表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/55

第23話:星降りの高原

 残された時間は、三日。

 その宣告は、まるで死刑執行までの猶予期間のように、重く俺たちの心にのしかかっていた。


 ゼノンは、俺たちが泊まる宿屋の周りを、王都騎士団に固めさせていた。逃亡は不可能。俺の傷も、カサンドラの治癒魔法があったとはいえ、全快には程遠い。満身創痍のこの体で、騎士団を突破し、エリアを奪い返すことなど、万に一つも望みはなかった。


 八方塞がりだった。

 俺は、ベッドの脇で、ただ無力に拳を握りしめることしかできない。

 焦りと、己への怒りで、腹の底が煮え繰り返るようだった。


 そんな俺の様子を、ベッドに横たわったままのエリアが、静かに見つめていた。

 彼女は、もう涙は見せなかった。ただ、どこか達観したような、穏やかな表情を浮かべている。


「……リアンさん」

 夜になり、窓から月明かりが差し込む頃、エリアが不意に俺を呼んだ。

「……なんだ」

「……お願いが、あります」


 その声は、驚くほど落ち着いていた。

「私、ここから見える、あの山の上に、行ってみたいんです」

 エリアが指差したのは、窓の外、街の向こうにそびえる、ひときわ高い山の頂だった。ドワーフ・フォートの民が『星降りの高原』と呼ぶ、風の強い高原だ。


「……何を考えている」

「あそこなら、きっと、星が綺麗に見えると思うんです」

 エリアは、静かに微笑んだ。

「本で読んだことがあります。空気が澄んでいて、雲よりも高い場所では、星が、まるで宝石をばらまいたように、降ってくるように見えるって」


 それは、現実逃避にも似た、あまりにも非現実的な願いだった。

 この状況で、星を見たい、だと?


「馬鹿なことを言うな。今はそんな場合じゃ……」

「……最後、なんです」


 エリアの言葉が、俺の言葉を遮った。

「もう、分かっています。リアンさんが、どんなに頑張ってくれても、私が助からないことくらい。……だから、最後に、綺麗なものを、目に焼き付けておきたいんです」


 その瞳は、覚悟を決めた者の瞳だった。

 彼女は、自分の運命を受け入れている。

 そして、残されたわずかな時間で、ささやかな夢を叶えたいと、そう願っているのだ。


「……リアンさんと、一緒に見たいんです。ダメ、でしょうか?」


 そんなことを言われて、断れるはずがなかった。

 俺は、しばらく黙り込んだ後、大きく息を吐き出した。

「…………分かった」


 俺がそう答えると、エリアは、心から嬉しそうに、花が綻ぶように笑った。

「ありがとうございます……!」


 問題は、どうやって騎士団の包囲を抜けるか、だ。

 正面から突破するのは、不可能。

 俺は、宿屋の構造と、街の地図を頭の中で組み立て、一つの可能性に思い至った。


「……エリア、立てるか」

「はい、少しなら」

「よし、行くぞ」


 俺は、エリアの肩を貸し、部屋の窓を開けた。

 幸い、俺たちの部屋は二階だった。窓の外は、隣の建物の屋根に繋がっている。

 眼下では、騎士たちが見張りをしているが、まさか手負いの俺たちが、屋根を伝って逃げるとは思うまい。


「……怖いか?」

「いいえ。リアンさんが、一緒ですから」

 エリアは、俺の腕にしがみつきながらも、力強く頷いた。


 俺たちは、月明かりだけを頼りに、屋根から屋根へと、慎重に飛び移っていった。

 俺の体は、動くたびに悲鳴を上げたが、そんな痛みは無視した。

 ただ、エリアの最後の願いを叶える。その一心だった。


 街を抜け出し、山の麓に辿り着く頃には、東の空が白み始めていた。

 そこからの登山は、過酷を極めた。

 獣道すらない、険しい山道。俺はエリアを背負い、傷だらけの体で、ただひたすらに頂上を目指した。


 そして、その日の夜。

 俺たちは、ついに『星降りの高原』に辿り着いた。


 そこは、エリアが言った通り、別世界のような場所だった。

 吹き抜ける風は冷たいが、空気はどこまでも澄み渡っている。

 そして、頭上に広がる空には――


「…………わ…………」


 エリアが、息を呑むのが分かった。

 言葉を失うほどの、満天の星空。

 天の川が、白く輝く帯となって夜空を横切り、大小無数の星々が、まるで手の届きそうなほど近くで、ダイヤモンドのように瞬いている。

 時折、流れ星が、すうっと尾を引いて、夜のキャンバスを駆け抜けていった。


「……きれい……」

 エリアは、俺の背中から降りると、よろめきながら一歩、前へ出た。

 そして、まるで星々に手を伸ばすかのように、夜空を見上げている。


「……こんなに、綺麗なものを、初めて見ました……」

 その横顔は、星の光に照らされて、幻想的なまでに美しかった。

 彼女の紫色の瞳には、キラキラと、無数の星が映り込んでいる。


 俺は、何も言わず、ただ、その隣に並んで、同じ空を見上げた。

 ゼノンのことも、王都のことも、エリアの余命のことも。

 その瞬間だけは、すべてを忘れることができた。


 ただ、美しい星空の下で、一人の少女と、一人の男がいる。

 それだけで、十分だった。

 この光景を、エリアに見せてやれた。

 その事実が、傷ついた俺の心を、静かに満たしていく。


 もし、神様がいるのなら。

 どうか、もう少しだけ。

 この穏やかな時間が、続きますように。


 俺は、生まれて初めて、そんなことを祈っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ