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異能探偵  作者: discordance
第三章
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「仕方ない。どうしても信じないなら、次の手段に出るまでだ」

「まだあるんですか。今度はわちきの体でも持ち上げてくれるんでしょうか。そのままベッドに連れていってくれるとありがたいんですけどね」

 色めかすように科を作った占い師は、もちろん君も一緒にね、と付け加えるのを忘れなかった。

「そりゃ無理だ。重量オーバーだ」

「失礼ですね」

 不服そうに鼻を鳴らす将門を冷たく見やり、壱八は電子タバコを指し示すと、

「それだと大きすぎるな。手の中に隠せるサイズのものはないか? コインとか」

「どちらの手にコインがあるのか当てるつもりですか」

 さすが天下の占い師。呑み込みが早い。

「そういうこと。何回試してもいいぞ。全部言い当ててやる」

「透視はできないって、さっき言ってませんでしたっけ」将門は大仰に身震いして、「ひょっとして、わちきの服をずっと透視してたとか。おお怖い怖い」

「手じゃなくて、お前の心を透視するんだよ。心は嘘を吐かないからな」

「大した自信ですねえ。じゃあ、これで」

 どこからか取り出した五百円硬貨をヒラヒラ揺すってから、テーブルの下に両手ごと隠す将門。

「でも、この実験は正答率五十パーセントですよ。百回試しても全正解の確率は二の百乗分の一。電子タバコの浮遊より、断然高いんですけど」

「そうだな。ここからは根比べだ」

 将門の言葉通り、偶然の積み重ねと解釈するのも理論的には可能だろう。だが人の心というのは、その極小の可能性を素直に受け容れるほど理論的ではない。人は可能性が低ければ低いほど、実現したときに人為的な介入を見る。偶然以外の語彙を使って、現象の説明を試みんとする。その現象を作為と捉えるか、超常と捉えるかは人によって異なるとしても。

 口では偶然と言い張っているが、将門は決して自身の主張に満足していない。心を読まなくともそれは判る。似非占い師としての将門の方法論が、相手客の心理から偶然の一語を排除する、まさにその一点にあるからだ。

 壱八のつけ入る隙もそこにあった。

「さあ、どこからでもかかってらっしゃい、ダービー弟さん」

「何だそれ」

「これ以上的確な表現なんてありませんよ、アトゥム神さん」

「……よく判らんが。まあいい」

 将門が握った両拳を軽く突き出す。

 相手の心を読み取った壱八が、コインを持ったほうの手を言い当てる。シンプルな実験だが、効果は覿面だった。百の半分ほども実験を繰り返したのち、将門は唐突にコインを投げ出し諸手を挙げた。

「何だか訳が判らなくなってきました。いつの間にわちきも、妄想の一部に取り込まれたのかしら」

 正答率は実に百パーセントだった。確率にして二の五十乗分の一未満。未満というのは、純粋な二分の一にならないよう、将門が謀を巡らせたことを意味する。

「これで判ったろ。下手な小細工も通じないって」

 正しく言い当てる回数が増えるにつれ、将門はイカサマ同然のトリックを織り交ぜるようになった。

 あるときはコインを懐に忍ばせたまま、何も持っていない両手を差し出してきた。

「右手か?」

 ノー。

「左手か?」

 ノー。

 相手の心理を読み取れる壱八には、左右どちらの手にもコインが握られていないのは瞭然だった。壱八はまたしても言い当てた。

 またあるときは、己の両手を差し出しつつ、コインを持っていない手を心の中で強く念じるという戦法に出た。

「左手か?」

 将門の思念を捉える。イエスだが実はノー。左手にコインを持っているのだと、相手が強く意識しているのが判る。が、実際は右手にあることを、将門自身は既に知っている。思考と現実とのずれは、思考そのものに亀裂をもたらす。

 壱八は、その思考の亀裂をも見通すことができるのだ。虚構への意識が強いほど、思考に現れた断層は避けがたく広がっていき、真実との対照が鮮明になる。〈左手〉という意識に抑圧された〈実は右手〉なる意識は、将門自身が本当にコインの所在を忘れてしまわない限り、心から消え去ることはない。どのような形式であれ、心の中に現れているものは、壱八の読心から逃れることはできない。

 左手を強く意識しているが、実際に持っているのは右手。当然のように壱八は指摘するのだった。

「敗北宣言みたいで、はっきり言いたくないんですけど、かなり驚いてます。わちきの考えていることまでバレてるんですもの」

 割とあっさりした態度で、美貌の占い師は感想を述べた。

「偶然の一致かもしれないけどな。そいつが宙に浮かぶ確率より、ずっとありえるんだろ」

「嫌味ったらしいですね。妄想扱いされたのが、そんなに腹に据えかねましたか」

「いや別に」余裕綽々で応じる壱八。「で、他の可能性はどうなんだ。隠しカメラでお前の手許を覗いてるとか」

「いかに精妙で小さな隠しカメラを使っても、心の内側までは覗きようがありません。まあ、君の所持金と人脈のなさを考えれば、そもそもありえない話でしょうけど」

 そう腐す将門の視線は、壱八の額に集中していた。

「でも、頭部に損傷を受けただけで不思議な能力に目覚めるなんてこと、脳医学的にありえるんでしょうか」

 異能力に関する再考を促すことができただけで、壱八は大満足だった。傷口に沿って自らの指を這わせつつ、

「どうだろうな。昔、書棚の梯子から落ちて頭を打った人が超能力を身につけたとか、そんな話を聞いた憶えがあるが」

「あら、それって超能力でしたっけ。重大な発明を思いついたとかでなくて? まあ何でもいいですけど」

 将門は自分の前頭葉をコツコツ指先で突つきながら、

「ヒトが言語を話す際、脳内では運動性言語野や運動野が活発な動きを見せます。その活動の様子は話す内容によってだいぶ変わるんですが、声を出さずに言葉を脳裏に思い浮かべた場合、運動性言語野では活動が観測される一方、運動野での活動は起こらないんですね。君の読心能力は、運動性言語野オンリーの活動を、明敏に感知できないのかもしれません。運動野を含めた読心対象の脳内活動に対して、初めてその力を最大限に発揮できるとか」

「ふむ」

「君のは、多分テレパシーの一種でしょう。それも一方的な受信能力で、嘘の部分を特に強く受信できるようですね。嘘を吐いたときに発生する脳波を、感知できるようになったとか」

「ああ、そういうことか」

 さすが似非占い師。それっぽい理屈を早速でっち上げてくれた。

「実際は判りませんよ。何ら確証のない、臆測だらけの推論ですので。専門家にでも診てもらわないことには」

「専門家か。モルモット扱いは勘弁だな」

「朱良ちゃんにいじられるだけで手一杯ですものね」将門はからかい気味にウィンクして、「それに、一口にテレパシー能力と言っても、国際的研究機関で綿密に調査されているご大層なものから、ベニテングタケを二人で食して心が通じ合うようになったみたいなものまで、ピンキリなんですよ」

「ベニテングタケは、ただの幻覚だろ」

 肯定とも否定ともつかぬ曖昧な笑顔を浮かべ、将門はゆっくり瞬きをした。

「幾つかの先進国で調査が進んでいるとはいえ、研究対象となる超能力、異能力は実例が少なすぎて、大半が見世物レベルの価値しかないわけですよ。表面上も実質的にも」

 スプーンを曲げる、壊れた時計を直す、手を触れずに物体を操る。確かに、一般的な異能力の実演例は、子供の喜びそうなものばかりだ。子供騙しと紙一重の超常的能力。

「そんな恵まれない状況が続いているせいで、各々のケースが天賦の才の現れなのか後天的なのかも、判断が難しいと聞いています」

「けど、もしキノコのテレパシーが本物だとしたら、それは間違いなく後天的なものだろ」

「一時的な能力でもありますね。君の場合も、先天性の能力ではないでしょう。眠っていた潜在能力が表層に浮かび出たとすれば、素質だけは最初から具わっていたのかもしれませんが」

「なるほど」

 冷静に返したが、優越心を擽られた壱八はにやける口許を抑えるのに必死だった。

「ただ、君みたいに頭部を強打しただけで、あっさり読心術が身につくなんてことがあっていいんでしょうか。こんな話ご存知? 実在する連続殺人鬼の子供時代を調べると、幼少期、頭に傷を負っていたケースが多いんですって」

「おい、そんなのと一緒にするなよ。俺は誰も殺してないぞ」

「未来の殺人鬼爆誕ですか。わちきを殺すなら、この美貌と肢体が衰える前に息の根を止めてくださいね。できれば腹上死で。官能的ですし」

 希望する殺され方まで打ち明け、占い師は普段は目立たぬ糸切り歯を覗かせて艶美に微笑んだ。

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