第66話 もう一つの足音と、少し広がる輪
朝、空はうすく曇っていた。
光は弱いが、冷えはやわらいでいる。
冬の中に、少しだけ緩みがある。
台所で湯を沸かす。
火の音が静かに広がる。
味噌桶の蓋を開けると、匂いが落ち着いている。
縁側に出る。
坂の下を見る。
戸の音。
佐伯さんが外に出てくる。
その後ろに、もう一人。
スキー帽の子どもだった。
二人で何か話しながら、坂を上がってくる。
足取りが、昨日までと少し違う。
「来たな」
みーちゃんが言う。
「うん」
縁側の前で、二人が止まる。
「おはようございます」
佐伯さんが言う。
「おはよう」
そう返す。
子どもが少しだけこちらを見る。
警戒はしていないが、近づきもしない。
「この子、さっき会った子で」
佐伯さんが言う。
「知ってる」
子どもが少し驚く。
「なんで」
「顔は知ってる」
それだけで十分だった。
少し沈黙。
佐伯さんが少しだけ迷う。
「中、どうですか」
今度は、佐伯さんが言う。
その言葉に、少しだけ驚く。
子どもがすぐに首を振る。
「いい」
はっきりした拒否。
佐伯さんが少し困った顔をする。
私は少し笑う。
「縁側でいいですよ」
子どもが少しだけ近づく。
完全には来ない。
その距離がちょうどいい。
タマが縁側に出てくる。
子どもが目を丸くする。
「触ってもいい」
「多分」
手を伸ばす。
タマは逃げない。
少しだけ、距離が縮まる。
佐伯さんがほっとした顔をする。
「さっき、一緒に坂の下まで行って」
「うん」
「ついてきたんです」
子どもが小さく言う。
「ついてきただけ」
それでいい。
風が通る。
三人分の空気が、少しだけ混ざる。
みーちゃんが少し離れた位置で座る。
「増えたな」
心の中でうなずく。
「うん」
子どもがタマを撫でる。
動きはぎこちないが、優しい。
佐伯さんがそれを見る。
少しだけ安心した顔。
「ここ、あったかい」
子どもがぽつりと言う。
縁側は冷たい。
でも、空気はやわらかい。
「そうだね」
短く答える。
しばらく三人で座る。
言葉は少ない。
でも、空気は重ならない。
やがて子どもが立ち上がる。
「行く」
それだけ言う。
佐伯さんも立ち上がる。
「また来ます」
「どうぞ」
二人が坂を下りていく。
足音が二つ。
縁側に戻る静けさ。
みーちゃんが言う。
「輪ができたな」
「まだ小さいけど」
それでいい。
冬の村に、
もう一つ、
足音が増えた。




