第三十五話 五番勝負 フローチェ対魔王②
魔導列車は湿原をひたはしる。
汽笛に驚いた水鳥が群れをなして空に逃げるわ。
心打たれる景色を視界の端におさめながら、私は土俵の上で魔王さんとがっぷり四つになっている。
とにかく強い、べらぼうに強いわ。
強い人は時に防御が甘くなったり、攻撃が単調になったりしがちだけれども、魔王さんに隙はないわ。
高度な次元で攻防のバランスが良く取れている。
お相撲さんには、固有のリズムみたいなものがあって、魔王さんの拍子はきっちりしていてすばらしい。
拍子で攻撃タイミングを読まれるかとお思いでしょうが、それは逆なのよね。
拍子を自分で作ってるから自在に変拍子を入れられて、上手いわ。
ユスチンさんやマウリリオ将軍ならば投げ捨てられるぐらいの会心の技も、するりと避けられるわ。
ああ、楽しい楽しい。
強敵と戦うのは楽しいわ。
張り手の打ち合い。
突き押し。
下手投げをすかして、体を開き、投げを打つが横に付かれて押される。
白土俵のバフがかかり、踏みとどまって、魔王さんの廻しを取る。
ああ、魔王さんの動きは芸術的だわ。
うっとりしてしまう。
「らちがあかねえっ、フローチェ、恨むなよっ」
「なんでもしてきなさいっ」
魔王さんの体に真っ黒な瘴気があつまってきた。
筋肉がぼこりぼこりと膨れ上がる。
体の各部にトゲが出てくる。
エアハルトがやっていた魔人化だわ。
魔王さま譲りの特殊能力だったのね。
魔人化+相撲魂は強力だわっ。
「俺ハ、マダ後一回ノ、変身ヲ残シテ、イル!」
「けちくさい事を言ってないで、奥義を出しなさいなっ!」
「イヤ、気合イガ、上ガラナイト、ナ」
これ以上の変身には、もっと追い込まれなければならないらしいわね。
面白いわ。
最後の変身まで追い込んであげるわ。
私の方の気力の高ぶりに合わせて相撲魂の回転数が上がる。
「くううっ!」
相撲魂の回転数で、なんとか対応しているけど、魔人化した魔王さんはさすがに強いわ。
力が二倍になって、体重が増え、速度は少し落ちるわね。
技の切れはそのままだから、力がダイレクトに乗ってきてすかすのが難しい。
魔人化でも稽古を積んでいるらしくて、動きに淀みがないわ。
気を抜くと吊られて放り投げられそうだわ。
体重が重くて押しが効かない。
なるべくバフが乗る白土俵で戦うけど、力のせいで黒土俵に引っ張り込まれるわ。
バリン!!
一気に力が抜けて、土俵際に押し込まれた。
「相撲魂が!!」
私の相撲魂の歯車が粉砕されて、どこかに消えた。
何?
何が起こっているの?
「勝ッタ!」
魔王さんが魔人化した顔でニヤリと笑った。
相撲魂の故障?
魂が故障するって、何?
私は魔王さんの怒濤の押し出しに人の力だけで耐えているわ。
「フローチェ、がんばれーっ!!」
「ワンワンワン!!」
「親方っ!! 頑張れー!!」
「フローチェ、まけんなーっ!!」
「がんばるのじゃーっ!!」
みんなの声援の力でぎりぎり土俵際で踏ん張っているわ。
でも、なんだろう、危機感を感じない。
なんだか別の大きな動輪が近づいているような、そんな気配。
視界の端でアデラが真剣な顔をして祈ってるのが見えた。
ガチガチン!
相撲魂の歯車が再始動した。
そして、どこかに接続している小さい歯車がもう一つ。
花柄で乙女っぽい柄の歯車が高速回転して、私の相撲魂に力を与えてくれているわ。
ツイン相撲魂!!
これは、相撲魂Lv.2だとでも言うの!!
「うおおおおっ!!」
新しい相撲魂の回転数を上げる。
出る。
出る。
とんでもない馬力が出る!!
「ナニィ!!」
ずる、ずるずると、魔人化魔王さんを押していく。
「面白エ! 面白エナ!! フローチェ!!」
魔人の馬力に拮抗できる。
それどころか、もっと力強い!!
そうね、新しい力に目覚めるには危機が必要だわ。
「フローチェ頑張れーっ!!」
「いけいけーっ!!」
「ワワワンワン!!」
皆の気持ちが流れ込んでくる。
いつしか、相撲魂は黄金色に輝いていく。
「魔王さま、頑張れーっ!!」
「ファイトですー!!」
「がんばるミノー!!」
「気張りましょう……!」
魔王軍の声援が魔王さまに流れ込む。
彼の黒くてパンクな相撲魂も黄金色の残像を残して輝きながら回る。
ああ、いいわね。
同じ条件だわ。
真っ向勝負だわ。
お互いの相撲魂を競い合い、稽古量を競い合い、相撲への愛を競い合うのだ。
そこに種族の差はなく、ただただ、相撲という神事への真摯な祈りだけが、天に通じて、勝敗を決める。
これからが本当の勝負よ。
かならず、三段目の変身を引き出してあげるわ。
そして、勝つ!!




