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【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

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第28話:先代魔王の影

 カサンドラがその身を投じた嵐の渦は、内側から迸る黄金の光によって、大きく揺らいでいた。

 聖なる力と、破壊的な暴風がせめぎ合い、空は明滅を繰り返している。


「カサンドラ……! あの馬鹿……!」

 ゼノンが、憎々しげに、しかしどこか苦しげに空を睨みつけている。彼にとっても、カサンドラを失うことは本意ではなかったのだろう。


 その一瞬の隙。

 俺は、腕の中に受け止めたエリアを抱きしめ、地面を蹴った。

 逃げるなら、今しかない。


「リアンさん……カサンドラさんが……!」

 腕の中で、エリアが悲痛な声を上げる。

「……今は、行くんだ! あいつの覚悟を、無駄にするな!」

 俺は、エリアにそう叫ぶと、崩壊した街の瓦礫を飛び越え、ひたすらに駆けた。

 ゼノンが、俺たちの逃亡に気づき、叫ぶ。

「――逃がすな! 追え!」


 騎士たちが、一斉に俺たちの後を追ってくる。

 だが、今の彼らの意識は、空で起きている壮絶な戦いにも向けられており、その動きは鈍い。


 俺は、かつてギルヴァレスとの戦いで街に開けた、巨大な風穴へと向かった。

 あそこを抜ければ、街の外壁を越え、その先の山脈へと逃げ込める。


「リアン、待ちさない!」

 ゼノンの声が、背後から迫る。

 だが、その時、空が、一際強く輝いた。


 ドゴォォォォン!!


 天を揺るがすほどの轟音と共に、嵐の渦が、内側から弾け飛んだ。

 カサンドラの聖なる力が、ゼノンの魔法に打ち勝ったのだ。

 暴風は霧散し、空には、再び静寂が戻る。


 だが、そこに、カサンドラの姿はなかった。

 ただ、黄金の光の粒子が、雪のように、きらきらと地上に降り注いでいるだけだった。

「……カサンドラ……」

 ゼノンが、呆然と、その光景を見上げている。


 俺は、その隙を決して見逃さなかった。

 風穴を駆け抜け、街の外へ。そして、山脈の深い森の中へと、その姿をくらませた。

 カサンドラの犠牲によって、俺たちは、かろうじて、九死に一生を得たのだ。


 ――その、まさに同じ頃。

 遥か北の地。万年雪に覆われた、凍てつく山脈の奥深く。

 そこには、古代の魔族が築いたとされる、巨大な地下神殿が存在した。


 神殿の最奥。

 禍々しい紋様が刻まれた祭壇の上で、一人の魔族が、静かに瞑想に耽っていた。

 その魔族は、まだ若く見えた。人間で言えば、二十代前半といったところか。

 鋭い顔立ち、白銀の長髪、そして、閉じられた瞼の下にあるであろう、血のように赤い瞳。

 その体からは、ギルヴァレスすらも凌駕する、底知れない魔力が、静かに溢れ出ていた。


 彼の名は、ゼーリオン。

 古の魔王の血を引く、純血の魔族。

 そして、ギルヴァレスが、長年探し求めていた、先代魔王の魂を受け継ぐに相応しい、新たなる『器』だった。


 不意に、ゼーリオンは、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

 その赤い瞳が、虚空を睨みつける。

「……ギルヴァレスが、やられたか」

 彼は、まるで他人事のように、淡々と呟いた。

「……フン。あの勇者め、余計なことを。……まあよい。所詮、ギルヴァレスはその程度の男だったということだ」


 彼は、祭壇からゆっくりと立ち上がると、神殿の壁に飾られていた、一枚のタペストリーへと視線を向けた。

 そこには、一人の美しい女神の姿が描かれている。

 だが、その女神の顔は、なぜか、無残に引き裂かれていた。


「計画が、少し早まっただけの話」

 ゼーリオンは、不気味なほど穏やかな笑みを浮かべた。

「勇者リアン……。そして、我が父祖の魂を宿す、哀れな人間の娘よ」


 彼は、まるで、遠い場所にいる俺たちの姿が、見えているかのように語りかける。

「お前たちの、その儚い『絆』とやら。私が、この手で、断ち切ってやろう」

「もはや、ギルヴァレスのような生ぬるいやり方はせん。私が自ら、出向いてやる」


 ゼーリオンの体から、黒い魔力のオーラが、炎のように立ち上った。

 その魔力は、先代魔王のそれとは、どこか異質だった。

 憎悪や破壊だけでなく、もっと冷たく、計算され尽くした、絶対的な『無』へと還さんとするような、恐ろしい力。


「待っていろ。すぐに、楽にしてやる」


 そう呟くと、ゼーリオンの姿は、影に溶けるようにして、その場から掻き消えた。

 彼の玉座であったはずの祭壇には、一輪の、黒い薔薇が、まるで血を吸ったかのように、妖しく咲いていた。


 ギルヴァレスという駒を失ったことで、真の黒幕が、ついに動き出す。

 俺たちの旅に、これまでとは比較にならない、絶望的な脅威が、静かに、しかし、確実に、迫ってきていた。

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