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心霊探偵ジョージ   作者: pDOG
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「化け猫 後編」


二人目の犠牲者が出たのは二日後だった。


平和島の高級マンションに住む二十代、男性。殺され方という一点を除き前の事件との関連性は全く無い人物と思われたが、よくよく洗い直してみると例の大麻栽培、密売組織の一員という事がわかった。


そして三人目の犠牲者も程なくして発見された。江東区在住の三十代男性。死亡推定時刻から二人目の犠牲者とほぼ同時刻に殺された事がわかっている。


生きながら体を引き裂かれるというのは、いったいどれほどの恐怖なのだろう?


被害者ガイシャのこの世のものとは思えないあの表情は、一生忘れられそうにない。


犯人ホシは間違いなくあの“猫”だ。


俺は確信していた。


そしてその動機も大体わかる。これだけの事をするのはたとえ化け物でも容易ではあるまい。それを成し遂げてしまうもの、それは“恨み”だ。


あの血のような瞳


きっと大切なものを奪われたのだろう。


それは人も獣も化け物も、きっと変わらない。


自分でも抑えきれないほどの憎しみに突き動かされて、奴は次々と殺人を犯しているのだと俺は推測した。


大麻栽培グループ。そいつらが奴に何をしたのかまではわからない。しかしその結果恨みを買い殺されているのだとしたら、それはもう因果応報と言わざるを得ないのではないか。


俺がそう自分の胸の内を語ると、ケンジはニヤリと笑って「らしくねえな、近藤。」と呟いた。


「ほらよ。」


と、アイツはまた懐から右手の二本指でメモ紙を取り出すと俺に投げてよこした。


そこには江東区亀戸××-〇〇、と、住所が書かれている。


「これは?」


「猫の元締めがいるらしいぜ、お前が出会ったのも多分そいつだ。」


俺は変な顔をしていただろう。驚き半分、嬉しさ半分、戸惑い半分、溢れた分は(余計なことしやがって。)という恨みがましい気分に変わる。


タダ働きは嫌だとか抜かしていた癖に、ケンジはしっかりと捜査をしてくれていたらしい。


(あぁそう言えばコイツ、猫探しだけ(・・)は天才的だったなぁ。)


俺は感心すると共に、もしかしたらという微かな希望を伝えてみた。つまり、この後も一緒に捜査を続けてくれないか?という依頼だ。


だがケンジはなしのつぶてだった。アイツが言う表向きの返事は頑なに「タダ働きはごめんだぜ。」だった。


その時、薄い事務所の扉がノックされ、上品なセーターを着込んだ若者がひょっこりと顔を出した。


「師匠、まだ居ますか?そろそろ時間ですよ。」


「おお、アキヒコくんか。」


俺は彼の姿を見て顔を綻ばせる。好青年を絵に描いたようなその姿は見るもの全てをホッとさせる効果を持っていた。

彼はこのアパートを管理している家の一人息子でジョージとも同い年だ。子供の頃から俺もケンジもよく知っている、が、この様子を見るに探偵業じゃなくて副業の方で仕事が入ったようだな。


「俺のことを師匠と呼ぶな。」


ケンジはぶっきらぼうに答えると、これまた薄いコートを掴んで立ち上がる。


「そういうわけだ、近藤。すまんな。」


「いいさ、また今度誘いに来る。すまんなアキヒコくん、コイツの事をよろしく頼むよ。」


「ぬかせ。行くぞ、アキヒコ。」


まるで親子のように並んで歩き出した二人を見送ってから、俺も歩き出した。手にはあのメモだけが残っている。


らしくない、か。


そうだなぁ。


アイツの目にも複雑な色が浮かんでいた。


天職だった刑事を辞めなければならなかったケンジ。まだ刑事を続けている俺。


俺が刑事である事を責めるつもりはないのだろうが、ならば俺は刑事として務めを果たさなければならないのだろう。


因果応報?俺は何を考えていたんだ。


俺は両手で自分の頬を思いっきり叩いた。通りすがりの主婦らしき人がビックリしてこちらを振り向き、足早に立ち去って行く。


俺は警察官だ。


裁きを下す人間じゃない。ましてや犯人がこれ以上犯行を繰り返す事を見逃すなんて、出来るはずが無いじゃ無いか!


「よしっ!」


収穫があったじゃないか。


俺は晴れ晴れとした顔でもう一度気合いを入れ直すと、地下鉄の駅へと向かって走り出した。



それはケンジ達が歩いて行った方角とはまったくの正反対だった。



……………


「そろそろ来る頃だと思っていたよ。チョロチョロと鼠がうろついていたからねえ。」


一見若い三毛猫は、今時珍しい駄菓子屋の、これまた今時珍しい縁側で、この店の店主であろう老婆の膝で喉を鳴らしながら俺を出迎えた。


「名前は近藤、警視庁捜査一課の刑事さんだね?」


「わかるのか?」


猫の噂話さ、アンタの事はちょくちょく耳にするからねぇ、と猫は語った。


「ちょっと、ミィちゃん。」


「大丈夫さ。この人はわかってるよ。」


驚きを隠せずに諌める老婆は刑事が訪問した事よりも、三毛猫が見ず知らずの人間の前で喋ってしまった事を驚いているようだ。


普段は普通の猫として振舞っているのだろう。


ミィと呼ばれた三毛猫はひょいと老婆の膝から飛び降りて俺の前に立った。立ったと言ってももちろん四つ足だが。


「で、何の用だい?まさかアタシを捕まえに来たって言うんじゃないだろうね?」


「いや、話を聞かせてもらいに来たんだ。」


この間のように猫は俺を睨みつけた。瞳の色は変わっていなかったが、その眼光は鋭く、小さな三毛猫の姿を一回りもふた回りも大きく見せた。


俺は下腹に力を入れてぐっと堪える。ここで一歩でも下がったら負けなんだ。野生動物も、そして犯罪者達にも。


俺はそれを知っている。


猫は暫くじいっと俺を観察すると、不意に表情を柔らかくしてくるりと背を向けた。


「小僧にしてはなかなか度胸があるね。いいよ上がんな、ここで話すのもなんだろう?」


そう言うと猫はまたひょいと縁側に飛び乗り、その猫用に置いてあったのだろうマットで丁寧に足の裏を拭き始めた。


「ちょっとミィちゃん、小僧なんて失礼じゃないかい?」


「アタシから見たらお絹さん、アンタもまだまだ小娘だよ。」


「あらやだわあ、お客様の前で恥ずかしい。」



 ──── いや、そこかよ。



この老婆ものほほんとしていて掴み所がないな。


しかし、この短いやり取りでわかった事がある。


この猫はシロだ。


やってない。


真犯人は別にいる。



俺にはわかるんだ。



すっかり毒気を抜かれてしまった俺は縁側から失礼して上がり込み、猫の真似をしてマットで足を拭いてからお邪魔する事にしたんだ。



「クックック、やっぱりアタシが犯人だと思っていたんだねえ。」


恐らく猫のために置いてあるのだろう座布団の上で、片手を口に当てながら猫はまるで人間のように笑った。


俺は包み隠さず全てを話した。


犯人の目処は“猫又”だと思っている事。


それもかなりの力を持った猫だ。


そして猫の元締め、と呼ばれたここのうちの猫を疑って訪れた事。


しかし、お絹婆さんとのやりとりを見ていて、その疑いも晴れた事。


「ひどい濡れ衣だよ、全く。」


そして猫は自分の爪をペロリと舐めた。


「そうですよぉ。ウチのミィちゃんがそんな事する筈がありませんよ。」


「さあてね、するかしないかは気分次第さ。今はまだそんな気分じゃ無いってだけかもしれないよ。なんてったってアタシは猫なんだから。」


笑顔でお茶を淹れてくれるお絹婆さん、面白いのは猫の前にも湯呑みを用意した事だ。この猫はお茶も飲めるのか。


「いや、濡れ衣なら申し訳ない。最初は本当にアンタの仕業だと思っていたんだが・・・殺人犯ってやつの“臭い”がアンタには無い。間違いなくアンタはシロだ。俺の刑事人生を賭けてもいい。」


そう、殺人を犯した者はもっと荒む。


目つきも変わるし、全身からドス黒い霧が立ち上るような不気味な気配って奴が漂ってるんだよな。


それはきっと、人も獣も、化け物も変わらない。


大井埠頭で出会った時にはそこまでわからなかったが、こうして明るいところでよく見てみればわかる。


この猫はシロなんだ。


「ま、謝る必要は無いさ。」


猫は器用に湯呑みを両前脚で掴んで傾けお茶をペロペロと舐めている。猫舌用にちゃんと冷ましてあるらしい。


「まったくの無関係ってわけでも無いからねえ。・・・



あの事件を起こしている犯人はきっと、アタシの子供なんだよ。」





「今殺されている連中ね、麻薬の取引をしているらしいね。」


猫は俺の肩に乗りながら、俺にだけ聞こえるようにそう語った。


俺はコンビニで買ったおにぎりを齧りながらターゲットの部屋を監視していた。


ミィと呼ばれた猫が教えてくれたのはそう遠くない場所だった。何の気まぐれなのか猫は俺に手を貸してくれると言ってくれた。


まだ明るいのでよく見えないが部屋の中には何やら人影が動いているのが見える。ターゲットが外出中という最悪のケースは免れたらしい。


「アイツらはね、猫を麻薬の実験台にしていたんだよ。テストなのかお遊びなのかはわからないけど、よく悲しそうな声が聞こえてきていたねえ。


それだけならまだよくある話だったのかも知れないね


でもさ、


手を出しちゃいけない相手ってのがいるんだよ


たまたまその日捕まえた子猫が、大切な大切な化け猫の子供だった。


そういう話なのさ。


アンタだったらどうだい?


大切な子供を殺されて、それでも我慢できるのかい?


アタシは無理だ。同じ目に遭わされたらきっと同じ事を仕返してやるよ。


それが“親”ってものだとアタシは思うんだけどねぇ。」


猫と話してケンジが頑なにこの仕事を断った理由がわかったような気がした。アイツもきっと同じなんだ。大切な人を奪われた気持ちがわかってしまうから。


だから犯人を止める仕事を“警察官”である俺に託した。


そう、それでも俺はヤツを止めなければならない。


子供の頃は警察官は正義の味方だと思っていた。しかし現実は“法の番人”ではあるものの、正義の味方とはかけ離れた職業だ。


正義の味方というよりは悪の敵と言った方が正しい。


でも俺はそれでいいと思っている。


カッコ良くなくていい、正しくなくてもいい


俺は目の前の犯罪を止めなければいけないんだ。



それが、刑事デカだ。



俺はホルスターから銃を取り出すと、シリンダーを三回回して弾の位置を変えた。



そこにはケンジからもらった銀の弾丸が収まっていた。



「覚悟はできているようだね。」


猫の声が一段と低くなった。見ると全身の毛が逆立っている。



「くるよ。」



その瞬間、ふっと日が陰ったような気がした。



実際にはまだ夕暮れには程遠い。しかし確かにあたりは薄暗くなっているし、まばらにあった人通りもいつのまにか人っ子一人居なくなっている。


そして俺は見た。


電信柱からすうっと影が伸びてターゲットのマンションへ移動していくのを。


「そこか!」


影に化けるとは考えたものだ。これならどこにでも出入り自由だし、夜なら決して見つかることもない。


俺は腰をぐっと落として巨大な影に向かって銃を構えた。


だが、俺は引き金を引くことが出来なかった。


俺の肩にいた三毛猫がいつのまにかその影の真ん中に立っていたからだ。


「ああ、やっぱりねえ。」


寂しそうな声が聞こえた。


「やっぱりアンタだったんだね、こんなになってもまだ子猫の頃の面影が残っているよ。


そして、もう一つの嫌な予感も当たっていたようだねえ。」


大きな影の猫は身動きが取れなくなっていたようだった。小さな三毛猫の前脚で押さえつけられていたのだ、まるで母猫に押さえつけられる子猫のように。


影の猫が苦しげに口を開くと、そこから鮮血が流れ出した。


「すっかり人の味を覚えちまったんだねぇ・・・それだけはやめて欲しかったんだけど、こうなっちまったらもう、アタシがケリを付けないとねぇ。」


そういうと猫は前脚を高く上げて、



軽く



それこそ撫でるように振り下ろした。



 ──── 住宅街に猫の悲鳴が響き渡った



小さな三毛猫の一撃は、巨大な影の猫を真っ二つに切り裂いていた。



影の猫はそのまま影のように



アスファルトの中に沈み



陽の光に蒸発してしまったかのように消えた。



俺はホルスターに銃を仕舞うと、一人残された猫へと近づいていった。



「なんで?って顔をしているね。」


猫は背中を向けたまま俺に話しかけた。


「これはアタシ達の問題だって言っただろう?アタシがケリを付けないといけなかったんだ。


できればこうなる前に止めてあげたかったんだけどねぇ


それに、さ


アンタがこの子を殺したら、アタシは間違いなくアンタを殺していたよ。


さっきも言っただろう?


それが“親”ってもんさ。


だからアタシがやらなきゃいけなかったんだ。」



猫は小さな肩を落として下を向いていた。



いつまでも消えていった子供の影を追うように。



 ──── そうか。すまないな。



優しくてお人好しの化け猫に、俺はそう感謝の気持ちを込めて答えた。



 ──── あとは任せろ。



お前の子供の分まで、あとは俺がケリを付けてやる。お前達の無念はしっかりと俺が晴らしてやる。俺が全員捕まえてやる。


そう答えた。


猫は「ふん。」と鼻を鳴らすとひょいと壁の上へと飛び乗り、それ以上何も語らずに立ち去っていった。



最後まで背中しか見せなかったが



きっと泣いていたんだろう。



証拠なんて無いさ





でも、俺にはわかるんだ。







…………… エピローグ



俺は目の前のテーブルに銀の弾丸を置いた。



ケンジは妙な顔をしていたが、一言「そうか」と呟くとそれをひとつだけ摘んで、もう一度俺に投げてよこした。


二つの弾丸


それを俺はケンジと分けて持っていたんだ。



そう言えばあれはどこへ行ったかな?



俺が昔を思い出しながら綿の無くなったソファに沈み込んでいると、この部屋の真の主人がドアからトコトコと帰ってきた。


「おや?来てたのかい?」


猫はジョージやマコトの前では決して喋らないが、俺やサオリさんにはよく話しかけてくる。


結構、話好きだ。


昔を思い出していたのさ、


と伝えると、


アタシもそうだよ。


と返事が返ってきた。


猫はそのままお気に入りの日のよく当たるテラスへ飛び乗ると丸まって小さなあくびをした。


 ──── そう言えば


急に思い出したような声をあげた俺に、猫は耳だけをピクリと動かして反応する。


「以前から聞きたいと思っていたんだが、いいかな?」


「なにさ?」


「なんでお前さん達は人の言葉を喋るんだ?」


以前から不思議に思っていたんだ。器物百年とは言うがなんでみんな人の言葉を喋るようになるんだろう?


俺の突拍子も無い質問に、猫はまた小さなあくびをした。実につまらないことを聞いてくるもんだ、と言わんばかりに。



「そんなの、人間が猫の言葉を喋れないからに決まってるだろう?」



如何にも尤もな答え


俺は膝をポンと叩いて「そうか!」と大笑いした。


そんな俺を見て、猫はさらにつまらなそうに瞳を閉じた。


それは思い出も、悲しい出来事も、すべて温めてくれるようなそんな小春日和の出来事だった。



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