ショートショート「狐火」
俺の名前はジョージ。今夜は雨にも女にも振られた探偵さ。
いい女だったんだが、ちょっと目を離した隙にまるで煙のように消えちまった。最近多いな、こういう逃げ方が流行ってんのか?
一人になってから半ばヤケ酒のように呑んで、気がついたらすっかり終電まで逃していた。
仕方なくトボトボと歩いていたら、午前0時を回ったあたりで急にどしゃ降りの雨が降ってきやがった。まったく、ツイてないぜ。
とりあえず屋根のあるバス停に駆け込んで時刻表を確認したが、くそっ、深夜バスも終わってやがる。
雨は嫌いじゃないが、こんな真夜中に何も見えないスコールの中を歩く趣味はない。俺はタクシーが通りかかるのを待ちながらここで待つことにした。
まあ、のんびりベンチにでも腰掛けようかと振り返ると、そこに先客がいたことに初めて気がついた。
黒髪の線が細い女だった。
俺が駆け込んだ時には誰も居なかった筈だが、全身ずぶ濡れだし、同じく雨宿りにでも来たのだろうか?
俺は心の中でため息をついてベンチに腰掛けるのを諦めた。
今までの経験上、隣でタバコを吸ったら確実に嫌がられる。俺は雫が飛び散る屋根ギリギリのところでタバコを取り出した。
「はい。」
すかさず女が俺の口元に火を差し出した。おや、理解ある人だったようだ。俺は軽く礼を言うと雨粒の中に細く煙を吐き出した。
美味い。
ふと、街灯一つしかない薄暗い夜道にポッ、ポッと火が灯るのが見えた。
「狐火ですね、お兄さんは運がいい。」
女がそう教えてくれた。
雨の日の怪火、セントエルモの火と呼ばれる現象だろう。昔飛行機の中で見たことがある。大して珍しいものでもないだろうが、俺は「そうだな。」と相槌を打った。
雨の日にそんな無粋なことをしたくはない。
ロマンチックじゃねぇか。
せっかくの巡り合わせだしな。ゆっくりと語り合おうぜ。夜はまだ始まったばかりさ。
うふふ、と笑う女は妙な色気があった。濡れたワンピースの裾から何やら獣の尻尾みたいなものが見えているが、珍しいアクセサリーを付けているな。
まあ、それも後でじっくり見せてもらえるかもな。




