ショートショート「苦い痛み」
俺の名前はジョージ。しがない探偵なんて稼業をしている。
いや、探偵なんて浮ついた仕事しか出来ない、けちな野郎さ。
毎年、この日だけは必ず晴れる。
照りつける初夏の日差しと蝉の声に混ざり、青臭い新葉の香りが鼻腔をくすぐる。
そうだな、毎年そうだ。
育ち始めた入道雲も、伸び盛りの雑草が綺麗に刈り込まれた様も。
何も変わらない。
何も変えてくれない。
──── 墓前には、まだ新しい花束と線香が置かれていた。
よく知った香水の匂いがかすかに残っていた。
毎年、この日だけは必ず晴れる。
あいつの、あの野郎の、澄み切った目のような空だ。
──── あれは、何年前のことだ?
俺は、その頃荒みきっていた。
親父が刑事を辞め、自宅を事務所にして探偵なんて仕事を始めた。
俺には何も説明してくれなかった。
ただ俺が警察官の採用試験に行くことに反対したことがある。
きっと、その辺りに理由があるのだろう。
俺は高校は卒業したものの仕事も長続きせず、喧嘩をしちゃあ辞めるの繰り返し。
酒とドラッグ、そして女と喧嘩が俺の一日のすべてだった。
ある夜、俺はこれ以上ないほど叩きのめされた。
俺の半端な人生の中で、本当に身動き取れなくされたのは後にも先にもあの時だけだ。
──── アキヒコ
優男を絵に描いたような奴だとばかり思っていたが、喧嘩がこんなに強いとはな。
──── 痛ぇよ
「もうやめて!」
「やらせとけって、サオリちゃん。」
悟が彼女を抑えてニヤついてやがる。
糞、動けていたらぶっとばしてやるところだぜ。
──── 痛ぇ
「痛っ!」
「あ、ごめんなさい・・・。」
アキヒコは今更ながら、サオリの治療を受けながら痛がっている。
顔中腫れ上がった俺は先に治療を終えて、そんな二人を眺めていた。
こいつらとは高校のときからの付き合いだ。
アキヒコとはもっと餓鬼の頃から。
俺の家が奴の親の管理するアパートにあったからだ。
痛かった・・・誰との喧嘩より。
初めて知ったがアキヒコは俺よりも悟よりも、誰よりも強かった。
殴ったアキヒコの手のほうが酷い怪我だが、そんなことはおかまいなしだった。
殴られた訳も、俺が意地を張ったわけも。
俺たちには何もかもあった。
「アキヒコもサオリちゃんも、明日は会社休むだろ?」
そう言いながら、悟は缶ビールを投げて配る。
自分勝手な奴だが、こんな時、一番気が利くのはこいつだな。
「おばさん・・・いや、お袋さん・・・泣いてたぞ・・・。」
やがて、酔えないビールの痛みを味わいながら、アキヒコが喋りだした。
時々、こいつは訳のわからない事を言う。
俺のお袋は、俺がまだ餓鬼の頃に死んでいる。それを何が・・・
悪ぃ、と呟いた俺を悟が小突いた。ふん、馬鹿なのは承知の上だ。
・・・いい奴だな、
・・・心の底からそう思った。
抱きしめられているような気がするのは錯覚だろうか。
もう何故か、傷も痛くない・・・
ただ、この時、サオリの心はもう決まっていたんだろうな・・・
俺はほほえみ会う二人の姿に、身体の傷より深い痛みを味わっていた。
──── 風が追憶と俺の感傷を掻き消していった。
本当に悪戯好きな風だ。
タバコに火をつけて墓前に添える。線香の中に、飛ばないように。
そして俺は今年も、花束で墓石の横っ面を張り飛ばしてやった。
少しは効いてるのか?
──── 親友。




