#8 悪の終わり
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僕が彼女に偽の手紙を渡したその日の晩の事。
僕は陰陽師と風の冷たい夜の住宅街を歩いていた。
目指すは公園。今晩の幽霊出現ポイント。
「ほー……そんなドロドロしとったんか君の周り?」
功ちゃんと呼ばれることを僕から禁止された蓮本さんは、僕の事を『君』とか『自分』とか代名詞で呼ぶようになっている。
「本当に勘弁してほしいですよ。まあ、偽の手紙の受け渡しは何とか成功したからいいんですけどね」
「君が長谷川美奈になりきって書いた手紙かいな。……君、なかなか酷いことすんなあ」
「あんな憎悪の塊みたいな手紙渡すより良かったでしょう」
「まあそれもそうか。難しい問題やなー」
「で、今日僕は何を習うんです?」
「昨日やった九字法の応用やな」
省かれてしまっているが、昨日の晩は九字法を覚えた。印も完璧に出せるようになった。蓮本さん曰く、僕の伸びしろは異常だとか。
「具体的には?」
「九字法は悪霊の成仏だけやなくて攻撃にも使えんねん。まあそれは公園でおいおい教えていくわ」
「分っかりまし――」
た、と言おうとした瞬間、寒気にも怖気にも恐怖にも似た感覚が、僕の身体を走る。
この感覚っ……!?
「――走れ! 場所は分かるやんな!」
そして僕達は走り出す。
……家の近くにある、小さな神社だ。以前、とある週刊誌が【あの神社の下に、昔の軍隊の武器庫がそのまま埋められている】とか騒いでたこともあった。そのために周囲に住宅が建てられないだとか。
距離は、ここから一キロほど離れたところ。
急いで向かわなければならない。
僕の体を走った悪寒は、僕に三年前の事故を思い出させた。
「神社って神聖な場所だから、そういう悪霊とか入って来れないんじゃないんですか!?」
「結界にも限界ぐらいあるわ! こんな無茶苦茶な霊力の奴に入ってこられたら、そら結界も壊れるっちゅーねんっ!」
そんな会話を交わした後、僕達は神社の境内に駆け込む。
そして居た佐倉さん。
それを捕まえている、赤い体毛の化け物。
紛れもない。見紛いようもない。
三年前と同じ、汚い笑みを浮かべて佇んでいた。
「ミョウオウやと!? 何で今こんなとこにおんねん!?」
「佐倉さんッ!」
佐倉さんが、ミョウオウのその手に握られていた。
「――っ、し――ど――くん……」
声が聞き取れないぐらいにか細い。かなり弱っている。
「ん~? 何だあ?」
そんなとぼけた台詞をミョウオウが言う前に僕は飛びかかった。僕は腰に提げていた妖刀で佐倉さんを握る右手を手首から切断しにかかる。
「おおうっと! あぶねーなぁ坊主、刃物の扱いには注意しろよ?」
しかし、ミョウオウはあっさりと佐倉さんを放した。一応彼女が殺されるという危機は逃れたようだ。
「危なっ」
落下してきた佐倉さんを何とか受け止めた。無事なようだ。そして、僕の横を素早く蓮本さんが走り抜ける。
「おらおらおらおらぁ! バケモンは大人しくおねんねの時間やぞ!」
蓮本さんは御札をミョウオウに四つ貼り付け、吹き飛ばして一気に距離を開く。
「……なんだ?もう一匹なんか居るぞ?」
「いちいち鼻につく歪んだ声出しよってホンマ!」
そう言いつつ紙人形を取り出し、手を噛み切って紙人形に血をつけて叫ぶ。
「影を纏う黒き羽よ! 我が血印にて此処に其の姿を顕現せよっ!」
その瞬間、光と共に黒い羽がが大きく開かれる。
「影縫鴉いくでぇ! 功ちゃんはその子避難させてからまた手伝え!」
そう言って紙人形を僕に手渡した後、影縫鴉に乗ってミョウオウに飛び込んで行く。
「そういや……陰陽師は喰ったこと無かったっけなぁ!」
「佐倉さん!大丈夫!?」
「……うん、何とか…………」
大丈夫じゃなさそうだ。でも一応は五体満足、どこも喰われてはいないようなので良かった。
「歩ける?」
「……ごめん、無理かも」
「分かった!」
僕は佐倉さんをおんぶした。佐倉さんの体が、一瞬こわばったのが分かった。
「ちょ、ちょ、ちょ、神藤くん!? 私重いよ!?」
「全然! 蓮本さんすぐ戻りますっ!」
はよ戻ってこいよーっ!と言う叫び声。僕は佐倉さんを背負って住宅街へ走り出す。
「……神藤くんは、どうしてここに?」
「幽霊退治の真っ最中! そしたらとんでもない悪霊が出現して君が襲われてた!」
「――ごめんね、迷惑かけて」
「なんで佐倉さんが一人でせおってるのさ? 迷惑は誰の責任でもないよっ!」
僕は公園に着き、背負っていた彼女を下ろす。
「すぐに戻ってくる! だから動けないならここに居て! 動けるならすぐに近所のお寺に駆け込んで!」
そう言った後、僕はナイフで少し指を切り、紙人形にその血を付ける。
「凡てを引き裂く猛虎の牙よ、我が血印にて此処に其の姿を顕現せよっ!」
直後、光と共に出現する禍土之虎。
「何だ?儂が戻っとる間にえらく慌ただしくなっとるが?」
「ミョウオウが居て、今蓮本さんが戦ってる! 急いで!」僕はマガさんの背に飛び乗る。
「奴が居るのかっ!? ――分かった!」
僕はマガさんと猛ダッシュで神社に向かう。
蓮本さんもう少し耐えて!
神社にたどり着くと、ミョウオウが凄まじい勢いで影縫鴉を叩き落そうと腕を振り回している。
「蓮本さんっ!」
「遅いやないかホンマ!」
蓮本さんは御札を数枚“自分”に貼り付け、一気に吹き飛ばされて僕達と合流した。
「すいません遅れました! で、戦況は!?」
「アカン。キリあらへんわ。何より殴る力が強うてな……受け流すんでいっぱいいっぱいやわ」
その身体には幾らか擦り傷がある。かなり逃げ回って転がって頑張っていたのだろう。
「……四百年見ぬ間に随分と図体だけでかくなったなミョウオウ! 儂は貴様を覚えておるぞ!」
「誰だっけお前? ちょっと待ってくれよ、今思い出すから……。駄目だ。思い出せねえ。誰だお前?」
ミョウオウはヘラヘラ笑う。
「――そうか、ならば思い出させてやろう!」
マガさんは体を屈めてスタートダッシュの態勢にはいる。
「アホ! 迂闊に突っ込むな、返り討ちに遭うで!」
「……チッ!」
「で、現実問題どうするんです!? 二匹と二人でも大して戦況変わりませんよ!」
「まずアイツは普通の九字法やったら多分効かん。成仏に関しては諦めて、倒すしかあらへん」
「この妖刀で斬れますか?」
僕は錆の塊を取り出す。ある程度なら、僕も使えるようになっていた。
「……分からん。でも多分斬れる」
「ギャンブルですか」
いよいよ勝てる確証すらないわけだ。
「仕方あらへん、刀持て功ちゃん! 僕が陽動したるから君はマガさんに乗って一気に飛び込め! でもって一気に顔面叩き斬れ!」
「了解です!」
そして僕達は散ってミョウオウの下へと、二方向から距離を詰めていく。
「やっと来たか陰陽師ども! さあ、さっさと喰わせろよオラァ!」
「うっさいねんボケナスコラ! お前のせいで今日の西居さんとのデート無しになってんぞ!?」
「お前ら僕が居ない間に何してんだ!?」
とんでもない暴露があったもんだが、今はそれどころじゃない。この調子だとデートはおろか会うことすら出来なくなる。
「影縫鴉! あいつの首を斬羽ろっ!」
直後、鴉の黒い羽の中から何本もの刃のような羽が出現する。それは閃いて、煌いて。
ミョウオウの首で、弾かれた。
「くっそ! やっぱりこんなんじゃ斬れんか!」
影縫鴉はバランスを崩し、境内の砂利道に不時着する。だがミョウオウは後ろを向いている!
「ナイス陽動、蓮本さん!」
お前が殺した両親と弟の仇を晴らしてやるッ!
そのために三年もお前を探したんだ!
殺して殺して殺して殺して殺して殺してやる!
絶対に許さねぇッ!
「ウアアアァァアァァッッッッ!」
そして。
ごきん、という鈍い衝撃とともに。
僕はマガさんと一緒に吹き飛ばされて。
「グハッ!」
「……くっ!?」
陽動は成功したのに!?
「獲物二匹、狩猟完了~♪」
そういうミョウオウの身体から通常より、さっきより伸びている、“赤い体毛”。これでどうやら薙ぎ払われたらしい。
「へぇ……男性ホルモンが多いんだな……」
「どっちから喰おうかな~♪」
ミョウオウは大してダメージをくらった訳でもなく、既に食事順について頭を悩ませている。
「痛った……マガさん、まだ動ける?」
「無理――だな。肋骨をやられた」
「そう。僕は動けるけど頭がガンガンするよ……」
僕はさっき、吹き飛ばされて神社の社務所に叩きつけられた。動けはするけれど、ミョウオウにまともに立ち向かうことは出来ない。
……吹き飛ばされた?
ミョウオウが霊体なら、僕は吹き飛ばされずにダメージのみを負っているはずだ。なのに……?
――――まさか。
アイツは“実体”なのか!
ずっと勘違いをしていた。やつはこの三年の間にどういうわけか知らないが、“身体”を手に入れている。
要は、物理攻撃が効くってことだ。
「マガさん!動けなくてもあの地面を動かす力は使えますか!?」
「まあ、使えんことも無いが……地面を隆起させてアイツを殴ることは不可能だぞ?」
「いいえ! 地面じゃなくて“地中を揺るがしてください”!」
多分、自滅覚悟だが……他に方法がない。
「よおし、先に陰陽師の方から喰ってやろう!」
初めて捕食する陰陽師にワクワクするミョウオウ。
「……チッ、喰われるこっちはたまったモンちゃうっちゅうねん」
そういう蓮本も先ほど地面に叩きつけられ、まともに戦うことは困難になっていた。影縫鴉は既に大ダメージを負ったので戻してある。
「ホンマに、運が悪いなぁ――」
「さてと、いただきま~す!」
蓮本の最期が近づくと共に響く、不快に歪んだ声。
声。
声。
ミョウオウの口が迫って、そして。
“神社もろとも”、全員消し飛んだ。
僕、マガさん、蓮本さんはいつの間にか神社から少し離れた田んぼに倒れていた。意識が戻った僕は、痛む身体を起こす。
「全く、危ないなあ神藤くん。君等はミョウオウと相討ちでも狙ってたのかい?」
どこかで聞き覚えのある声。そう、このどこか上司のようで、変な貫禄のあるこの口調……。
「姉さん!? 何でここに!?」
姉さん。当然、僕が放課後お世話になっている西居七花のことだ。
「何で? ってミョウオウが出現したからじゃないか。私が直接潰すしかないと思ってたんだけどねえ……被害はともかく大した機転じゃないか。私は君を見直したよ」
「……昔からあそこは“爆弾神社”って子供に恐れられてましたからね。たまたま思い出しただけです」
そう、週刊誌が嗅ぎつけたのは紛れも無い真実だったのだ。
つまり、“軍事基地”は確かに埋まっていた。
しかも、それは大量のダイナマイトが保管された武器庫だったらしく、そんな深いところにあるダイナマイトを掘り出すことは難しいらしい。だから国も、ここ最近は手が出せずにいた。ちなみにこの武器庫の存在を知っているのは地元住民と国の一部の役人だけだったはずだ。
そんでもって禍土之虎の能力。大地を操る能力。
この操る〝大地〟の対象は地中も例外ではないらしかった。
それを利用した。
結局何をしたかというと、武器庫のある地中の部分を地面の近くまで上げてきて、ダイナマイトの方に衝撃を与えさせてもらった。結果、大爆発してミョウオウに大ダメージを与えられるという寸法である。ただし自滅もして。
勿論、いくらダイナマイトがあるのかも、ダイナマイトがまだちゃんと爆発するのかも、ダイナマイトがどのくらいの規模で爆発するのかも知らなかった。完全な“ギャンブル”だった。
そういう点では、僕らは助かってミョウオウは倒すことが出来た。結果的には大成功だ。
「っていうか姉さん陰陽師だったんですか」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そう言って姉さんはとぼける。その嘘は無理が無いか?
「そういえば神社は……?」
「あの焼け野原だよ」
姉さんが指を指す先には、ぶすぶすと煙の上がった半径200mぐらい(大分遠目での目測なので実際はもう少し小さかったり大きかったりするかもしれないが)の真っ黒な円状の地面があった。凄まじい爆発だったことが窺えた。神社など跡形も無い。
「いや、本当に爆発寸前だったからね……助けられられないと思ってヒヤヒヤしたよ」
「どうやって僕達を助けてくれたんですか?」
当然、助けてもらって無かったら僕らはは今頃消し炭だ。
「蓮本くんから結界の話を聞いただろう? その応用でね、結界を使った空間の切断、というのを行った」
「そんなことまで出来るんですか……」
結界ってもう何でもありだな。
姉さんは近くにいる大きな龍を撫でている。よく和風の絵とかで見る感じの細長い龍。
まあ他の事はおいおい説明してもらおう。
「……あれ? なんで西居さんがこないなとこにおりはるんですか?」
蓮本さんが目を覚ました。
「君達の救助のためさ。全く……手間をかけさせないでおくれよ? さあ、皆動けるようにはなったし、さっさと帰って寝ようか――」
と、姉さんが言ったところで背後で大きな着地音がした。
「おぉおんみょうじぃいいぃぃッッ!」
ミョウオウ!?
「なんやコイツ生きとったんかっ!」
「全員まとめて喰らってやヴっ――!?」
“さっきの龍”が4足歩行のミョウオウを手足ごと縛ってしまっている。ミョウオウは身動きが取れなくなっている。
「おいおい、しつこい男は嫌われるぞ? 神藤くんなんか、どれだけ彼女への告白を我慢してきたと思ってるんだ? ……ほら、神藤くん。君の親の仇なんだから、君が止めをさしちゃいなさい」
余裕でそう言って、姉さんは僕の荷物から、錆びて折れた妖刀を差し出す。僕はそれを手に取る。
ミョウオウは絡み付く龍を解こうと暴れまわっている。
「ウアアアァァァアアァアァァッッッ! うあアァァアアアァァアァァァアアァアッッッッッ!」
「うるさい」
僕は、草でも薙ぐようにミョウオウを切り払った。いとも簡単に、その赤い身体は切れた。
「ク、ソッ、がぁ……」
ミョウオウは光の粒となって消えていった。
僕は両親の仇を討ったのか。
これじゃあどうも手柄泥棒みたいだけど。
これで、3年間の目的は果たした。
そうか、目的を果たせたんだ。
「……佐倉さんは無事ですか?」
「ああ、危なっかしいんで家に送っといた。自分が助かっといて好きな子が死んだとか、そんなバッドエンドは嫌だろう?」
「――はい」
夜が明けてきた。これで三日連続で徹夜になってしまった。寝不足が凄まじい。体はこれ以上の活動を拒否し始めている。
「というわけで神藤くん。君は無事に親の仇への復讐……って言ったら悪く聞こえるな、無念を晴らすことに成功した訳だ。良かったね」
「…………?」
ふと疑問が浮かぶ。
……僕の三年前の〝事故〟のとき、アイツは家の壁をすり抜けて入ってきてたんだよな?
「悪魔の証明」という言葉がある。
幽霊や悪魔の存在を、証明するのは案外簡単だが否定するとなると不可能だ。という言葉。
証明しようの無い幽霊の事を、胡散臭いと思うだろうか。
科学で説明できなければ、信じられないだろうか。
別に信じる信じないは自由だ。幽霊や悪魔とかも、いるのかもしれないし、いないのかもしれない。
ただ、僕から言わせてもらうと。
幽霊だって色々あるんだよって話だ。
「どうしたんや功ちゃん?」
「功ちゃんって呼ぶな」
「君等仲がいいなあ……ちなみに、仇討ちに成功した感想は?」
「…………眠いです」
[WHICH IS THIS STORY , END or CONTINUE?]
一区切りです。
読んでくださった方々、ありがとうございました。
辛口で批評、感想などつけていただけるとありがたいです。