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異能探偵  作者: discordance
第二章
40/75

16

「休憩中の飲み物は、プロデューサー南枳実が言っていたように、スタジオ後方のスタッフブースに用意されていました。休憩に入る直前には、ボトルからそれぞれのグラスに注ぎ終わった状態だったそうです。収録再開寸前に舞台セットに運ばれたわけですから、全員分に毒を混入させるチャンスは、結局休憩中にしかなかったことになります。それと、元々烏龍茶が入っていたボトルからは、毒は検出されなかったそうです。なので再開後に新しく補充された教授のお茶にも、当然毒は見つかりませんでした」

「とにかく、犯人が三人全員に毒を飲ませようとしたのは確かなんだな」

「ですね。あと、毒の混入が収録の休憩中だった点についても、疑いの余地はなくなりました。休憩前に出されたお茶に毒はなかったそうなので」

 そこで将門は手帳を覗き見て、口調を変えずに続けた。

「十条教授に関する新情報もあります。殺害された後、邸宅の書斎を調べた捜査官の報告により、書斎のパソコンを何者かが操作したことが判明しています。しかも教授が執筆していたはずの原稿データが消え失せていたそうです」

「原稿が消えた」

 いや、故意に消したのか。誰かが。

「仮タイトルですけど、教授は年内に『超自然的詐欺の系譜学』という本を出版する予定だったので、その本文でしょう。データ消失が犯人の仕業という確証もないみたいですが」

「クラウドとかにバックアップしてなかったのか」

「ちょっと言ってる意味が判りませんが」

 壱八はそれ以上追及しなかった。複製したデータがあれば、オリジナルが消失しても問題ない。将門が消えたというからには、バックアップ云々の事実はなかったのだろう。

 それよりも、気になった別の点をぶつけてみることにした。

「確か犯人は、風呂場の窓ガラスを割って侵入したんだろ。お前、そういう物音は聞いてないのか」

「いくらこの界隈が静かだからって、距離が距離ですからね。そんな遠方の音聞こえやしません」

「そんなに遠いのか」

「教授宅の浴室は、わちきの店の反対側ですよ。あちらさんは見るからに大邸宅ですし、よっぽど耳をそばだてないと気づかないでしょう」

 ピアス穴の一つもない、自身の薄い耳朶を弄びつつ、将門は更に、

「被害者三人の、身辺調査の結果も判明しています。プロデューサーも言ってましたけど、異能者二人は対人的には敵対者だらけ。極端に言えば誰に殺されてもおかしくないくらい素行は悪かったみたいですね。大学教授のほうはもう少し大人しくて、それでも殺害予告を受け取って警察に届け出る程度には、スピリチュアル方面からの恨みは買っていたようです」

「スピリチュアルっていうかメンヘラっぽいな」壱八はやれやれと息を吐いて、「実際に身辺を洗った警察が、結局犯人を検挙できてないってことは、大して参考にならない気がするな、その情報」

「ええ。要するに、どの事件に関しても、依然として捜査は足踏み状態ってことです」

 将門は凛々しく整った眉を不快そうに顰め、

「そう言えば、津村刑事が昨日うちに来たんでした」

「相当お前を気に入ったんだろうな」

「バカおっしゃい。昨日の取り調べなんて、本当に酷かったんですから。凄い剣幕で一方的に怒鳴り散らされて」

「だろうな。俺が刑事でもそうする」

「あら、冷たいですね」

 ちらりと媚態を作った将門は、懐から電子タバコを取り出して口の端に挟んだ。

「現場検証に立ち会うのも拒否されたんですよ。本当、悔しいったらありゃしない」

「そりゃお前、断られて当然だろうが」

「こうなったら、わちきも全力で取り組みますよ。物的証拠のチェックが無理なら、聞き込みで補うまでです。わちきの推理能力の高さとネットワークの広さを、あの堅物刑事に思い知らせなきゃ気が済みません」

 通気性の悪い密閉された暗室に、瞬く間に水蒸気の束がゆらゆらと立ち昇り、ランダムな曲線と流動のあやなす不健康そうな立体映像を、照射光の内側に作り上げた。

「ベネズエラに行った超心理学研究家の綿貫時依についても、妙な話を聞いています。筧が首切り死体となって発見されてから幾日も経たずに、彼女がUFO改めUAPの調査研究で日本を発ったのは君もご存知でしょう。ところが、彼女がベネズエラへ向かう日程は、実は筧の事件から二ヶ月も先のことだったんです」

「二ヶ月も」

「ええそう。彼女は、以前からベネズエラ行きの計画を立てていました。でも、本来の出発予定日は十一月。それを彼女はふた月も予定を早めて、事件発生直後に急遽日本を離れたんですよ。塞の神の殺害された二日後に一度帰国して、警察の取り調べに応じたそうですが、筧の事件はともかく、塞の神に関しては完全にシロでしょうから、その日のうちにベネズエラへ引き返したとか。大学教授の件もシロでしょうし、これで当分日本には戻らないと思いますが」

 予定を二ヶ月も繰り上げ、まるで警察の追及を逃れるかのように日本を発たねばならなかった真の理由は、一体何なのか。

 筧の事件に関する限り、綿貫時依の採った行動は限りなく怪しい。突然の出国は、犯人の自白と同程度の意味合いがありそうだが、反面、塞の神と十条教授の殺害犯である可能性は自ずと排除される。両者が殺害されたとき、彼女が海外にいたのは疑いようのない事実だ。更に被害者らの相関関係から、一連の犯行は単独犯の可能性が高い。となると、今度は警察から逃れるために日本を離れたとする塞の神の主張が怪しくなってくる。警察が彼女を積極的に国内に留め置こうとしないのも、恐らくそういった理由からだろう。

「一昨日ファミレスで会った、プロデューサーの南に関する情報もありますよ。彼女、南枳実という名前でしょう。あれ、本名じゃないんです」

「へえ、まあ枳実なんて名前聞いたことないしな」

「そもそも木偏に只って名付けに使えませんからね。本名は未沙みさだそうです。南未沙」

「苗字はそのままか」

「芸能人に限らず、最近は番組の制作スタッフも姓名をカタカナ表記にしたり、芸名を名乗ったりする例が多いんですよ。彼女もそんな例の一つでしょうね。深い意味は判りかねますが」

 その情報の重要度も壱八には判らなかった。そういえば、円筒将門なる氏名も一つの芸名ではある。占者に二つ名が要るのかどうかも判らない壱八に、番組プロデューサーの真意など知るべくもない。

「情報はまだあります。ただ、これは殺人事件じゃなくアルバイトに関する情報ですけど」

 壱八は俄然と面を上げ、

「聞き捨てならないな。是非伺おうか」

「スタジオ観覧のバイト、また色々紹介されたので。君、やってみる気あります?」

 同じ勢いで、壱八はがっくり項垂れた。

「懲り懲りだよ、あんなのは」

「あら、弱気ですね。わちきはもう一度やってみようと思うんですが」

「お前と一緒だと、いつまた事件に出くわさないとも限らんしな」

 将門がどれほど頬を膨らませようが、思いは変わらない。壱八が事情聴取を受けたのも、煎じ詰めればバイトに誘った将門に原因があるのだ。

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