかない」


「……はい」

 エリアも、涙を拭って、力強く頷いた。

 彼女の瞳には、もう、迷いはなかった。


 俺たちは、多くのものを失った。

 だが、失ったものと同じくらい、大切なものを、確かに受け取っていた。

 仲間の想いを胸に、俺たちの、本当の意味での最後の旅が、今、再び始まろうとしていた。

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