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心霊探偵ジョージ   作者: pDOG
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「マヨヒガ 」

挿絵(By みてみん)

獣道を抜ける。


纏わりついてくる蔦や草の実をスーツから引き剝がし、パンパンと叩いて破れがないか確認した。

俺と同様くたびれた吊るしのスーツだが、もう少し頑張ってもらわないとな。

俺の安月給じゃ代わりなんて当分買えないぞ。



やっと人が通るであろう道らしきものに辿り着いた所で膝に手を付き、ふう、と大きく息を吐いた。


助かったなあ。


俺の名前は近藤。刑事だ。


ジョージと一緒に犯人を追いかけて山に入ったはいいが・・・参った。すっかり迷ってしまったようだ。


もう間もなく日も暮れる。


この辺りは昔から誰も住んでいないほとんど自然そのままの山だ。カンを頼りに下手に動いてもさらに迷うだけだろう。携帯なんてもちろん繋がらないし、ジョージともはぐれてしまったし、さてどうしたものか。


まあ、一晩くらいなんとかなるか。


俺は道端のお地蔵様をひと拝みすると、色づき始めた秋の山をぐるりと見回してみた。




あったあった。


木々の合間から薄く細く、白い煙が立ち上っている。


俺が歩き出すと不思議とその煙の元まで道が続いている。そして5分もかからずに、俺はなんとも立派なお屋敷に辿り着いたのだった。


何も断らず門をくぐると、俺はズカズカと屋敷の中にまで上がり込んだ。


不躾だがこれが“ここ”のルールだ。


誰一人姿も見えないのに、俺が座敷に上がると豪華な山の幸が並べられた膳が一人前用意されている。先ほどの煙は風呂を薪で沸かしてくれていたようだ。



すまないね。また世話になるよ。


俺は誰も居ないその屋敷に向けて感謝の言葉を述べた。


早速お膳の前に座り込み、吸い椀の蓋を開けてすする。今用意されたかのように熱々だ。出汁の香りがたまらない。焼きたての山女魚や松茸もあるじゃ無いか。


酒は・・・と顔を上げるといつの間にか目の前の囲炉裏に下がっていた鉄びんの中に一本漬けてあった。


ふうぅ


最高だ。


この礼は必ずするよ。

次に来るときは、そうだな、妻と一緒に来たいもんだ。


あー


そう言えばこの辺りはタチの悪い奴等も居るんだが・・・

ジョージ“達”は大丈夫だろうか?



……………



俺の名前はジョージ。間抜けな探偵さ。


近藤さんと一緒に犯人を追って山へ入り込んだんだが、犯人は見失うし道にも迷うしよ。いい所無いぜ。


どうするかな。


見上げるとついさっきまで煌めいていた木漏れ日がいつの間にか血のような赤に染まってやがる。

色づき始めた木々の葉と蔦が空を覆い、 俺から太陽も星も隠す。


こいつはちょっとまずい事になりそうだぜ。

こんな所で夜になったらますます迷っちまう。



「いいか、ジョージ。出来れば夜になる前に山を降りるぞ。この辺りにはタチの悪い“経立(ふったち)”が住み着いているからな。わかってるのか?ああ、あと猿を見かけても絶対刺激しちゃいかんぞ。」



近藤さんが何か言ってたな。

タチの悪い・・・なんだったかな。


おっと


木々の合間から差す光がどんどん弱まっていく。

代わりに色濃くなっていくのはその影の色だ。



闇が広がっていく



山の夜が



これはまずいな、と焦りだした俺は闇雲に山道を歩き出した。こちらに進むのが合ってるかどうかなんてわからねえが、まあ山だからな。下っていけば下に着くだろ。


しかし、



さっきから誰かつけてきやがる。


誰か、ってのは変だな。


猿だ。


ちらっと見たときには目を疑った。


ゴリラでも居たのかと思うくらい巨大な猿だ。

前足をついても1メートル以上ある。立ち上がったら俺より大きいかも知れない。


チッ


こいつはヤバイぜ。


近藤さんも猿には気をつけろって言ってたしな。この辺りには凶暴な猿の群れでもいるんだろう。

そしてどう見てもこいつがボスだろうな。


縄張りを荒らしたと思われたら厄介だぜ。


俺は敢えて後ろの猿には気づかないフリをして先に進んだ。ポケットの中で握りしめたナイフがしっとりと手汗で湿っている。糞。


一歩ごとに薄暗くなっていく秋の山に俺が焦りを隠しきれなくなった頃、急に視界が開け、目の前に立派なお屋敷が現れた。


なんだ、近藤さんこの山は誰も住んで無いって言ってたが、ちゃんといるじゃねぇか。



助かった。邪魔するぜ。



屋敷の門は開かれていた。門をくぐると流石に猿もそれ以上ついては来ず、くるりと後ろを向いてどこかに去っていった。


これもどうやら助かったようだな。


俺はうっすらと光の指す玄関口の扉を軽く叩いた。


返事は無かった。


何度か叩いて返事がなく、悪いとは思ったが引き戸に手をかけてみるとあっさり開いた。


テレビでしか見たことの無いような土間が広がっていた。その先に畳の部屋があり、囲炉裏がある。

壁に小皿を置く小さな棚があり、その上の白い小皿から火のついた一本の芯が見えた。恐らく油に火をつけて明かりにしているのだろう。


電気は来ていないようだ。

止められているのではなく、最初から電気設備が無いのだ。見上げた天井には電灯どころかソケットすら付いていない。


まるで江戸時代の家にでも来たようだった。


ふと足元に目を落とすと、三和土に


「おあがりください」


と書かれた紙が落ちていた。



偶然か?いや不自然だ。


そもそもこのメモは最初からここにあったのか?



不思議な家だった。



こんな山奥に、なん部屋あるかわからないほどの大きな屋敷。


廊下はずっと奥まで続いている。遠くの方は暗くてよく見えないが、隣接している部屋の障子からうっすらと光が漏れている。


床は磨かれたように綺麗に掃除されているし、行灯、ってのか?明かりも用意されている、さらに囲炉裏もちゃんと火がついている。


なのに人の姿だけが無かった。


人の姿は無いが・・・どこかで見られているような気配がする。気配だけは残っている。


ついさっきまで、そこに存在していたかのように。


俺は警戒しながらも暖かい囲炉裏のある部屋に上がり込んだ。



メモが落ちていた。


「どうぞお召し上がりください。」と、書かれていた。


囲炉裏にかかっている鍋のことだろうか?


これはもしかして、もしかしなくても俺に向けたメッセージか。しかし姿を見せずにメモで伝えるなんてこの屋敷の人たちはなんてシャイなんだ。


いや、ありがたいが寝床があればいいぜ。


勝手に上がらせてもらっただけで、不法進入だからな。いくら俺でもこの上盗みまではできないぜ。


俺は部屋の隅でゴロリと横になった。


山の夜は冷えるかと思ったが、背中に当たる炎の柔らかな暖かさが、俺を隙間風から守ってくれていた。


パチパチと爆ぜる囲炉裏の音も心地よい。


火が風で揺れるたびに俺の影が漆喰の壁でダンスを踊る。


そして静かだった。


都会の喧騒から解放されると、こんなにも落ち着いた優しい気持ちになれるものなんだな。


たまに飛び立つ山鳥の羽音まではっきり聞こえる。


天井の煙出しから月の光が差し込んでいる。


炎と月明かりだけの視界。


不自然に見えてはいけないものまで見えてしまう電灯とは違う影のある世界。


たまにはこういうのもいいもんだ。


俺は揺れる影と見つめ合いながらそう思った。




……………



気づくと玄関口の隙間から朝日が差し込んでいた。


俺は警戒心すら忘れていつの間にか眠ってしまったらしい。


囲炉裏の上にあった鍋は片付けられていた。


代わりに目の前に淹れたてのコーヒーがブラックで置かれていた。これは本当にありがたい。思わず手を合わせて拝んじまうくらいありがたい。


しかも美味い。


そしてコーヒーの下にまたメモが置いてあった。

俺を起こさずに置いていった事も驚きだが、まったく、どれだけシャイなんだ。


「欲しいものがあればなんでもお持ち帰りください。」と、書いてあった。


いらねえよ。

このコーヒーだけで満足だ。



まあ、強いて言えば・・・あれは欲しいがな。



俺は何も持たずに三和土で脱いだ靴を履いた。

適当に脱ぎ散らかした靴がちゃんと揃えられている様に、俺は苦笑するしかなかった。


「ありがとうございます。ごちそうさまでした。」


俺は玄関口で深々と頭を下げた。

誰も見てねえし、いいだろ。


と、思って振り返ると近藤さんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。


糞。



近藤さんに悪態をつきながら屋敷の門を出ようとして俺は身構えた。


猿だ。


あの時の巨大な猿が待ち構えていやがった。


俺は咄嗟にポケットの中に手を入れた。


が、そこである事に気がついた。

猿が何かを肩に担いでいたのだ。


人だ。


服が破れて引っ掻き傷が見える。

その服は間違いなく俺たちが追っていた犯人だった。その猿にでも襲われたのか?


生きて・・・いるのか?


俺はポケットの中でナイフに指をかけた。

横の近藤さんからも緊張が伝わってくる。

いざとなったら力ずくで助けるしか無いだろうな。


じり、と摺り足で近づいた俺の靴が鳴いた。


だが俺達は次に取った猿の行動に拍子抜けした。


なんと猿はボロボロになった人間を俺たちの前に放り投げたのだ。



チッ



確かに聞こえた。

猿が舌打ちしやがった。


そして猿はくるりと背を向け、また深い山の中へと帰って行った。


犯人に駆け寄った近藤さんが息がある事を確認する。



まさか、助けてくれたのか?



混乱しながら俺達は犯人に肩を貸すように、両側から抱えあげて立たせた。気を失っているせいかやたらと重い、まあ山を降りるまでの辛抱だぜ。


「ああ、そうか!ジョージ、お前、犯人(こいつ)を望んだのか?」


近藤さんがまた訳のわからない事を言い出した。

まったく、運がいいな、お前も。と言いながら空いた手で犯人の体を叩いた。




秋晴れの空


朝露に濡れた木々の葉が輝いていた


また一日深まってゆく朝に、早くも肌を刺すような寒さが潜んでいる



もう、冬はすぐそこまで来ていた。

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