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巫女と狐はほどけない

 朝の境内には、清んだ空気が満ちている。
 別にここが神様を奉っているからとか、そういうことではないと思う。
 単純に周りが自然物ばかりだし、位置が高いのだ。
 私が管理しているこの神社は人里から「上方向」に離れているというありがちな造りで、ここに到達するまでにはバカみたいに長い階段を上がってこなければならない。
 お陰で人の足は遠く、いつも参拝客はまばらの閑古鳥。
 私は今日も自分以外は誰もいない境内で、律儀に巫女服を着て掃除に勤しんでいる。寒いから、本当はドテラとか着て厚着したいのに。

「一日くらい掃除サボってもいい気がします」

 冬時期は特に風や空気が冷たいので、そんな気持ちが増す。
 私が吐く息は真っ白で、指はひえひえだ。気持ちが萎れていくけど、日課を止めるわけにもいかないから仕方ない。

 はふーっと、エンジンを吹かしたバイクみたいに白い煙を口から吐き出して、私は落ち葉をさっさかさっさかと集める。
 愛用の竹ぼうき捌きは我ながら芸術の粋で、落ち葉はみるみるうちに撃退完了。

 ……どれだけ掃いても、また落ちてきますけどね。

 落葉は自然の摂理というか、流れとしては当然のことなので、止めようもない。
 きっと私は明日もまた、愛する竹ぼうき「竹中さん」で落ち葉をやっつけるのだ。この黒いポニーテールを、文字通り馬の尻尾みたいに振って。

「いい天気ですねー」

 風が流れてくる方向。木々の隙間から覗ける下界は、私から見るとひどく未来的で眩しく見える。
 日の光を反射する背が高い白亜の建物たちは、私の背後に立つ茶色と赤色、少しの金に彩られた古くさい神社と比べるととても眩しく見えてしまうのだ。
 きっと、あっちの世界ではふりふりの服を着こなしたガーリーでゴシックでオシャンティな女子たちが、チョコパフェやらイケメンに夢中に違いない。おのれ。ガーリーとかゴシックとか実は意味をよく知らないけどおのれ。

「はぁぁぁ、都会人になりたいです」
「無理だの」
「わわ、帰ってたんですか」

 背後からの声に慌てて振り向くと、そこには小さな少年がいた。
 薄緑色の和服を着こなした、まだ成長の余地を多く残した中性的な顔立ちの美少年だ。
 ところどころ黒の色が入った銀髪は、陽光を反射してきらきらと輝いている。白亜の建物より、ずっと鮮明に。
 彼の黄色い瞳は楽しげに細められていて、ある一点を凝視していた。

「そのおっぱいでは都会の人混みは渡れまいて。詰まって動けなくなるぞい」
「このショタっ子、朝から散歩して帰ってすぐにセクハラですぅ!?」
「阿呆。ワシはお前より断然長生きしておるわ」
「知ってますけど! イメージ! イメージ大切にしましょうよ神様!!」
「コココ……」

 私の反応を、心底面白いという感じの笑顔で眺めてくる。そんな彼の頭には耳が、お尻からは尻尾が生えていた。どちらも明らかに、狐のものだ。ふさふさしていて柔らかそう。
 アクセサリーではない。きちんと動いているし、触れれば温かみもある。
 彼こそは、この神社に奉じられている神様。
 見た目は子供で頭脳はエロジジイだけど、私の上司というか、私が奉っている神様そのものなのだ。

「もう掃除は終わったじゃろ。寒いし、少し休みとせい。どうせ参拝客も来ぬだろう」
「それ自分で言ってどうなのって思いません?」
「ココ。思わぬよ。なにせワシは――願いを叶えぬ、神じゃからの」

 喉奥を鳴らすような独特の笑い声とともにそう言って、神様は自然な動きで私のお尻に手を出してくる。
 神様の手を一発はたき落としてから、私は屋根のあるところへと戻るべく歩を進めた。
 まったくエロ神様め。悪いことが出来ないよう、手を繋いでやらなくちゃ。


◇◆◇

「あ、ふぅぅ……」

 我ながら気の抜けた声をあげて、こたつに突っ伏してしまう。
 巫女としてだらしないと思われるかも知れないけど、巫女だって人間だ。巫女服の下にはぴちぴちのギャルが入っているのだ。気を抜けばこうなる。

 ……うあー。超楽です。

 そう感じる理由はこたつの暖かさだけではない。
 今、私は胸を机に乗せている。この開放感がとんでもない。文字通り荷物が軽くなったような感覚がする。
 隣で同じように突っ伏してだらしない顔で垂れ耳になっている神様に、私はしみじみと語りかけた。もちろん胸のことは共感が得られないだろうから、話すのはこたつの素晴らしさについて。

「この時期のこたつは堪りませんねぇ……」
「そうじゃのう。これを開発したことは、人間の大きな功績じゃて……みかん取ってくれんか」
「はい、神様」

 こたつの上に乗っていたザルからみかんを一つ取り出して、むく。
 お尻の部分ではなく、頭の方からむくのがコツだ。この方が後でスジが取りやすい。
 皮をむいた後は、出来るだけ白いスジを取って……と。

「神様、どうぞ」
「うむ。くるしゅうないぞ」

 むきたてのみかんを美味しそうに頬張る神様を見ていると、苦労して綺麗にむいた甲斐があったと思う。
 中身はエロジジイだけど、私にとって神様は家族のようなもの。
 物心付いたときからここにいて、親の顔も知らない私にとって、神様はただ崇める以上の存在なのだ。

 神様と積み上げてきた日々のなにもかもが、少し眼を閉じるだけでありありと思い浮かべられる。
 その思い出の数々は、おぼろ気ですらない両親のことなどどうでもいいと思うに、十分なものだ。
 だからみかんの皮むきも、神様が仰ったからというよりは家族に頼まれたという感覚の方が強い。しょうがないなあ、みたいな感じで自然とやってしまうのだ。

「でも神様、あんまり境内をうろうろしないでくださいね。フツーは神様って姿が見えないものなんですから」
「別に良いじゃろ、減るもんでなし」
「参拝客が神様を見て、御利益なさそうって思ったらどうするんですか」
「こんな可愛い(わらべ)が神様だと思う奴がおるかい」
「耳と尻尾が生えた銀髪和服美少年が、ふつうの(わらべ)だとでも?」
「どうせ参拝客おらんし」
「だからそれは奉られてるご本人としてどうなんですか!?」

 ココ、と笑って神様はみかんを手に取る。
 器用なもので、神様は小さな手であっという間にむいてしまい、私の前へみかんを置いてきた。

「食え。神からの施しじゃ」
「神様、これスジが取れてません」
「別料金じゃ。完全版むきみかんが手に入るのは対価を払った奴だけぞ」
「通販化粧品の試供品みたいな施しですね!?」

 む、むむ……ま、まあいいか。別にスジを食べても死ぬ訳じゃないし。
 自分で取るのがめんどくさいと思った私は、神様から施されたみかんをスジを取らずに食べた。
 食感がちょっと悪かったけど、味はバッチリ。今年のみかんは大当たりだ。
 神様がこういうことをしてくれるのは珍しいことなので、ひとつひとつゆっくりと味わって食べる。食べた後は、またこたつでだらしなく過ごす。
 お掃除は終わらせてあることだし、少しくらいゆっくりしてもいいでしょう。

「神様、今日のご飯は何にします?」
「いなり寿司がいいのう」
「えー、またお揚げですかぁ?」

 毎日のように油揚げ料理を食べている私としては、少し食傷気味だ。
 そりゃあ、私だけ別メニューということだって出来るけど、それはなんだか寂しい。
 家族がそれぞれ別のものを食べてるって、味気なく思えてしまう。やはり同じ場所で、同じものを囲んで食べたいと思うのだ。

「たまには違うもの食べましょうよ」
「阿呆。狐が油揚げ食わにゃどうするんじゃ」
「確かにそうですけどねー……」

 狐の神様といえば油揚げ。これは確か茶枳尼天(だきにてん)が元だという話を神様がしていた気がするけど、とにかく狐の神様は油揚げが大好きだ。
 神様もその例に漏れず、無類の油揚げ好き。お陰で私も毎日お揚げを食べているというわけだ。
 晩ご飯のメニューがいつも通りのものに確定してしまったことに溜め息をつきながら、私はテレビの電源を入れた。

「あ、そういえば神様。そろそろ油揚げの貯蔵がなくなりますよ」
「おう、そうか。では明日、買い出しに行こうかの」
「たまには私も連れていってくださいよ」
「巫女のお前が神社を離れてどうすんじゃ」
「いや、神様が耳と尻尾隠してまで神社を離れるのもどうなんですか?」

 私はこの神社の境内から、一度も出たことがない。
 それは物心ついた頃からずっとそうだ。何か必要なものがあれば、神様が外に出て調達してきてしまう。
 昔はそのことを当たり前のように思っていたけれど、今では少し違和を覚える。
 ふつう、そういった雑事は神様ではなく、それに仕える神職の仕事ではないのだろうか。

 エンジン全開のバイクが白煙を吐くのも、チョコパフェやイケメンに夢中な今時ギャルも、私はテレビの中でしか知らない。
 今もテレビには私の知らないものばかりが映っている。高速船に、お洒落な喫茶店、他の神社……どれも、映像でしか知らないものだ。
 神様は私の言葉に、ほ、と溜め息を吐いてから答えてくれる。

「コココ。ワシは願いを叶えない神様じゃからな。どうせ暇なのよ」
「どうして願いを叶えないんですか? 稲荷系の神様って確か、どんな願いでも叶えられるんですよね? もっとちゃんとお仕事すれば、参拝客も増えるのに……」

 稲荷系、つまりお狐の神様は、「どんな願いでも聞き届ける」という便利な神様だ。その性質から、古い時代では博徒や遊女が多く信奉していたという。
 うちの神様も稲荷系の神様なので、その気になればどんな願いでも叶えられるはず。
 なのに、どういうわけか、彼は誰の願いも叶えない。

「なんでも叶えられるがゆえ、なにも叶えぬのだ」

 何度も繰り返した私の質問に帰ってきた言葉は、何度も繰り返した同じもの。
 なんでもできるから、なんにもしない。まるで謎かけだ。
 何年もこのやり取りをしているけれど、未だに神様の真意を図りかねている。言葉の意味がさっぱり解らない。
 なんでも叶えられるなら、なんでも叶えれば良いのに。そうすれば参拝客も増えて、神様も毎月家計簿とにらめっこしなくて良くなると思うのだけど……。

「……あら。天気が崩れてきましたね」

 思考を切るのに十分な変化を、私の耳が感じ取った。
 ごろごろと、地響きのような音が空から聞こえてくる。
 音はまだ遠いけれど、古い神社だ。すきま風も音もよく通してくれるので、こういうことは直ぐに察知できる。神様を見ると耳が左の方を向いているから、方角も把握。
 朝の天気予報では午後からはあまり天気がよくないと報じていたので、そのよくない天気が来たということだろう。

「お、おい」
「はいはい、解ってますよ」

 寒いと思いつつもこたつから抜け出て、私は己の膝をぽんぽんと叩く。おいで、という意思表示だ。
 神様は直ぐに巫女服の緋袴に顔を埋めに来る。私はその頭を優しく撫でた。
 うちの神様は、どういうわけか雷様が苦手なのだ。

「うひぃ!?」
「あ、落ちましたね」
「お、おのれぇ、自然め……神であるワシに歯向かおうなど……うほぅ!?」
「ほら、悪口言うから雷様が怒ってまた落としましたよ」
「あれはただの自然現象じゃい! 妖怪や神の起こすものではないわ!」
「非現実の塊が、現実に怯えてどうするんですかー……?」

 狐の尻尾を丸めて、耳を力無く垂らしてぶるぶる震える神様は、雷の時しか見られない。実はちょっとかわいいと思っている。
 子供をあやすように背中や頭を撫でて、神様が落ち着くように促す。雷が落ちる度に神様は大袈裟に反応するので、膝が少しくすぐったい。

「神様、豆茶でも淹れましょう。落ち着きますよ」
「い、嫌じゃ! そんなのいいから、このままでおれ!」
「いえ、私も飲みたいんで……ほら、少し離れるだけですから」
「嫌じゃあ!!」
「ふわっ!?」

 神様の小さな頭を持って膝の上から退けようとした瞬間、予想外の反応をされた。
 獲物に飛びかかる狐のような勢いで、神様が私を押し倒してきたのだ。

「いつっ!」

 相手の体躯は子供そのものだけど、それは「見かけ」の話。
 実際のところは神様。それもどんな願いでも叶えてしまうほど力のある獣神なのだ。私は簡単に組みしかれて、後頭部を床に打ち付けた。

「お前はここに、ずっとおるのだ……!」

 腕に爪が食い込み、肉が割けるほど強く握られる。
 白の巫女服が赤く濡れて、鈍い痛みを得た。
 自然と出た涙で滲む視界には、泣き出しそうな神様の顔。
 どうやら、よほど怖がらせてしまったらしい。

「っ、解りました……解りましたから、神様……い、痛いです……!」
「は……す、すまん!?」

 慌てた様子で神様が私の腕から手を離してくれて、圧迫感から解放された。
 爪が引き抜かれたことで、両腕の傷口からは血が溢れて、更に服が汚れてしまう。
 見上げてみれば、神様はひどく申し訳なさそうな顔をしている。顔面は蒼白で、雷が未だに落ち続けている音すらも聞こえてはいないようだ。

「す、すまぬ……本当に、すまん……」
「いいえ、大丈夫ですよ。私の方こそごめんなさい」

 気を遣ったつもりだったのだけど、どうやら不安にさせてしまったらしい。
 さっきは退けようとした神様の頭。その後ろ側に手を回して、私の胸元へと引き寄せる。我ながら大きな胸だ。いいクッションになるだろう。
 さすがにセクハラする気力はないらしく、神様はされるがままでいてくれる。

「少し落ち着いたら、お茶を淹れますね。手を繋いで、一緒に行きましょう?」
「……うむ」

 素直に頷いてくれる神様の小さな頭を撫でた。こうしていると、私の方が年上みたい。
 腕からはいつの間にか痛みが消えている。たぶん神様が治してくれたのだろう。
 本当に、この力をもっと有効に使えばいいのに。
 そんなことを考えながら、私は神様の頭を撫で続けた。
 巫女服、新しいの出さないと。



◇◆◇

 その日も境内には自分以外の誰もおらず、私は雑事に勤しんでいた。
 人が来ないと言っても、やはり掃除をして綺麗に保たなければならないし、おみくじやお守りは古くなりすぎないよう定期的に新しく作ってもいる。
 古い神社だから補修するようなところもあり、誰も来なくても意外とやることは多いのだ。

「はふー」

 床の掃除を終え、掃除用具の片付けを済ませた私は一息を吐く。
 この時期、雑巾で床を磨くのは辛い。指がじんじんする。
 本当はモップを使いたいのに、神様は「イメージが大切じゃろ」と言って認めてくれない。ケチ神様め。

 ……ちょっと休憩しましょうか。

 買い出しに出ていった神様も、たぶんそろそろ戻ってくる頃だ。
 お饅頭とお茶でも準備して、こたつでぬくぬくしながら待っていよう。
 そう思って屋根のあるところへと戻ろうとして、気付く。

「あ、雷……」

 遠雷の音が、聴覚を刺激した。
 距離はまだ遠いけれど、きっと神様にも聞こえているであろう音だ。あの人、いや神様は私以上に音に敏感なのだから。

 ……大丈夫でしょうか。

 神様が雷をひどく怖がっていることは知っている。
 特に先日の反応は記憶に新しい。まさか、離れようとするだけで暴れるとは。
 あれほどまでに恐れているなんて思わなかった。夜にはすっかり元気になって、五目いなりを七つも食べて歯も磨かずに寝ようとするから怒ったけど。

 何年もの付き合いだ。こういうときはいつもすっ飛んで帰ってきて、私に抱きついて来ることは知っている。とてもかわいい。
 けれど、先日の神様を思い出すとさすがに少しばかり不安になる。

「ちょっと様子を見てきましょうか……」

 さすがに町には降りられない。すれ違ったら大変だし、そもそも私は町がどうなってるか知らないから、行ったところで迷子になってしまう。
 それでも、階段を降りて探してみるくらいはできる。
 もしかしたらバッタリ会えるかもしれないし、階段を踏み外して怪我でもしていたら助けてあげないと。
 思い立ったら即行動だ。私は鳥居の方向に足先を向けて、歩き始める。
 始めて外に出ることに対して、高揚感のようなものはない。ただ心配という気持ちがあり、私は自然と走り出していた。
 己の吐く白い息を境内に置き去りにして、境内の外へと。
 急激な違和感を感じたのは、鳥居を潜った瞬間だった。

「……!?」

 まるで、身体中の血液が鉛になったような感覚。
 足ががくんと重くなって、私は思わず膝をついた。

 ……なん、ですか、これ。

 頭がうまく回らない。なにかおかしなことがあったことは解るけど、それが何故起こって、どういうふうに私に干渉しているかが解らない。
 頭の中身が腐ってしまったみたいに、考えを巡らせることができない。なんだろう、これ。なんですか、これ。
 やがて四肢のすべてを使っても、自分の重みを支えることもままならなくなった。体勢を崩して、階段を転げ落ちる。
 あちこちをぶつけ、首が曲がり、腕も足も曲がっていく。
 不思議なことに、痛みもなにも感じない。まるで自分が死んでいるかのように、身体も心も冷えていく。

 ……神様のこと、言えなくなってしまいました。

 階段から落っこちていたら、なんて心配していたけど私の方がそうなってしまった。
 転げ落ちていく私が最後に私が見たものは、木々の隙間の向こう側。
 陽光を反射して輝く、憧れの町並みだった。



◇◆◇

「……ん」

 目を覚ますと、そこは見慣れた天井。
 神社の離れ。私がいつも寝泊まりしている部屋の天井だ。相変わらず、染みが牛の顔のように見える。

「私、どうして……?」

 意識を失う前のことは、きちんと覚えている。鳥居を潜ってすぐに体調を崩して、階段から落ちた。間違いない。
 体を起こそうとしてみると、すんなり起きられた。身体はどこも曲がっていないし、首だって動く。

 ……神様が、治してくれた?

 そう考えるのが自然だ。私がここにいるのも、神様が連れてきてくれたからだろう。
 助けるどころか助けられてしまった。きちんとお礼を言わなくてはと思い、布団から抜け出ようとしたところで、引き戸が開けられた。
 扉を開けたのは当然、神様だ。音に反応して自然とそちらを見たから、相手と目が合う。

「かみさ――」
「――起きたか!?」

 呼ぼうとしたのに、こっちの言葉を食うように言葉がきた。
 神様は私のすぐ側まで走ってくると、一気に捲し立ててくる。

「大丈夫か!? どこも痛くないか!? おかしなところはないか!?」
「か、神様。ちょっと落ち着いて?」
「す、すまんっ……」

 吐息がかかりそうな程に近づいてこられたので、さすがに少し驚いてしまった。
 私の言葉で神様が距離をとってくれたので、一息を吐く。

「大丈夫ですよ、神様。怪我を治してくれたんですよね。ありがとうございます」
「……おう」
「……神様。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「……なんじゃ?」
「私、ここを出られないんですね?」
「っ!」

 嗚呼、やっぱり。
 神様のその反応で、理解ができてしまった。明らかに目を逸らされたのだ。
 今まで感じていた違和感が、鮮明になる。
 私が物心ついたときからここにいたことも、境内から出たことがないことも。
 全てはそういうことだったのだと。
 私は境内を出られない。出たら「ああなって」しまうから。
 だから神様は、いつも私を置いてひとりで外へ行っていたのだ。

 鳥居から出たときにそこに思い至らなかったのは、出た時点で私の身体の機能がほとんど停止してしまったから。思考も止まり、考えることすらもできなくなったからだ。
 今はすっかり元通りだから、この程度のことなら思い至ることができる。
 解らないのは、どうしてなのか。
 どうして私はこの領域を出られず、神様は私をここに置いているのか。
 それはもう、神様自身に聞くしかない。

「神様。どうして私はここにいるんですか?」
「それは……」
「教えてください、神様」
「い、嫌じゃ……嫌じゃ!」

 神様は、今までで始めて見るくらいに狼狽していた。雷が落ちているときよりもずっと、怯えているように見える。
 顔を真っ青にして、狐の耳を押さえていやいやと首を振る様子は、まるで怒られるのを怖がる子供のようだ。

「嫌われてしまう、そんなことを話したら、ワシはお前に嫌われてしまう……!」
「神様……」
「嫌じゃ! 嫌なのだ! 失いたくない! 無くしたくない! もうワシの前から、消えないでくれ……消え、ないで……」

 自分の方が消えてしまいそうな雰囲気で、神様はうわ言のように「消えないで」と言葉を重ねてくる。ぽろぽろと涙をこぼしながら、何度も同じ言葉をこぼし続ける。お気に入りの薄緑の着物が濡れることも構わずに。
 私はそっと、彼の手を握った。明らかに怯えた反応をされるけれど、構わなかった。

「神様、大丈夫です。私はここにいます。どこにもいきません……今度こそ」

 自分でも何故、「今度こそ」なんて言葉が出たのかは解らない。それでも私は自分の心が生み出した言葉を、目の前の神様に届けた。
 たくさんの「消えないで」を「大丈夫です」と何度も受け止めて、私は彼の手を握り続けた。彼の涙が落ち着くまで、ずっと。

 どれくらい時間が経っただろうか。神様は少し落ち着いてきたようだ。
 私は巫女服の袖で神様の涙をぬぐって、透き通るような黄色の瞳を見つめ、改めて話しかけた。

「話してください、神様。私はどこへも行きません。でも、これを知らないと……ここに居ていいかどうかすら、解らなくなってしまいます」
「……うむ」

 神様は泣きはらした顔を、確かに縦に振ってくれた。
 すぐには話してくれなかったけど、私は焦らずに次の言葉を静かに待った。
 神様は私の目を見ることはせず、それでもぽつりぽつりと話し始める。

「かつて、ワシは多くの人の願いを叶えた。神として、使命だとして。叶え続けた。人々はワシを崇め、奉り……賑やかなことであったとも」
「昔はなんでも叶えていたんですね」
「おう。使命に燃える、よき神であったとも。しかしな、なんでも叶えられることと、叶え続けられることとは違う……願いを叶え続けたワシはある日、神としての力を使いすぎてしまっての。眠ってしまったのじゃ」

 神様はたぶん、頑張りすぎたのだろう。
 走り続けて、疲れきった人間と同じで。
 神様の話は続く。小さな身体と声はだんだんと震えを帯びてきて、相変わらず視線を重ねてはくれないけれど、私に伝えてようとしてくれている。

「忘れもせん。あの日は雷が鳴り響いておった。意識を取り戻したワシが見たのは……境内に山と置かれた、神職たちの死体じゃ」
「死体ですか……!?」
「そうとも。そしてそれらを供物として囲み、ワシに祈りを捧げる人々の姿があった」

 告げられた言葉に、ぞっとした。
 神様は昔、慕われていたのだ。信者がたくさんいたということは、その数に比例した神職がいたということになる。
 きっと、一桁ではきかないくらいの人数の死が、神様に捧げられたのだろう。
 神様が休んだことで願いが叶えられなくなったことによる、人々の暴走。
 眠りから目覚めた神様が見た地獄絵図は私にはとても想像しきれないものだけど、それでも背筋が凍るような感覚を得た。

「ワシはそのとき、一月ほど肉体を保つこともままならずに眠っておってな。その間に疫病が流行ったらしい」
「疫病が……」
「『神が隠れた』。そう思うた人々は……ワシに多くの供物を捧げた。恐らくは数多くのものを。それでもワシは起きなかった。だから、人じゃ。尊い人命を捧げ、それよりもなお尊いワシを起こそうとした。ワシは……ワシはそんなこと、望んでおらなんだのに!!」

 震えていた声が、一気に爆発した。
 神様は私の眼をようやく見てくれた。何故、どうして、という気持ちが込められた憤りの瞳で。
 怒りに燃え、悲しみに揺れる瞳。ぐちゃぐちゃの感情に混ぜられた黄色(おうしょく)の視線が、射抜くように私を捉える。
 肉食獣である狐の牙を剥き出しにして、吠えるように神様は言葉を放つ。

「だから奴等の願いを叶えなかった! ワシの望みとは反対のことをした愚か者たちに、同じように反対をくれてやったのだ!! 疫病をより酷いものにして、お前を連れ、ワシは社を出ていってやったのじゃ!!」

 獰猛な輝きを灯した瞳が、その形までもを変える。
 もともとつり目ぎみだった瞳はさらに長く鋭く。まさしく狐のものと変じた。
 変化が起きたのは、瞳だけではない。神様の肉体が膨れ上がり、全身から銀色の毛を生やす。
 人のものであった肉体は、薄緑の服を食い破るように肥大化して、みるみるうちに獣のそれとなる。
 身の丈二メートルはある、巨大な銀色の狐。恐らくはこの姿が、神様の本質なのだろう。
 その姿を、私は怖いとは感じなかった。巨大になった神様を見上げ、言葉を紡ぐ。

「じゃあ神様、本当はこの土地の神様では無いんですか」
「この神社にもともと奉られていた神は、とうに隠れていてな……無人、いや無神の神社に、ワシは居座った。お前の亡骸とともに……!」
「……どうして、私を連れてきたんですか?」
「お前が一番、『痛み』がひどくなかったからだ……!」

 神様の言葉に、嘘はないと思う。
 私が選ばれたのは、本当にただそれだけの理由だったに違いない。
 どうしてなのかは知りようもないけれど、供物の中で私が一番原型を保っていたのだろう。

「解るか……!? なんでも叶え続けたがゆえに、一番大切なときにワシは間に合わなんだ……最も叶えねばならぬ願いを取りこぼしたのだ!」

 願いを叶えない理由。
 それは最も大切なものを叶えられなかったがゆえの、自責。

 雷を恐れる理由。
 それは最も大切なものを失ったがゆえの、恐怖。

 ああ。ああ。
 すべてに合点がいきました。神様。

「寂しかったのですね」
「っ……!」
「だから私を起こしたのでしょう。嘘の記憶を植え付けて」

 物心ついたときからの記憶は確かにある。
 小さな頃からの記憶。思い出そうと思えばいくらでも思い出せる。
 あまりにも鮮明な記憶。曖昧なところなど微塵もない。
 瞳を閉じればありありと思い浮かべられる思い出の数々。
 それはきっと、神様の在りし日の記憶だったのだろう。
 寂しがり屋の神様が、誰かと共にしたいと思った愛しき日々の数々。それが私の記憶の正体。

「……すまぬ」

 瞳に大粒の涙を溜めて、神様は私に謝罪する。
 大きな大きな狐なのに、まるで小さな小さな子犬のようだ。
 私は神様の涙をぬぐう。巫女服の小袖では足りないから、お布団でごしごしと拭いてしまう。

「こ、こら。なにをするんじゃ」
「神様、泣かないで。私はどこにも行きません」
「……それはお前がここから出られぬからだ。嫌ったじゃろう。呆れたじゃろう。恐れたじゃろう」
「いいえ、少しも」
「今からワシがお前に何をしようとしているか教えてやろう。お前の記憶をすべて喰らい、また新しいお前を作る。今日のことを忘れたお前を! すべてを知らず、ワシを嫌わぬお前をだ!」
「そうですか……それじゃあ神様、お願いがあります」
「ワシは願いを叶えぬ! 叶えるのはワシの願いのみ!! ワシが望む世界だけがここに在ればよい!!」
「次の私にも、この私の気持ちをあげてください」
「……!?」

 眼を見開き、信じられないものを見るような顔をしている神様に、手を伸ばす。
 顎の下に触れると、それは確かに狐の毛並み。
 ふわふわして、とっても魅力的な感触だ。きちんと覚えておきたい。

「私はどこへも行きません。例え神様が私を作り替えたとしても……ずっと側にいたいから。だからせめて、私を消してしまうなら……今の私の大好きを、次の私に伝えてください」
「何故じゃ……何故じゃ、何故じゃ! ワシに創られたからか!? 命乞いのつもりか!? それともなにか――」
「――神様がそんなふうに泣いているからです」
「神を慰めるのが、巫女の務めというか!!」
「いいえ。慰めるのが家族の務めだからです」

 ぴたりと、神様の動きが止まった。
 尻尾の先から耳の先までを止めた神様に、私は私の想いを語る。

「私が神様に創られたのだとしても、私がどこにもいけなくても、誰でもないとしても……私が貴方を慕う気持ちは本物です」
「嘘じゃ……ワシが創ったから、ワシに都合のよいことを喋っておるだけじゃろう……」
「嘘ではありません。だって神様、私が境内の外へと出るのを、予知できなかったじゃないですか」
「っ!」
「私が神様を嫌わないのも、呆れないのも、怖がらないのも、わからなかったじゃないですか」

 私は頭を指差して、言葉を紡ぐ。

「ここにあるものが全部嘘でも」

 そうして胸を指差して、言葉を編む。

「ここにあるものは全部本当です」

 始まりではなく、今日まで重ねて積もった想い。胸に灯る温かな気持ち。
 こんな寂しがり屋の神様を、こんなに不安そうな家族を。私は決して、ひとりにできない。

「私は貴方の寂しさを和らげるためのお人形ではありません。私は……貴方と寂しさを共有する、ひとりの巫女であり、貴方の家族です」

 だから、どうか。
 私を消すというのなら、次の私にも「私」をあげてください。

「家族が知られたくないことを忘れてあげるのだって、家族の役目です。だから、忘れろというなら忘れます。でも……どうか、私を忘れないで」

 この心が消えていない限り、きっと私は何度私を重ねても、貴方を愛しいと思うから。
 私は神様へと、(こうべ)を垂れた。
 神の裁きを待つ人のように。
 或いは、自分の心を大切な人に預けるように。

「神様。ずっとお側に」

 そして、私の意識は闇へと落ちた。



◇◆◇

 夕暮れ時の境内には、清んだ空気が満ちていた。
 別にここが神様を奉っているからとか、そういうことではないと思う。
 単純に周りが自然物ばかりだし、位置が高いのだ。
 私の管理しているこの神社は人里から「上方向」に離れているというありがちな造りで、ここに到達するまでにはバカみたいに長い階段を登ってこなければならない。
 お陰で人の足は遠く、いつも参拝客はまばらの閑古鳥。
 今日はいつもより少し多かったようだけど、それでもたった五人という有様だ。

 自分以外は誰もいなくなった境内で、私は律儀にも巫女服を着て掃除に勤しんでいる。寒いから、本当はドテラとか着て厚着したいのに。

「朝ちゃんとやったんだから、夕方は掃除しなくてもいい気がします」

 冬時期は特に風や空気が冷たいので、そんな気持ちが増す。
 私が吐く息は真っ白で、指はすっかりかじかんで動きが悪い。
 気持ちが萎れていくけど、毎日のことを止めるわけにもいかないから仕方ない。

 はふーっと、エンジンを吹かした車みたいに白い煙を口から吐き出して、私は落ち葉をわっさわっさと集める。
 愛用の竹ぼうき捌きは我ながら惚れ惚れするもので、そう時間をかけずに落ち葉をやっつけることができた。

 ……どれだけ掃いても、また落ちてきちゃいますけどね。

 落葉は自然の摂理というか、流れとしてはごく当たり前に起きることなので、止めようがない。
 きっと私は明日もまた、愛しの竹ぼうき「竹中さん」で落ち葉をやっつけるのだ。この艶やかな黒ポニテを、文字通り馬の尻尾みたいに振って。

「いい天気ですねー」

 風が流れてくる方向。木々の隙間から覗ける下界は、私から見るとひどく未来的で眩しく見える。
 夕焼けの光を反射して朱色に似た色にも見える白亜の建物たち。それらは私の背後に立つ茶色と赤色、少しの金に彩られた古くさい神社と比べるととても眩しく見えてしまうのだ。
 夕方だとうちの神社、特に貧乏くさ……いや、風情が出ている。風情、うん。
 きっと、下の世界ではひらひらの服を着こなしたイケイケでファンシーでハイカラな女子たちが、フルーツパフェやら金持ちに夢中に違いない。おのれ。イケイケとかハイカラとか実は意味をよく知らないけどおのれ。

「はぁぁぁ、シティガールになりたいです」
「なればええじゃろ」
「ひゃぁん!?」

 すうっと一瞬、お尻が涼しくなったような感覚。
 撫でられた。そう思った瞬間には、私は竹中さんで背後を思いっきり払っていた。
 いくら竹ぼうきで女の子の腕力とはいえ、遠心力込みの全力だ。当たったら痛い。
 乙女のお尻に狼藉を働いた相手は、私の攻撃をひょいっと避けた。おのれ。背が低いからってくぐるように、おのれ。

 コココ、と心底楽しそうに喉奥を転がして瞳を弓の形にするのは、銀色の狐耳と尻尾を生やした美少年。

「まぁ、お前は洋服なんぞ着ようものなら、胸が面白いことになるであろうがの?」
「じ、じろじろ見ないでくださいよう!!」

 無遠慮なエロ目線から逃れるように、私は神様に背を向けた。
 見た目は銀髪和服のケモミミ美少年だというのに、中身が訴訟もののエロオヤジってどういうことなのだろう。詐欺もいいところだ。

「ココ。まあそうカリカリするな。掃除ご苦労だの。今日はもう終いにせい」
「……言われなくてもそうしますよ。あの、神様? さっきの――」
「――おう、尻の感触なら良かったぞ 」
「ちっがいますよ! 誰が尻の感触言えって言いました!? シティガールの話ですよ!?」
「ん、ああ、あれな。なりゃいいじゃろ?」
「出られないの解ってんでしょー!?」

 そう。私はこの境内を出ることが出来ないのだ。
 神様が支配する領域。その外へと出てしまうと、私の身体は死体へと戻ってしまうから。
 この身体は本当は生きておらず、鼓動もなにもかも、すべてがかりそめのものだから。
 そのため私はこの神社から一歩も出られず、買い出しなんかは全部神様がやってくれている。
 神様は私に、まあ落ち着け、という感じで両の手のひらを示す。

「今はまだ無理だが、の」
「今は? どういうことです?」
「うむ。その前に今日、参拝客多くなかったかの?」
「はあ、そうですね。確かに、いつもよりは」

 いつもは多くて二人程度の参拝客が、今日は五人も来た。
 一桁台だから決して盛況とは言えないけれど、普段の過疎っぷりを思えば多いと表現しても問題はないだろう。当社比二倍とかいうと凄く多い感じに聞こえる。

「実はの。この間から少しだけ、客の願いを叶えておるのだ」
「えええ!?」

 告げられた言葉のあまりの衝撃に、私は愛する竹中さんを取り落としてしまった。ごめんね竹中さん。
 慌てて竹中さんを拾いつつも、私は神様に捲し立てる。

「神様、『ワシは願いを叶えないからの……グッフッフ』とかいつも言ってたじゃないですか!?」
「最後の笑い方は身に覚えがないがのう。ま、そうじゃの」
「どんな心境の変化が……?」

 神様は黄色くてつぶらな瞳を横目遣いにして、こちらをちらりと見たかと思うと視線を逸らした。
 その様子に、私はちょっと違和感を感じる。
 なんだか神様らしくないというか。らしくないというなら雷が降っているときがそうだけど、今はそんな天気でもない。いったい、なにがあったのだろう。
 首をかしげていると、神様の方からお声がかかった。

「……神としての力はの。信者の多さにも比例するのじゃ。信者が増えれば、神としての格が上がる」
「はあ、それで?」
「だからもっと信者を増やしてその、な?」
「あ、なるほど。家計が苦しいんですか」
「違うわ! にっぶい女じゃのお! 信者が増えてワシが神としての力を取り戻せば、ワシの守護する領域は広がる! 町まで広げりゃお前も降りられるわい!!」

 人気の失せた境内に響く神様の声は、私の心にも確かに響いた。私は目を真ん丸にして、神様の方を見る。
 神様は顔を真っ赤にしている。銀色の尻尾と耳の毛を逆立てて、威嚇するような姿勢だ。

「かわいい……」
「なんじゃぁ!」
「あ、いえいえ。すいません神様。つい本音が。それで……えと、良いんですか?」
「良くなかったら、こんなこと言うはずなかろうが!」
「そうでしょうけど……神様、私が外に出るのは嫌なんでしょう?」

 先日の雷の日。「ずっとここにおれ」と言われた日のことは、まだ記憶に新しい。
 あのときは雷を怖がっているのかと思ったけど、違う。
 あれは正確には「私がいなくなる」ことを怖がっていたのだろう。彼の過去や私の存在のことを知った今なら、それくらいは読み取れる。
 神様は私に手を伸ばしてきた。またお尻触る気じゃないかと思ったけど、どうも違うようだ。
 触れられたのは、私の手。竹中さんを持っていない左側。
 少年じみた小さくて柔らかな手が、私の手と重なる。
 そのまま指を絡めてくる動きに、私は逆らわなかった。ここまでされれば、何を望んでいるかくらいはわかるから。

「お前は、ワシの側におるんじゃろうが」
「……ええ。いますよ。私はここに。たとえ下界に降りても、それは遊びに行くだけです。神様の側に、ずっといますとも」
「ふん……お前がどうしてもと言うのなら、付き合ってやらんでもない」
「そうですね。二人でいきますか。留守を任せられるような人を雇って」

 私の手に与えられる力が強くなる。この反応は了承と言うことでいいだろう。

「ねえ、神様。貴方はあの日、私を消したんですか?」
「……どうでもいいじゃろ、そんなこと」
「いえ、消したなら目元をもう少しパッチリ変えてほしかったなと」
「わしゃ整形外科医か!?」
「えへへ。冗談ですよ」

 そう。今のはただの冗談だ。
 今の私が、あの日の私かどうかだなんてどうでもいい。
 だって私は覚えているから。無くしておらず、持ち続けているから。
 私の身体に宿っているものが偽物でも構わない。

 この気持ちは、変わらずに。
 この胸の中で、温かなまま。
 この愛しさが、私の真実だ。

 繋がれた手と手。
 絡まった指と指。
 触れ合う熱と熱。

 私と神様は別たれない。
 家族と家族は離れない。
 巫女と狐はほどけない。

「大好きですよ、神様」
「……ああ」

 どこにもいかないよという気持ちが伝わるように、しっかりと手を繋いで。
 私は神様に寄り添い続ける。
 ずっと、ずっと。
 貴方と私は、ほどけません。
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