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異能探偵  作者: discordance
事件の真相4
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 固定電話の親機に眼をやると、留守録機能に三件メッセージが届いていた。再生ボタンを押す。内容はどれも数秒程度の無言電話で、発信者番号はやはり非通知設定だった。

 典型的な不在チェック。空き巣に入る際の常套手段だ。自分ではまだ気づいていないだけで、やはり何か盗まれているのかもしれない。

 取り敢えず占い師が来るのを待とう。普段着に着替える気にもなれず、彼女は見つかった定期を握り締めたまま、両脚のストッキングだけを脱ぎ捨て、もう一つのロッキングチェアに頽れた。リビングでは履いて歩くのが習慣になっていた入り口のスリッパさえ、今や心の埒外にあった。心地好い揺れを全身に感じながらも、鬱憤の溜まった胸の内はどうにも伸びやかにならない。

 プロデューサーとしての宿業か、何者かに部屋を荒らされた非常時なのに、椅子に身を落ち着けていると、図らずも思考は担当する番組へ向かっていく。彼女自身が企画し、手塩にかけて育て上げたあの番組へと。

 十年近く前、新進のテレビプログラム制作会社だった夜鳥プロダクションに足を踏み入れた彼女は、年齢にして二十代半ば。当時はまだ本名の南未沙を名乗っていた。爾来、制作部門において異例のスピード出世を重ね、四年前には番組制作を任される立場にまで伸し上がっていた。その頃から、彼女は自分の志す理想の番組像を形にすべく動き出していた。理想のプロデューサー像ではない。プロデューサーになったのは結果論に過ぎない。その意味で、彼女は生粋のテレビ屋だった。

 行きつけの図書館で偶然見かけた一冊の分厚い小説を読み、突如として啓示を受けたのだ。小説の名は『ガダラの豚』。超能力、アフリカ奥地の伝統的呪術、密教呪術、新興宗教といった形而上の諸問題が、テレビ番組制作という一個の器の中に投げ入れられ、絶妙な会話のスパイスを加えて撹拌され、結果、その長編小説は混沌の曼陀羅とでも呼ぶべき娯楽の一大カオスモスを作り上げていた。

 彼女は番組制作におけるエンターテインメントの最高峰を、そこに垣間見た気がした。番組制作に通用するあらゆる戦略の真髄を見出したように思えた。

 一年前、渕崎ら数人のディレクターと組んで新番組の構想を練り上げていたとき、自分の理想を実現させるべく、超常現象全般、特に人間の超能力についての番組企画を立案し、絶対の自信をもって制作準備に取りかかった。〈ガダラ・マダラ〉なる番組名も、小説のタイトルにあやかって自ら命名した。

 彼女が眼をつけた出演者たちは、我王区を除いていずれも素人同然のテレビ初心者だった。人気上昇中の動画配信者筧に、どこの馬の骨とも知れぬケレン味たっぷりの塞の神。職員会議を模した討論会要員としての大学教授十条と超自然学研究家綿貫。サブMCの起用だけはチーフディレクター渕崎の肝入りだったが。

 例の小説に出てくるミスター・ミラクルのような、ジェームス・ランディを彷彿させる否定論者のセッティングに成功していたら、第一部は更にエキサイティングな内容になっていただろうが、該当者がどうにも見つからなかった。ここは十条教授あるいは綿貫女史の確変を待つしかなかった。

 地上波のゴールデンタイムでは無理でも、ウェブブラウザやスマホアプリ経由で閲覧できるインターネット番組なら、素人だらけの超常現象バラエティをものにできる。テレビ業界に揉まれ鍛えられた彼女の眼に狂いはなかった。異能、異能者への呼び替えは、当初は批判を浴びたが今では定着しつつあり、取り分け若い層では日常的に使われるようになった。とにかく関心を集めること。そのためにも、門外漢にも取っつきやすい用語や外見から変革することが重要だった。

 凡てが〈ガダマダ〉のためだった。収入は順調に上がっていったが、渕崎と違いプライベートの充実には興味がなかった。番組の成功こそが一番の報酬だった。

 黒衣の怪僧塞の神紀世と霊能者筧要は、どちらも番組内にて華々しくスター性を開花させ、以前は一介の山師風情でしかなかった彼らの許に、やがて他番組からも出演依頼が来るようになった。特番が地上波への進出を果たすという、いわゆる逆輸入現象も起きた。

 そんな状態なのだから、次第に二人が付け上がり始めるのも無理はなかった。が、こと〈ガダマダ〉の収録に関しては、概ね二人はプロデューサーの指示に素直に従っていた。無闇に抗っても得策でないと判っているのだ。それに超常的能力の有無は、彼女にとって大した問題ではなかった。塞の神も筧も、理想の番組を造るための手駒に過ぎなかった。フェイクか否かは全くどうでもよかった。

「低俗でいくならとことん低俗でいけ。クレームがくるくらいにな。視聴者をナメるんなら、とことん、足の指の先までナメろ。向こうが怒り出すくらいでないと、パーセントは取れない……」

 かの作品に登場するプロデューサーは、ディレクターに対しそう語っていた。至言だった。

 大枚をはたいて招来したロシア人異能力者と筧の透視能力対決は、どちらが服を着た女性の下着の色を数多く言い当てられるかというものだったが、名だたる教育機関の連名でウェブ発の番組としては異例の番組撲滅運動がなされたほどの大騒動となった。これが地上波放送ならBPO審議入りは避けられなかったろう。ちなみにその回の視聴数は一千万を超えた。

 〈ガダマダ学園トンデモ部活動〉と題した二部の異能力者養成コーナーには、今もって苦情が後を絶たない。不謹慎、非道徳的、子供の教育に悪い、あんなのはインチキだ。クレーム内容も型通りのものばかり。その程度のイチャモンで番組内容を改めるような弱腰の姿勢では、番組プロデューサーなど務まらない。苦情を種に、新たな苦情を起こさせるほどの番組内容でなければ、眼の肥えきったネット向こうの視聴者を巻き込むことはできない。

 そんな彼女にとって、〈ガダマダ〉の看板を背負って立つ稼ぎ頭たちの相次ぐ不幸は、充分すぎるほどの痛手だった。

 筧の死後立案した塞の神による殺害犯捜索企画は、災い転じて福となす妙案だと自負していたが、その頼みの綱も毒入り烏龍茶のせいでぷつりと切れた。時間枠拡大を目前に控え、本当の勝負はこれからだと言っても過言でない重要な時期に、大事な手駒を二つも失ったのだ。

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