第二十五話 強襲型魔導列車、その名も「轟輪(ごうりん)号」
ポワーー! と、汽笛を鳴らして震発号は暗い駅を動きはじめた。
ごっとんっ、ごっとんと鈍い音がする。
「震発号は蒸気で動いてるのですか?」
「蒸気?」
一等客車の隣のボックス席にいるヨルド大玄洞長に話しかけた。
「火の魔石で水を沸騰させて蒸気にしてタービンを回しているんじゃないんですか?」
「はあ? どうしてそんなまどろっこしい事をするんだ? 風魔石エンジンで直接動力を取って動輪を回してるぜ」
なるほど、直接回転運動を取り出せるエンジン機構があるのか。
それならば複雑な蒸気機関を作るよりは簡単かもしれないわね。
ガタンガタンと鐵路の上を震発号は走って行く。
それにしても大変な工事ね。
ヤロミーラにたぶらかされる前のジョナス王子は、たいそう有能でしたからね。
つまらない事で失脚して本当に勿体ない話ね。
そんなジョナス王子もヤロミーラとの結婚を決意したみたいで、嘆願書が上がってきたわ。
農場生活も真面目にやってるみたいだし、なによりジョナス王子が農業調整官になりたいと就学願いもでていたわ。
元王子が農業調整官になれば、農民を馬鹿にして話を聞かない貴族たちも態度をあらためるでしょう。
兄様らしい、とても良いアイデアだ、と、リジー王子が喜んでいたわ。
二年の歳月は、人を色々と変える物ね。
王様も喜んでジョナス王子への返信に結婚の許可と就学の許可を与えていたわ。
あと一年、近代魔導農業を学んだら、ジョナス農業調整官の誕生ね。
そして、ヤロミーラと結婚するでしょう。
エアハルトも開拓地で真面目にやっているらしいわ。
このまえ、ファラリスと一緒に見に行ったけど、驚くほど相撲が上手くなっていたわ。
彼も才能があるから。
あと八年、開拓農場で頑張って、それから王都で大相撲に入門ね。
落ち着き先の部屋はマウリリオ部屋が良いかしらね。
マウリリオ将軍が良ければですけど。
ああ、アリアカは相撲を得て新しい時代に入った実感があるわね。
これからもアリアカは、もっともっと明るく平和であって欲しいわね。
そんな時代を、リジー王子と共に作って行きましょう。
ガタンガタタンと列車が速度を上げると、窓の外がぱあっと明るくなった。
震発号がトンネルを抜けて峡谷に出たのだ。
列車は峡谷の中程に敷設されたレールを走り、鉄橋を抜ける。
木の生えていない赤い峡谷の中を震発号は走って行く。
今日も良い天気で遠く地平線までくっきり見える。
「わあああ、綺麗ね」
「すげえだろ、フローチェ嬢ちゃん、これがドワーフ大玄洞の技術力なんだぜっ」
「ワンワンッ!」
「お、ワンコも解るかいっ、お利口だなっ」
本当にドワーフ大玄洞の技術力は凄いわね。
新しい時代が始まる気配がするわ。
この技術があれば飛行船も作れるかも知れないわね。
ヘリウムで出来た飛行船ね。
水素ガスで作ったら燃え上がっちゃって大変ね。
「大玄洞長、来て下さいっ!」
「どうした慌てて」
「後方から妖しい物体が接近しています」
「なんだとっ」
ヨルド大玄洞長が立ち上がり、後方の客車に移動していくわ。
「なんだろうね、フローチェ」
「行ってみましょうか」
「そうだね」
「ワンワンッ!」
私たちは立ち上がり、後部客車へ向かって歩き出した。
護衛のヴァルナルさんとマミアーナさんも一緒についてきたわ。
二等客車に入った。
こちらはボックス席が少し狭くて、座席も布張りね。
でも、とても素敵な内装だわ。
ドワーフの人は粗暴そうに見えて製品には細心の処理をするのよね。
三等客車に入る。
さすがに三等になると対面式ではなくて、一列に並んだ木製のベンチね。
新しいので木の匂いとニスの匂いがするわね。
三等の突き当たりのドアを開けると、そこはテラス状になっていて、遠くがよく見えるわ。
ヨルド大玄洞長と機関士っぽいドワーフさんが空を見上げて何か言ってる。
「なんじゃあれは?」
「輸送用の大型グリフォンが八機、何か大きな物を吊り下げ……? え、魔導列車?」
空に八匹の巨大グリフォンが居て、吊り下げた何かをレールに降ろそうとしてるわ。
「ウー、ワンワンッ!!」
ガチャンと何か……、魔導列車だわ。
前方に客車を降ろして、後ろに機関車を降ろしたわ。
「ば、馬鹿な、ど、どこの魔導列車だと言うのだ、北の大玄洞でも作ってはおらんぞっ!」
後方のレールに着地した怪魔導列車は汽笛一声、ガッシャガッシャと我々を追いかけてきた。
怪魔導列車の前方客車は、こちらの三等列車のようにテラスになっていて、そこに角の生えた美丈夫が立っていた。
「はーっはっはっ!! どうだね、魔王軍特製の強襲型魔導列車、その名も轟輪号だよっ!!」
禍々しいほどの美貌を持つ魔族の美丈夫が高らかに宣言した。
「ば、ばかなっ!! レールの寸法なんぞの規格をきっちり合わせたとでも言うのか!」
「はっはっは、ドワーフ大玄洞とアリアカの弾丸列車計画の情報は盗ませて貰ったんだ、これはその成果の魔導列車だ、どうだい、ヨルド大玄洞長!! 魔王軍の科学力は大陸一ィィ!!」
轟輪号は、ガッシャガッシャと速度を上げて震発号に近づいてくる。
「そして、アリアカの横綱、フローチェ関、自己紹介しようではないか、私こそっ!! 暗黒相撲の横綱!! 魔王だっ!!!」
すごいドヤ顔で魔王は私に一礼した。
「は、はあ……」
あっけにとられて、私はなんか曖昧なお返事をしてしまったわ。
ガチャンと、轟輪号と震発号は連結された。
「ああっ!! 貴様ら、魔導列車の連結器の規格まで盗みおったなっ!!」
「ふふーん、驚くのはまだ早いぞ、ヨルド大玄洞長、フローチェ親方。さあ、展開せよっ!! 土俵列車!!」
ゴゴゴゴゴと轟音をあげて轟輪号の客車が左右に分かれて開いていく。
中には真っ黒な黒土俵があり、黒行司さんがいた。
あと、客車には、アリマ関や、ククリさん、ウタさん、あとミノタウロスさんが居た。
パン! と魔王は手を叩いた。
「さあ、フローチェ親方、相撲で勝負だ!! 俺たちが勝てば君たちは捕虜だ、君たちが勝てば、轟輪号を切り離し、君たちを見送ろう。史上初の魔導列車場所だ!!」
「望む所よっ、魔王っ!!」
面白い。
面白い。
こういう大げさで馬鹿げた事は大好きよ。




