ポーション
誤字報告して下さった方、ありがとうございます。
フェリ君のモフモフに癒されながら、私はポーション作りを再開した。
根を詰めすぎているとフェリが足下にやって来てくれるので、適度に休憩を挟みながら頑張る。
そして満足出来るポーションを作れるようになるまでには多くの時間が掛かったけど、ようやく完成させることが出来た。
「よし、出来た!」
『んん? 遂に出来たの?』
「うん、フェリ君が見守ってくれたから助かったよ」
部屋の片隅で寝ていたフェリ君は、私の声に反応してトコトコと近付いてくる。
けれども未だに寝ぼけ眼なフェリ君の頭を私が撫でてあげると、気持ち良さそうに再び目を閉じる。
「おめでとう、エリス。遂に完成したんだね」
しばらくフェリ君のモフモフを堪能していると、ラインハルトが私の声に気付いたようで部屋に入ってきた。
「ええ、これが売れればお金の心配をしなくて済むわ」
ポーション作りの間に私たちは、すっかりとオルタスの町に馴染むことが出来た。
後はこのポーションを売って生計を立てられるようになれば良いだけなんだけどね。
「それではラインハルト、頼んだわよ」
「ええ、任されました」
作製したポーションは小さめの瓶に詰める。なので複数のポーションを1度に運ぶのは、私には難しいぐらい重たい。
だからラインハルトに代わりにギルドへ売却しに行ってもらうことにしたのだ。
「ここで販売することが出来たらいいのだけどな……」
ポーションは貴重なものなので国から許可を得た冒険者ギルドが、一括で管理し販売することになっている。
それでも闇で取引されることも多く、それだけポーションは不足しているのだ。
しかし管理しなければ質の低いポーションと呼べぬような物までが出回り、甚大な被害が発生した過去があるので、勝手に売りに出すことは許されていない。
だから私は、流石に法を犯すわけはいかないので渋々に冒険者登録をし、販売の許可を得なければいけなかった。
まぁ、ラインハルトは喜んで冒険者登録をしていたけどね。
いつの間にかフェリ君とも仲良くなって、こそこそ一緒に魔物を狩りに行ってるし……。
「これだから男の子って……」
こうしてポーションが売れるかどうか結果が出るまでご飯を作って食べながら待っていると、慌てた様子でラインハルトが帰ってくる。
「どうしたの、ラインハルト……って、まさか一本も売れなかったの?」
「いや、そうではないよ。いいから、エリスも一緒にギルドに来てくれるかい?」
「はい?」
私は訳も分からずラインハルトに促されるまま冒険者ギルドに向かう。
フェリ君は目立つので家でお留守番だ。
オルタスの町にあるギルドは町の大きさの割にはかなり大きい。
直ぐ近くに魔物が出るから、冒険者業が盛んなのだろう。
私は登録以来、来るのが二度目なので、若干の緊張をしつつギルドに入る。
「ポーションの作製者を連れてきました!」
中に入るやいなや、ラインハルトは受付嬢さんに声を掛けた。
その受付嬢さんとは登録の時の一度しか会ったことがないのに、私のことを覚えていてくれたみたいで挨拶をしてくれる。
「お久しぶりです、エリスさん。ギルド長が奥でお待ちです」
「はい?」
私は訳も分からず受付嬢に誘導され、カウンターの奥にある階段で二階に上がらされる。
いきなりギルド長に会う話になっているなんて、そんな話は聞いていないのだけれど……。
「ちょっと、ラインハルト、どういうことなの?」
「まぁまぁ、悪い話ではないよ。むしろ凄いことなんだ」
「それはどういう……」
訳も分からぬままに、ギルド長がいる部屋に通される。
そしてギルド長の机の上にあるのは、紛れもなく私が作ったポーションだ。
「はじめまして、エリスさん。私はここのギルド長をしている、ライアスと申します」
「は、はじめまして、ライアスさん」
ギルド長と話すことになるのであれば、もう少し身なりを整えてから来るべきだったかもしれない。
せめてもの印象は良くしようと、私は笑顔でライアスさんと握手をする。
「こちらのポーションは、エリスさんが作られたとか?」
「え、ええ、そうですが……まさか、何か問題があったのでしょうか?」
「問題……いや、確かに問題なのかもしれないね……」
ライアスさんは私が作ったらポーションを手に取り見つめる。
ギルド長が問題視するほど、そんなに質が悪かったのだろうか。
「ごめんなさい。やっぱり素人が作ったポーションでは駄目ですよね……全て持って帰ります……」
買い取って貰えないのなら仕方がない。
回収しようと私はポーションに手を伸ばす。
しかしライアスさんが伝えたいことは別だったようで、慌てて否定してくる。
「──違う、違う、そうではありません。その逆ですよ!」
「はい?」
そしてライアスさんは私をここに呼んだ理由を説明してくれる。
「……つまり、ポーションの質が高すぎると?」
「ええ、簡単に言えばその通りです。このポーションに込められた魔力の量では、普通の冒険者は耐えられないのです」
「そうなのですか……」
ポーションは薬草を用いて調合するのだが、その際に魔力を込める必要がある。
だからこそ経口でポーションを飲んだ際、同時に体へその魔力を摂取することになるのだが、元より小さな器では注げる量に限りがある。
──魔力酔い。
それは元々魔力の保有量が少ない人が、限界を越えた魔力を取り入れた時に起こる症状のことだそうだ。
貴族でその症状になる人は殆どいなくて、魔力量が少ない平民がなり易い。
つまり私のポーションを冒険者が飲むと魔力酔いを起こしてしまい、回復するどころか動けなくなってしまうということだ。
「──ですので少しばかり質を下げて頂かなければ、エリスさんのポーションを買うことは出来ません」
買い取って貰えないという話ではなかったことに私は安堵し、返答する。
「えっと、それなら幾つか、家にありますよ……」
まぁそれらは全て、私が失敗作だと思っていたものだけどね……。
「なんと! ではそちらをギルドで買い取らせて頂きましょう。ですが、しかし……これ程の魔力……失礼ですが、エリスさんは貴族の出身ではありませんか?」
「えっ…………はい、その通りです」
流石にこれだけの証拠があって誤魔化すことは出来ない。
膨大な魔力を所持している者は、ほぼ例外無く貴族に関係している。
例えば平民出だとしても、魔力量が多かったならば貴族家に迎え入れられるほど、この国では魔力を多く持つ者は珍しいのだ。
私は元の身分は明かさないものの、貴族の出自で訳あって王都から出なくてはいけなくなり、オルタスの町にやって来たと伝える。
「そうでしたか…………しかし、貴族の間で起こったことに干渉したくはないので、これ以上は聞かないでおきましょう」
「そうですね……ありがとうございます」
深く詮索されないことはありがたい。
私がオルタスの町にいることがアーデルト王子の耳に入ることは避けたいのだ。
あの短絡的な王子によって更なる嫌がらせが仕掛けられないとも限らないだろう。
それにせっかく馴染んできたオルタスの町の人たちに迷惑を掛けてしまうことは、何としても避けなくてはならない。
「……ですが、気を付けて下さい。市民、いえ冒険者の中には貴族の事を疎ましく思っている者が残念ながらいます。出来るだけ貴族であることは隠し目立たぬようにされた方が安全かと」
「そうなのですね……分かりました。御忠告有難う御座います」
立場の違いを快く思わない者は少なからず存在する。
それに力を欲している冒険者にとっては、魔力を持っている貴族が疎ましいのかもしれない。
しかしここで暮らすと決めたからには悪意に晒される可能性も覚悟をしていたとはいえ、改めて言われると身が引き締まるものだ。
「大丈夫ですよ。エリスは私が守りますから。それにフェリも守ってくれます」
私の顔が曇ったからか、ラインハルトがフォローしてくれる。
「……ありがとう」
しかし新たに出てきた名前に、ライアスさんは引っ掛かったようで尋ねてくる。
「……フェリとは誰のことですかな?」
「えっとそれは……人ではなくてですね。フェリは私の従魔です」
「なんと! エリスさんは魔獣使いなのですか?」
「私に従ってくれているので、そういうことになりますかね?」
私はいまいち魔獣使いのことについて分かっていないので、曖昧に答える。
「そうですか……しかし、ギルドへの登録にはそのような記載は無かったはずですが?」
「ええ、フェリが私の従魔になったのはつい先日なんです。その経緯も特殊なので、何と説明していいか……」
神様が私を監視するために付けられましたなんて正直に言ったら、私は頭がおかしくなったと思われるだろう。
しかし貴族の中にはお金を使って従魔を買う者もいるらしく、ライアスさんは何か事情があると都合良く察してくれた。
「……それでは、後日に従魔登録にもう一度ギルドへ来て下さい。その時に、ポーションの買い取りについても正式に判断致しましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
話し合いを終えて、私たちはギルドから家への帰路につく。
その足取りはポーションが収益になる目処がたち未来が明るくなったので軽いものだった。