メガフロートの島
ぶつかってしまった男性。
彫りの深い頬骨のでた金髪の短いオールバックの中年と思しき男性、首元には十字架がぶら下げられていた。
海外から来た神父の人なのだろうか、そう考えながらとにかくまずは謝る。
「ご、ごめんなさい! 前見てなくて!」
「いや、こちらこそすまない。少し考え事をしていてね。怪我はなかっただろうか」
「は、はい」
フッと笑う男性、怖い人ではなさそうだ、よかった。
「すいませんでした……私友達を待つのでこれで」
「あぁ、お互い気を付けよう」
ふと焼きそばの屋台のあった方を見る。
屋台ではちょうどエリシアさんが焼きそばを受け取りお会計をしていた。
そろそろエリシアさんが戻ってくる頃だ。
男性の方を見ると、私に釣られたのか同じく焼きそばの屋台の方を見ていた。
「……?」
じっと屋台を見つめる男性の目、それが私にはどこか驚いたようなびっくりしたようなそんな目をしているように見える。
「……どうかしました?」
「いや、少し呆けていた」
「……そうですか」
「それでは……私はこの辺で失礼させてもらおう。君に主の導きがあらんことを」
「あ、はい。お気をつけて……」
そうして男性は少し人の増えた道通りを進み離れていく。
「ハルカゼー」
振り向くと道の先からエリシアさんが焼きそばを二パック両手に持ってこちらに向かって歩いてきていた。
「エリシアさん」
「待たせたわね、どうかした?」
「あ、えと」
男性が歩いて行った道の方を見るとそこにはもう男性の姿は無かった。
「……ううん、何でもない。そこで食べよっか」
「はぁやっと食べれるわ」
気を取り直し私はエリシアさんと近くのベンチに座り焼きそばを食べることにした。
◇◇◇
「美味しかったねエリシアさん」
「えぇクレープなしでもやっぱり十分美味しいじゃない……」
私たちは焼きそばを食べた後、一緒に祭りの中を歩いていた。
りんご飴を食べながら、私たちは歩く。
「よかったわね、お礼に貰えて。美味しいわ、これ」
「そうだね、甘くて美味しい……」
そうして、すぐに食べきって、また、お祭りの中を二人で歩いていく。
祭りは徐々に賑わいを見せ人が増えてきている。
「それにしても何のお祭りなのかしら」
「それはねぇ、この街の創設記念を祝ってのお祭りなのさ」
通りを歩いていると聞こえてきたのは、湧いたエリシアさんの疑問に答えるどこかで聞いた声。
声の聞いた真横の方向に私たちは一緒に振り向くとそこには、昨日のクレープを振る舞ってくれた三角巾にエプロン姿の女性。
「ってまた……!」
「クレープ屋のお姉さん」
「や、こんな偶然もあるもんなんだね」
お姉さんの昨日と変わらない朗らかな、でもどこか胡散臭さも感じるような笑み。
エリシアさんは相変わらず怪訝な態度で接する。
「えぇ、びっくりするくらいにね」
「あれから大丈夫だった? ちゃんと帰れた?」
お姉さんがそんなことを聞いてくる。どうしよう。
実はお姉さんの言うとおりに捕まったけどエリシアさんが実は魔術師で助けてくれました! なんていう訳にはいかないし。
「え、えと……」
しどろもどろになってるとエリシアさんが代わりに答えてくれる。
「心配してくれてありがとう、大丈夫だったわ。あの後二人で普通にホテルに戻ったの」
涼やかに返すエリシアさん。確かに嘘は言ってない。
「そっかそっか、それはよかった」
ニコニコと笑うお姉さん。やはり悪い人ではなさそうだ。
「それにもう、そんな誘拐まがいのことは起こらないだろうから安心しなさい」
「? どういう意味?」
エリシアさんの発言にお姉さんは首をひねる。
「ただの勘よ、それであなたはこんなところで何してるの?」
「んー? もちろん屋台だよー? なんか食べてかない? いいの揃ってるよ?」
「おあいにく様、悪いけれど今日はもうお昼は食べたの」
「それならちょうど良かった! 今日はね、昨日とは一味違うのさ!」
私は上を見るクレープ屋さんのやっている屋台ののれん、そこに書かれてあるのは───
「『お芋アイス』……」
「そう! 今日はお芋アイス! 紫芋に普通のお芋にふかし芋に、どれでも好きなものを食べるといいよー」
「……何とも言えないラインナップね」
「意外と美味しいんだぜ? いやーこのお祭りのために冷凍庫とかを買ったんだけど、高いねーまた赤字だよ」
「あはは……ほんとだアイス屋さんみたいにフレーバーがいろいろ……」
屋台の手前の台より少し奥を覗き込むと正面にいろいろな種類のアイスがケースの中に入ってあった。
「どれにするかい?」
にこやかにお姉さんが問いかける。
「ふーん、買うの? ハルカゼ、こんな季節に外でアイスよ?」
エリシアさんは唇を尖らせながら聞いてくる。
「あはは、まぁせっかくだし」
「頼むのね……」
「まいどありー! それじゃあ何にする?」
「じゃあこれ安納芋? をお願い」
「私は……紫芋で」
「まいどー! 待っててねー」
そうして少ししてアイスが渡される。
ボール状のお芋アイスがコーンに刺さっており上からはフルーツソースが掛けられていてミントも添えてあった。
「それじゃあ……いただきます……。……美味しい」
「まぁ、美味しいわね」
「ふっふーん、お口に召したようで様で何よりだよ! 冬に食べてもアイスはまた一味違った美味しさがあるんだよねー……あっはいはいふかし芋ねー」
屋台から少し位置を離れてアイスを食べる。
お姉さんは別のお客さんの対応をしている。
お芋の甘味が中々に美味しい。
少し季節と相まってちょっと冷えるが十分おつりがくる美味しさでもある。
私がアイスを食べていると、同じくアイスをもぐもぐと食べていたエリシアさんがお姉さんに向かって口を開く。
「そういえばあなた、さっき言ってたことってどういう意味?」
「はーいまいどー。楽しんでねー……さっきってー?」
「この街の創設記念とかなんとか言ってたでしょう?」
「あーその話ね。ふふ、気になる? 文字通りさ、この街が造られて今年で六十周年なんだってさ」
「? ここは元々島があった地区よね? それにこの島の大半の土地のメガフロートが作られたのは二十年前かそこらの話でしょう?」
「メガフロート……」
クレープ屋のお姉さんは私のつぶやきに応える。
「海上に設置する浮かぶ大きな人口の土地のことをメガフロートって言うんだけどね、科学が発達するにつれやがてそれを人々が住んで生きていける都市ほどの大きさで建造できるようになってね、それが元々あった島の周りに建造された訳」
「そう、それで、ここの夕凪島地区って元々島よね?島を切り開いて街を造ったのが六十年前みたいなことなの?」
「少し話が長くなるけど……んー元々ここ、神宮島全体が海の上にあった群島だったのは知ってるよね?」
「えぇ、それで最初は一番大きな本島だった神宮島とそれを取り囲むいくつかの島、そこに村がいくつかある程度で……時代が進んで石炭の採掘で一度は大きく賑わったけどそれもまた時代が進むにつれて落ち目になっていった」
「うんうん、それで元々あった村と採掘で定住した住人たちでこの島の営みはひっそりと長らくは問題なく続いていったんだけど……でもある時からここ、夕凪島はある問題に見舞われることになる」
私はアイスを食べながら思わず尋ねる。
「ある問題?」
「大地震さ。島は大きく崩れ地盤変動で海流がさらに島を削るようになった。それに加えて大きな崩落が島中で起きるようになった。時代はちょうど世界大戦の最中。島を立て直すにもそう簡単にはいかない、でも、そこにある男が現れる。ノックス・タイラー。この島を立て直した功績者さ」
「知らない名前ね」
「本人があまり表に出たがらない人だったらしくてね、公的な資料にもその名前はあまり載ってないのさ。彼の主導で島の大規模な変革が行われてね、少ない資材や複雑な地形もなんのそので沿岸の補強や埋め立てがまるで奇跡を使ったかのように立て続けに成功したらしいよ」
「奇跡ねぇ……」
エリシアさんが怪訝な表情を浮かべる。
「その埋め立ての一つが行われたのがここの土地でちょうど六十年前ってわけさ、そこからしばらくは港として栄えたらしいよ」
「ここって元々は港だったんだ、結構海から遠いのに」
「うん、そうして、島が落ち着いてからしばらく立って、ここの海域で稀少な鉱物資源が見つかってからは他の島でも埋め立てとかが行われてね。ちょっとした技術都市として栄えてさらに埋め立てが進んで、世界大戦が終わって鉱物が取れなくなった後も学園都市としてメガフロートの建設が進んで今に至るのさ」
「そうなんだ……」
「なるほどね……ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
気が付けばアイスも全て食べ終えてしまっていた。
「それじゃ行きましょうハルカゼ」
「おやもう? つれないねー」
「あなただって仕事があるでしょ? 私たちも用事があるの、じゃあね」
「そうかい? それじゃあ気を付けてーまたねー」
「はい、それじゃあ、また」
私たちはアイス屋を後にした。
そうして少し祭りを見て回り、霊脈の調査を続けることにするのだった。
◇◇◇
「ふぅ、今日は疲れたわね」
そして、探し回った後、もう日も落ちて来てるため今日はこの辺で解散することになった。
そうして、帰路に就くバスに乗るため、私は夕暮れの中をエリシアさんと歩く。
「それじゃ、ハルカゼ今日はこの辺で。連絡先も交換したし、細かいことは夜話しましょう。服は次返してくれればいいわ」
「うん、エリシアさんスマホ持ってたんだね、よかった」
「ふふん、魔術師といえど流石にこのくらいは扱えるわよ」
エリシアさんはスマホのチャット式アプリはよく分からないという事なので普通に電話番号とアドレスを交換し、これからは電話やメールで連絡を取ることになった。
「取り敢えず、私はいろいろ近場の霊脈回りつつ、報告するから……また数日後にでもお願いしていいかしら」
「うん、全然いいよ」
そして、私の目的のバス停前まで来る。
「それじゃあ、私はここで。エリシアさんはさっき言った手順で帰れば間違いないから、気を付けてね」
「え、えぇ。この先の駅の二番ホームの五時ちょうどの中央行きでしょう?問題ないわ、……多分」
「ふふ、困ったら連絡してくれればいいから……あ、来た、それじゃあね」
ちょうど話しているとバス停に停まった目的のバス、それに、私は乗り込む。
「えぇ、それじゃあハルカゼまた今度ね」
「うん、また今度」
別れのあいさつを交わし、席に着く。
席に着くと、エリシアさんがにこやかに軽く手を振っており、私も降り返す。
やがてバスは出発し、手を振っていたエリシアさんは離れ、見えなくなる。
なんてことはない、ただの別れのやり取り。
それでもエリシアさんとまたと言えたことが私はとても嬉しく思えるし、少し寂しくなる。
日が差し込む帰路のバスの中、私は別れ際のエリシアさんの笑顔を思い出しつつ───
「友達ってこういうことなのかな」
そんなことを呟くのだった。
◇◇◇
いつかの夢を見る。
私は泣きじゃくりながら部屋の隅で怯えている。
人に、世界に、そして自分に。
「っ……」
また蹲りながら、もう全てを拒んでただ一人でいたいとそう思って、でも。
「おや、こんなところで泣いてたのかい?」
声がした。
「ぐすっ……放っておいて……近づかないで」
拒絶する私。開けられる扉の音。構わず声の主は部屋に入ってくる。
「そんなわけにもいかないさね、詩乃ちゃんが一人で泣いてるんだから」
「でも私また傷つけちゃう……」
「大丈夫、ほら、私は何ともないでしょ?」
「トラックに轢かれそうになった時の事も、やっぱり、本当は私がやってたの」
「……」
「……やだよ、また誰かを傷つけて独りぼっちになっちゃうの。……もう、やだ、怖い目で見られたくないの」
「詩乃ちゃんには不思議な力があるのかねぇ……大丈夫、詩乃ちゃんのせいじゃない。たまたまさ、たまたま」
蹲る私の傍に来る声の主。
「私は詩乃ちゃんが無事ならそれでいいんだよ、ほら、元気出して」
「グスッ……」
「ふーむ、それならとっておきのものを詩乃ちゃんにあげようかねぇ」
「……?」
声の主は私の首の後ろに手を回し、私に何か首飾りの様な物を付ける。
「?」
顔を伏せるのを止め、頭を上げ、首に下げられた何かを見る。
「……これ鍵? ……何の?」
「これはお守り、お婆ちゃんが昔から持ってるとっておきのお守りさね。これさえあれば怖いことはもうきっと起きないよ」
「……これで……? ……本当?」
訝しむ私。
「本当。……大丈夫どんな時も私がいる。詩乃ちゃんは独りぼっちに何かなったりしないよ」
「……。そうかな……だといいな……」
ゆっくりと優しく撫でられた頭の感触。私は少しくすぐったくて目を瞑る。
「……それでも、いつかは」
「? ……何か言った?」
「ううん、何でもない。さ、晩御飯の時間だよ。おいで」
そうやって声の主は私の手を優しく握り引いて───
◇◇◇
目が覚める。
ジリリとなるスマホの目覚ましの音。
私はベットから身体を上げ、画面を押して止める。
寝ぼけ眼の目を擦る。
懐かしい夢を見た気がした。
「……なんだっけ」
横にある、小さな机からお守りの鍵を取り首に掛ける。
今日の出来事を整理しながら立ち上がる。
「今日は確か一昨日言ってたエリシアさんの……」
私は部屋に差し込む光に目を細めながらあくびをして支度を始める。
今日はどんな一日が待ってるのだろうか。
ちょっと前ならきっと考えもしなかった出来事ばかりで少し驚くこともあるけれど、最近はちょっと充実してる気がする。
なんてことを考えながら私は今日の出かける準備をしていくのだった。
リアクション、感想等、ホントにお待ちしております、投げキッスします




