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異能探偵  作者: discordance
第三章
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 夜通し行われた取り調べが終わり、帰宅を許されたのが午前二時。パトカーで送ってもらうという貴重な体験こそしたものの、総じてろくな目に遭わなかった。それがこの一夜の率直な感想だ。

 念のため病院で診てもらうよう警官に言われたが、当分その忠告に従うつもりはない。四肢の負傷はどれも打ち身程度のもので、頭の傷も実際鏡に映してみると、額の皮膚が二、三センチ切れた程度にしか見えない。

 問題は別にあった。犯人らしき人物に階下へ突き落とされてから、壱八は体の調子がいつもと違うことに、少しずつ気づき始めていた。身体の節々が痛むのは仕方がない。おかしいのは、むしろ強かに打ちつけた頭のほうにあった。

 昨夜の体験を思い起こしながら、尻を引きずり蒲団を離れ、テレビの前へ移動する。

 最初におやと思ったのは、アパートに帰宅直後、重い瞼と疼く肘を擦りつつ、何気なくテレビのスイッチをつけたときだった。

 もう見飽きたバックライト異常に、壱八は情けない顔で慣例通りテレビ側面を掌で叩いた。青痣の浮かんだ箇所に響くような痛みが走り、腕を引っ込めた。舌打ち交じりにテレビを睨みつけると、久方振りに通常の画面が液晶モニターいっぱいに映し出されていた。

 さっきまで不運続きだったのだから、このくらいの見返りは当然だろう。単純にそう決めつけ、いつ暗闇に転じるともしれぬ深夜映画のワンシーンを冷めた眼で眺めやった。

 最近頓に衰えてきた問題のモニター部分は、しかしこのときばかりは正常に保つ努力を怠らず、壱八が観ている間中、画面内の字幕に至るまでくっきり正しい映像を表示し続けた。いつまで正常な画面を保てるのか、ろくに期待もせず見入っていたが、珍しいことに暗転どころか一瞬たりとも画像のぶれる気配はなかった。

 そうなると、今度はただぼんやり見ているのが手持ち無沙汰になってくる。思わず画面に手を伸ばし、早く消えろと念じつつ、側面を軽く叩いた。いつもならこの程度でも液晶画面はブラックアウトする。何故か画面は正常だった。続いて、手を痛めぬよう握り拳で前面をノックする。やはり画面は変わらない。少々強めに殴りつける。本来のシネスコ画像。一般的な映像の文芸映画が流れていた。

 両手で液晶の前面部を抱え持ち、荒々しく揺さぶってみたが、今日のテレビ受像機はやけに頑固だった。どれほど手荒に扱われようと、頑ななまでに普通の画面を映し続けた。先日までの脆弱さはどこへ消えたのか。持ち主の横暴をものともせず、哀愁漂う恋人の離別シーンを平然と映し出している。

 一度本体の電源を落とし、すぐに再起動。暗転した画面に、細かい英字のスタッフロールがゆっくり迫り上がってくる。キャストやスタッフの名称一つ一つまで、はっきり読み取ることができる。何の問題もない、通常の液晶画面だった。

 更に側面を殴り、肘で小突く。痛みと痺れが同時に腕の神経を駆け抜け、一声呻いて肘を押さえた。

 そろそろ結論を下してもいい頃合いだろう。瞳の端に涙を溜め、壱八は雑然たるコマーシャルに切り替わった画面を虚ろに眺めていた。

 朱良に蹴られて以来、すっかり調子を崩していたテレビの液晶モニターが、完全に直っている。理由は判らないが、とにかくモニターが正常に戻ったことだけは疑いようがなかった。相次ぐ不幸に見舞われた哀れな負傷者に与えられた、天からのささやかなプレゼントだろうか。今ではもう、叩いてバックライトを消すことのほうが難作業になっていた。

 ということは。

 一夜明け、壱八の頭に俄然として閃いたものがあった。いかなる理由にせよ、テレビは元に戻ったのだ。この考えを敷衍させれば。外気の影響で冷え込み始めた室内の温度も、どうにかなるかもしれない。

 選挙カーの騒々しい演説が、物静かなアパートの窓を細かく振動させている。壱八は昨夜の出来事を追体験するように、まずはリモコンを取り上げテレビの電源を入れた。

 画面に映ったのは、再放送のドラマと思しき映像。一目で配役の見分けがつく。数日前までの黒一色とは訳が違う。

 それから炬燵テーブルの電源プラグをコンセントに挿し、電源スイッチをオンに切り換えた。脚部に顔を入れ、炬燵内部の様子を見守る。

「……来た」

 動き出した。

 網目カバーの内側で微かな作動音が唸りを上げ、太い筒状の電球が柔らかい光と熱を発している。どの部品にも何の異常も見当たらない。電気炬燵はその用途に見合った活動を黙々と続け、電力の供給がなくなるまで光と熱の発散をやめることはないだろう。

 朱良の度重なる無茶な扱いが祟り、コード内部の導線が切れたのだとばかり思っていた炬燵が、ほぼ一年ぶりに動いた。

 興奮は収まらなかった。まだあっただろうか。この部屋の中に、何か故障しているものが。

「あれだ」

 押入れに放り込まれた不要品入れのボックスから、一本の腕時計を取り出した。黒ベルトのデジタル時計だが、朱良が何らかの理由で窓下のアスファルトに叩きつけた結果、あらゆる情報の表示を放棄した無用のがらくたと化していた。初めて朱良の先天的破壊センスを思い知った、ある意味記念の一品でもあった。

 いや、さすがにこれは無理か。

 以前観た懐かし映像のお蔵出し動画で、往年の名エスパーが壊れた腕時計をさすって直していたが、あちらはネジ式のアナログ時計で、手の熱で固まっていた潤滑油が溶けて動くようになったのだろうとコメント欄にてトリックが明かされていた。

 一方、こちらは液晶表示のデジタル時計。どの部品が損傷を受けたか定かでなく、さすった程度で修復できる見込みもない。

 なので、どうしたものかと掌中に収めていただけで、疎かになっていた現在時刻を表示するに至ったのには、呻き声すら出せなかった。

 この短期間に、三つもの故障品が直った。バックライトに異常を来していた液晶テレビ。一年近く活動停止していた電気炬燵。表示部分のひび割れた、見るも無惨な腕時計。それら凡てが、修理を施すことなく、本来の機能を回復したのだ。

 何故か? 理由は、壱八自身にも確信をもって指摘することはできない。

 それでも否定できない事実が二つあった。

 一つ。部屋のテレビに電気炬燵、腕時計。これら三つは、昨夜遅くに帰宅するまでは、どれも質草にさえならない、完全な欠陥品だった。

 もう一つ。それは廃品同然だったテレビの液晶も炬燵も腕時計も、現実に機能を回復したことだ。炎の中で再び羽ばたく不死鳥の如く、三製品は完全に生まれ変わった。文字通り復活を果たしたのだ。

 壱八はただ、部品の一部に手を触れたに過ぎなかった。それだけで、現に炬燵は炬燵としての本分を思い出し、腕時計も時計としての機能を取り戻している。

 確かに炬燵が直ったのは、偶然コードの接触が元に戻っただけなのかもしれない。電化製品にありがちな接触不良の改善だ。

 けれども腕時計はどうか。液晶パネルが壊れていたに過ぎなかったのか、それとも内部の水晶や他の部品にも異常があったのか、更にはどうして壊れた部品が直ったのか。どれも壱八には説明の付けようがなかった。

 いや、別に説明する必要もないのか。答えの出ない問いに拘泥する必要はない。理由は判らないが、起きたことは事実だ。それだけは絶対に否定できない。壱八にはこの不思議な現象を、事実として受け止めることしかできそうになかった。

「そうだよ。悪いことじゃないしな、別に」

 これで今年の冬も暖かく越せると判った上、時間を知りたいだけのときにわざわざスマホを取り出す必要もなくなったわけだ。理由はともあれ、便利になったことに変わりはない。

 炬燵のスイッチを消し、鼻歌でも歌いたい気分で畳に寝転がる。陽光色に包まれた狭い室内が、いつもより余計窮屈に感じられた。

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