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科学世界の魔術少女曰く  作者: 黒桐
黎明の翼/Alīs volat propriīs
1/15

始まりとプロローグ

 教会の古鐘が鈍く、高い空に響き渡っていた。

 墓地の周りの他の人々のすすり泣く声も大きな墓の前に居る嗚咽を漏らす少女には聞こえない。

 目の前の花束に埋め尽くされている十字架をかたどった墓。そしてそこに刻まれた両親の名前は少女には到底受け入れがたい事実だった。

 少女の頭を一人の女性が撫でる。


「お姉……ちゃん………」


 そんな少女に姉と呼ばれた少女は優しく語り掛ける。


「ね、覚えてる? エリシア。お母さんたちが前によく言ってたこと」


「お母さん………たち?」


「そ、『私達はいつかあなた達を置いて死んでしまうかもしれない。もしその時が来てしまっても、どうか強く生きてほしい』って」


 それは少女たちの両親がよく話していた事。


「でも……私、一人だと何にもできないのに……お父さんとお母さんも居なくなって、それにお姉ちゃんまでいつか居なくなっちゃったら……」


「大丈夫だよ、だってエリシアの心の中に二人は生き続けてる」


「心の中……」


「うん、一人なんかじゃない」


「一人じゃ……ない……」


 妹を姉はただじっと見据える。


「ね、エリシア。少し、そのまま動かないで……よし」


 そう言うと姉は黒い喪服のポケットから花の形をした年季の入った髪飾りを取り出し、妹の髪に着ける。


「これ……」


 それは少女たちの亡くなった母の形見。

 少女たちの母がよく着けていたもの。


「お母さん達が戦いに行く前の最後のお別れの朝に貰ったの。『もし、私が死んだその時はこの髪飾りをあなた達に継いでほしい。きっとあなた達の力になってくれるはずだから』って。……その髪飾り、エリシアが着けててくれないかな」


「私が……? それって……なら、お姉ちゃんが着けてた方が……」


「ううん、エリシアが着けてて。 エリシアにとっても似合ってるし、それに、これはきっとあなた自身が持っておくべきだろうから」


微笑みつつ、ただ女性は少女を真っ直ぐ見つめる。


「ね、エリシア。あなたはいつも自分卑下するけど私にとってあなたはいつだって自慢の妹だよ、お母さん達がエリシアを自慢の子供だと思ってたみたいにね?」


「私が……」


「あなたはきっと、前を向いて生きていける強い子、違うかな?」


 少女は髪に付いた髪飾りを触る。その古い寂れた金属の感触。

 やがて少女はうつむいていた顔を上げる。


「……お姉ちゃん」


「なに?」


「……それなら、私、二人の仕事をお姉ちゃんと一緒に継ぎたい。私、()()()に成りたい」


「……! うん、エリシア、成れるよ、あなたなら」


 もう心配はいらないとばかりに女性はかがんだ腰を上げ、二人の墓に触れた後、少女の手を両手で包みこみ、微笑む。


「ね、エリシア、忘れないで。どんなに遠く離れてたって心は繋がっている。もし、今度は、私たち姉妹が離れ離れになったっても心の中にはお互いがいる」


「……うん、お姉ちゃん、私、忘れない」


 それは決して忘れることはない、思い出と呼ぶにはあまりにも確かで鮮烈な始まりの記憶。

 少女が姉の手を握り、髪飾りに誓った青い空の下。墓地には柔らかな風が吹いていた。



 ◇◇◇



 ───懐かしい夢を見た気がした。

 微睡みの中、ただ虚ろ虚ろと目を閉じたまま揺蕩っていると、

 ジリリリリ! とけたたましくアラーム音がこれでもかというほど部屋に響き渡る。


「分かってるわよ……。今起きるから……あぁ……もう!」


 ベットにうつ伏せになった状態でアラームの根源を手探りで探そうとして、アラームの発生源をいつまでたっても見つけられずに、私は力を籠め跳び起きた。

 すると薄暗い部屋の中、枕の横にこの目覚めの悪さの原因を作ったスマートフォンが大音量で時間を知らせているのが見える。


「はぁ」


 アラーム音を止め、ベットから降りあくびをする。


「夢、何だったかしら」


 見ていたはずの夢の内容を思いだそうとして、まぁいいか、とあっさり諦める。

 そうしていると、部屋の上からマイク越しのアナウンスの声が聞こえた。


『長い空の旅、大変お疲れ様でした。間もなく当機は目的地である──』


「ふぁ……そういえばこの時間に設定してたんだったわね」


 あくびを噛み殺しながら、寝ぼけ眼の目を擦ると部屋の窓の仕切りのシェードを上に開ける。

 すると、まぶしい朝日が部屋に差し込む中、どこまでも広がる青い空と海の中に、緑の茂る山々の並ぶ巨大な島々を取り囲むように人工のコンクリートの街並みが海に沿って浮かんでいるのが窓から見えた。


「あれが()()()()神宮島(じんぐうとう)


 大きく背伸びをすると、窓から離れ私はベットの横の大きなトランクを開け、身支度を始める。

 私は机の上の髪飾りを取り、髪に着ける。

 髪飾りを触るといつもと変わらない寂れた金属の感触。

 窓の方を見ると先程よりも島が大きく見えた。


「……待ってて、姉さん。 必ず───」




 ───差し込む朝日の中、島の方を見据え、髪飾りを触りながら少女は一人呟く。

 小さく漏れ出た呟きはただ薄暗い部屋の中に静かに溶けていった。


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