第76話 白い朝と、残る足跡
朝、戸を開けると、光が強かった。
昨日の雪が、しっかりと積もっている。
庭も坂も、白く整っている。
冷たい空気が、すっと入る。
でも、嫌な冷えではない。
「積もったな」
みーちゃんが言う。
「うん」
台所で湯を沸かす。
火の音が、白い朝に合う。
味噌桶の蓋を開けると、匂いが変わらず立つ。
縁側に戻る。
雪の上に、足跡がある。
二つ分。
昨日の帰り道。
坂を下っていった形が、そのまま残っている。
少しだけ笑う。
「残ってるね」
「軽い雪じゃった」
そのまま見ていると、
坂の下で戸の音。
足音が一つ。
そして、もう一つ。
佐伯さんと、あの子ども。
雪を踏みながら、ゆっくり上がってくる。
足跡が、新しく重なる。
縁側の前で止まる。
「すごいですね」
佐伯さん。
「積もったね」
子どもが雪を踏む。
「やわらかい」
それだけ言う。
「入っていいですか」
「どうぞ」
戸は開いている。
そのまま入る。
靴をそろえる音。
今日は少しだけ重い。
雪がついている。
居間へ。
炬燵。
湯気。
いつもの場所。
今日は、三人。
タマが布団の中で動く。
子どもがすぐに潜る。
「つめたい」
でも、昨日より慌てない。
「すぐあったまる」
短く返す。
佐伯さんも座る。
少し息を吐く。
湯を三つ用意する。
湯気が強い。
白い外と、対になるように。
子どもが湯飲みを持つ。
今度は、少し笑う。
慣れてきている。
外を見る。
白い坂。
足跡が重なっている。
「増えたな」
みーちゃんが言う。
「うん」
昨日の足跡の上に、
今日の足跡が重なる。
消えずに、増える。
それでいい。
佐伯さんがぽつりと言う。
「こういうの、いいですね」
「どれ」
「残る感じ」
少し考える。
「残るね」
それだけ答える。
雪は、すぐに消える。
でも、今は残っている。
それで十分。
しばらく三人で座る。
言葉は少ない。
でも、外と中がはっきりしている。
やがて二人が立ち上がる。
「また来ます」
佐伯さん。
子どもは何も言わない。
でも、今日は少しだけ長く外を見る。
それでいい。
二人が坂を下りていく。
新しい足跡が、また増える。
縁側に戻る。
白い朝は、静かだ。
でも、その上に、
確かに人の形が残っている。
冬は、
消えるものと、残るものを、
はっきりさせる季節だった。




