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異能探偵  作者: discordance
第二章
39/75

15

 ファミレスでの聞き込みから二日を経た、火曜日の夕刻。デリバリースタッフ業務の最中にあった壱八は、届け物を済ませて道路脇でスマホ片手に次の案件を待っていたところ、占い師からの電話連絡を受けた。

 もう次の聞き込み相手が掴まったのかと驚き交じりに尋ねると、

「だといいんですが、〈ガダラ・マダラ〉の司会者先生、事件後も随分ご多忙らしくて、なかなか面会の約束を取りつけるには至らずでして。筧と塞の神の所属していた芸能プロにも交渉しましたが、そちらもさっぱり。やっぱり不意討ち作戦しかないんですかね。それより壱八君、今日はお仕事ですか」

「ああ」

「そうですか、ならちょうど良かった。今からお店に来てください」

 どこがちょうどいいんだと詰ったものの、相手は平然と、自転車で来れるじゃないですか、と言ってのけた。

「わちきの優秀な情報収集ネットワークが、事件に関する面白い情報をキャッチしたんです。君も知りたいでしょう」

「別に。内容を検討するのはお前の仕事だろ。カバン持ちの出る幕じゃない」

「卑屈になるのはおよしなさい」

「分を弁えてると言ってくれ」

 その後の一分にも満たない押し問答の末、壱八は仕事用のデリバリーバッグを背負ったまま占い処へ赴くことを渋々承知した。

「五時にそっちへ行く。朱良は呼ぶなよ」

「呼んでも来ませんよ。君じゃあるまいし」

 通話を終え、仕事用のスマホアプリをオフラインにした壱八は、その足で将門の店へ急いだ。

 賑わうことを忘れた裏通りの、一般住宅に四方を囲まれたとある一角に、占い処マサカドは位置していた。異様に黒い建造物として通行人の眼を惹く店先は、外観そのものに凝った趣向がなされていないため、より一層黒壁の不自然さを強調していた。

 クロスバイクの速度を落としつつ、視線は自然と左隣の邸宅に向かう。どの部屋も照明は灯されず、煉瓦塀の内空間はあらゆる生物が死に絶えたように静かだ。生の侵入を拒絶する不気味な沈黙の翳りだけが、邸宅の宿り主となっていた。人死にの出た、凶宅としての風情は充分にあった。事件発生から既に一週間近く経過し、捜査員の姿は全く見当たらない。

 そうして十条教授の住居跡をしばらくの間眺めていた壱八は、ふと奇妙な胸騒ぎに襲われ、慌てて黒い建物のほうへハンドルを向けた。

 どうして人は、殺人事件の起こった建物を眼にすると、相反する二つの感情に囚われるのだろう。それは社会生活上の禁忌を犯したときに感じる、後ろめたさと優越感の共立と同じなのだろうか。とすれば、その二つの感情は決して矛盾とは言い切れない。

 一介のカバン持ちには不相応な解析的思考を知ってか知らずか、アーガイル柄の普段着姿で出迎えた占い師に、占い客応対用の薄暗い、少々お香臭い小部屋に通された。

 荷物を足許に下ろし、黒塗りの椅子に腰掛ける。一足早い閉店表示の看板を入り口扉の前に置き据え、軽やかな足取りで戻ってきた店主は、水色の薄布に覆われた丸テーブルに壱八と向かい合って座った。

「一つ目の情報はですね、最初の殺人に関することで」

 水の入ったグラスを差し出しながら、将門は早速口を切った。

「いきなり本題か」

「筧要の部屋を調べた警察の調査結果に、一つ気になるものがあったんですよ」

「大した情報網だな。そんなことまで入手したのか」

「コネの力は偉大なのですよ。いいから黙ってお聞きなさい」

 両脇の壁に暗幕が隙間なく張られた応接室は、壱八の背後に当たる出入り扉も重厚な黒塗りに仕立てられている。毳の整った床絨毯と天井を覆う薄布は揃って紫色で、部屋を二間に区切る手前のカーテンは壁と同じ黒だ。四囲の黒と上下の紫に覆われた室内では、天井に設置されたピンスポットのライトも昼白色ながら心なしか青味を帯びて見えた。

 将門の占いトリックを知っている壱八は、運勢を占ってもらったことなどただの一度もないが、何も知らずに訪れた客人が、はっとするような真紅の衣装をまとった自称占い師とこの部屋で相見えたら、場の雰囲気に呑まれて相手のペースに乗せられるのは無理もない気がした。

「筧の部屋の玄関扉が、どうもおかしなことになってたらしいんですよ」

「おかしなこと?」

「ドアの鍵が、少し曲がっていたらしいんです。通常、外側から鍵をかけたり、中でサムターンを回したりすれば、シリンダーと連動した四角いデッドボルトがドア側面から飛び出て、それが受け金に収まることで施錠が完成するわけです。その受け金に嵌まるデッドボルトのほうが、微妙に歪んでいたというんです」

「そう簡単に歪んだり曲がったりするのか、あれ」

 懐に手を入れ、白い相貌を光の中にくっきり浮かび上がらせた半陰陽は、壱八の顔を正面から見やって、

「その点がまず変でしょう。金具の状態については、もう一つ不審な点があります。ただ形が歪んでるだけじゃなくて、例えるなら、一度曲げたボルトを、今度はまるで無理矢理元に戻そうとしたみたいな、そういう歪み方だったと。施錠には差し支えないレベルだそうですが」

 手の内にあるポケットサイズの手帳にチラと眼を落とし、将門は続けて、

「で、次が塞の神毒殺に関する情報ですけど」

「おい、もう別の話かよ」

「今は入手した情報を教えるのが先決。中身の検討は後でまとめてやりましょう。時間はたっぷりありますので」

 一応仕事を切り上げて来ているのだから、せめて有意義に時間を使ってもらいたいものだ。そんなことを考えながら、壱八はグラスの水で唇を潤した。

「塞の神に関して、とんでもない極秘情報が入りましたよ。烏龍茶から毒物が検出されたのは、塞の神のグラスだけじゃなかったんです」

 言葉を切り、将門は上目に壱八を見据えて付け足した。

「実際には、出演者全員の飲み物から、致死量のトリカブトの根が検出されたんですよ。大賀飛駆のグラスからも、大学教授が零した床のお茶からも」

「なんだって。じゃあ」

 〈ガダラ・マダラ〉特番の第一部に出演していたのは五人。そのうち、司会陣二人を除く塞の神紀世・大賀飛駆・十条教授の座席に烏龍茶のグラスは用意されていた。では、三人の手許にあった烏龍茶凡てに、毒が混入されていたのか。

「待てよ、そりゃおかしい。そんな報道されてないって、朱良が言ってたぞ」

「警察がわざと隠匿していたんです。世の中には、自分がやったわけでもないのに、ニュースを見て知った事件を警察に自首する輩が本当にいるんですよ。そういうのを取り調べる際、報道メディアを通じての情報をある程度伏せておけば、すぐに自白内容と事実の喰い違いが判るでしょう。塞の神が殺されたとき、異能者狩りだなんて噂がまことしやかに流れましたけど、あれも事実無根だったんですね。犯人は異能者の大賀飛駆どころか、異能を認めない大学教授すらも一緒くたにあの世へ追いやろうとしたんですから」

 もし三人ともあの烏龍茶に口をつけていたら、番組収録の時点で筧を含めた連続殺人の犠牲者は、四人に膨れ上がっていたことになる。それは連続殺人というより、むしろ大量殺人に近いのではなかろうか。

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