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王子と一緒にパーティー会場に戻ると、学園長やら先生やら生徒やらがわらわらと寄ってきた。
「ジークフリート殿下、アンジェラ様、この度はご婚約おめでとうございます」
驚いて辺りを見渡すと、学園付きの医師がこちらを見てサムズアップしていた。
人が頭を打って倒れ込んでいたというのにあの医師は、診察もせず、立ち聞きしてウワサを流してやがったのか。
「そのような事実はありません、殿下に対して不敬です。 いいかげんなウワサをこれ以上流したら、あなたの家がどうなるか、わかっていらっしゃるのかしら」
目を細めて医師を睨みつける。
「権力を笠に着て人を脅すなんて……父上と母上に言いつけるぞ」
王子が後ろで何か呟いていたが、聞こえないフリをした。
野次馬が散った後、王子が喉が渇いたと言い、給仕からワインを二つ受け取った。
一つを私に手渡そうとした時、小さな影がドンッと王子の背中にぶつかった。
王子の持っていた赤ワインが、私の白いドレスに染みを作る。
来た来た~! 出会いイベントキターーーーー!!
ゲームでは王子は私に飲み物なんて取ってくれなかったけど、勝手に王子にまとわりついてた私にワインが掛かっただけだったけど、おおむね合っている。
「あ、ごめんなさ・・・・・・も、申し訳ございません!」
梅ちゃんが慌ててぺこぺこと頭を下げる。
悪役にはなりたくないけれど、ここはひとつ、ゲームのストーリーに沿ってみましょうか。
あまり王子にしつこくされても面倒なので。
とっとと恋に落ちて私の事など眼中からはじき出して頂きましょう。
確かここでの私のセリフは
『ひどいわ、見て、このドレス、殿下の前でこんな姿にされるなんて耐えられないわ! あなた、見ない顔ね。 どこの令嬢かしら。 どうしてくださるの? 』
こんな感じで畳みかけて、梅ちゃんがフォスター子爵家の養女だと名乗ったら、どこの馬の骨とも知れない女、とか、あとはフォスター子爵家を侮辱するような事を言って……
こんな姿って言っても、さっき既に、髪はボサボサでメイクもぐちょぐちょになった姿を見られているから、少しセリフを変えなきゃいけないかしら?
と、一瞬躊躇したのがいけなかった。
「お前、なんてことするんだよ! 見ろよ、このドレス! こんなひどい事になって! 俺は悪く無いからな! ぶつかってきたお前が悪いんだからな! お前、見ない顔だな、どこの誰だよ、なに? フォスター家の養女だと? そんなどこの馬の骨とも知れない・・・・・・」
パコーン
と。
思わず手に持っていた扇子で王子の頭を叩いていました。
しまった!
冷や汗をだらだらとかきながら、なんとかうまく言いくるめる方法を探す。
「失礼なことを言うものではありません。 そして、次期国王たるもの、責任を他人に押し付けるとは何事ですか。 自らに非が無いとしても、女性を庇い、自分が頭を下げるくらいの器の大きさは無いのですか」
ひるんだところで畳みかける。
「という事で、謝ってください。 彼女と、私に」
なんで俺が? と、ポカンとしている王子の頭をもう一度、扇子で叩く。
「復唱。 ひどいこと言ってごめんなさい」
「ひどいこと言ってごめんなさい」
「復唱。 ドレスを汚してごめんなさい」
「ドレスを汚してごめんなさい」
「おほほ、さすがは殿下。 お心が広い。 それでは私は、ここで失礼いたしますわね」
ヤバいヤバいヤバい。
さすがに王族の頭を叩くなど、不敬に過ぎるだろう。
とりあえず王子を謝らせたので、状況がわかっていない周りの人間は、王子が悪いと思ってくれてたらいいな。
保険交渉とかでもそうなのです、謝ったやつが悪いのです。 ぐへへへへ。
とは言え、マジヤバいですよ。
ゲーム内ですら特に罰せられたと記述の無い悪役令嬢ですが、それ以前に斬首退場するかもしれません。
私が悪い、いや、王子が悪いらしいぞ、等と情報が錯綜している間に高飛びしなければ!
海外への逃亡ルートの確保、持ち出せる資産、両親と3人の兄を養っていくための方法、考えなければいけない事はいっぱいだけれど、今は行動あるのみ。
「あの、お名前は……」
「名乗るほどの者ではございませんわ」
背後から掛けられた梅ちゃんの言葉に、振り向きもせずに答える。
違う違う、王子と私の立場が入れ替わっている。
私のルートなんて存在しませんよ、梅ちゃん。
颯爽と外に出てみたものの、うちの馬車が無い!
エイミーは、私が王子に送られて帰って来ると思っているから、迎えの馬車も来ていない!
慌てて振り返ると、王子が何か言いたげな顔で出口に立っていた。
「ちょっと殿下、馬車貸して、馬車」
「あ、ああ」
王子の馬車に乗って帰った私を、家族と使用人達が並んで迎え入れた。
「なんだ、アンジー、お前一人なのか? 殿下はどうした」
アンジーというのは私の愛称だ。
家族と、特に親しい人間にはこのように呼ばれている。
「お父様、何も聞かずに、高飛びの準備をしてください。 命が惜しければ、今すぐに」
スペンフォード公爵家が夜逃げの準備をしている頃、事の顛末はしっかりと国王陛下の元へ報告されていた。
「ほう、そんな事があったのか。 しかしそれはまるで・・・・・・」
「はい、まるで王弟陛下と奥方のようだと、皆、微笑ましく見ておりました」
「ふむ。 アンジェラ嬢か。 家柄も申し分無いな。 ジークフリートを連れて来い。 大臣と宰相もだ」
この日、スペンフォード公爵家と同様に、王宮でも朝まで灯りが消える事無く、なにやら皆が忙しそうに走り回っていた。