ショートショート「濡れ衣」(化け猫プロローグ)
アタシの名前はミケ、名前なんかに意味はないけど、今のボスにそう呼ばれる事をアタシは結構気に入っている。
ううん、今のボスの事を気に入ってるのさ
今のボスは少し頼りないし、探偵なんてヤクザな商売をしているし、アタシの事も一向に気がつかないし、でもいい奴だよ。
「そんな事言われてもなあ。」
ほら、早速頼りない声が聞こえてきた。
ドアの外で子猫を抱えているのは上の階に住む人だね。女子大に通ってる娘。抱えてる子猫はきっとその子と暮らしてる猫が生んだんだろうね。
小娘は結構な剣幕でボスに噛みついていた。
「この子を引き取って下さい!御宅の猫が産ませたんでしょう?」
「──── いや、ねえよ。」
「誤魔化そうったって無駄です。このマンションで猫を飼っているのはうちと御宅だけです。マンションから出られるはずはないし御宅の猫しか居ないじゃないですか?」
あの小娘はなんて呑気なボスなんだろうね。こんなマンション抜け道なんて幾らでもあるし、よくアタシは一緒にお出かけしてるってのに。なーんにも気がついてないんだねえ。
まあ、度を越して噛みついてくるようならなんとかしてあげてもいいけど、ほどほどにしておいた方がいいよ、小娘。
「いや、だからな。」
ウチのボスはどうにも歯切れが悪いね。大方、小娘を傷つけないようになんて考えているんだろうけどさ。そんな悠長な事してるからほら、小娘の方が痺れを切らしてどんどん頭に血が上ってるよ。
そして怒鳴り声が止まった隙間にボスの大きなため息。
「はぁ──── ウチのミケはメスだぜ。」
ほら、言わんこっちゃない。
顔を真っ赤にして謝る小娘を見るのはちょっと可哀想な気もするね。まあ、いい薬になったろう。
濡れ衣もここまでくると清々しいね。
そう言えば昔にも大層な濡れ衣を着せられた事があったっけねえ。
ああ、嫌だ嫌だ。思い出しちゃったよ。
あんな思いをするのは二度とごめんだねえ。




