第22章・賢者か愚者か
木崎は全てを話した。データの消去や布地の裁断も認めた。
「僕が……僕が犯人をかばったのは悪いことだったんだろうか……。全てを明るみにしていればよかったのかな……」
全身から冷や汗が吹き出している。地面にしゃがみ込んだ木崎の声はすでに”懺悔”のそれになっている。
「どうすれば……僕はどうすればよかったんだろう」
「先生」
凛が口を開く。
「僕は直接その場にいなかったから偉そうなことは言えませんけど……。その暮越会長の弟を突き落した人たちだって、未来のある子ども達です。その子たちへの報復を避けようとしたこと自体はよいと思います。でも……」
「手段を違えた」
言葉を継いだのは夕紫だった。
「手段……」
木崎は許しを乞うように二人を見上げる。
「暮越会長を遠ざけても、その場しのぎにしかなりません。その場でキッチリと問題を解決するべきでした」
「……」
木崎は立ち上がり、背を向ける。
「解決……」
フラフラとした足取りで木崎はその場を去ろうとする。
「先生。今回のことは、僕たちは他の誰にも言いません。あなたも被害者ですから」
凛の言葉には反応せず、木崎はそのまま校舎の向こうに消え去った。角を曲がる瞬間、凛は木崎の口がかすかに動いているのを見た。
ポン、と夕紫が凛の肩に手を置く。
「わかってるよ。ユーシ」
凛はうつむいて独り言のようにつぶやく。
「先生が最後に言ったこと、『それができれば……』だよね。ちゃんと解決するべきだなんて言ったけど、僕だって、実際にその場にいたらどうすればいいかわからないよ」
夕紫は黙ってうなずく。
「先生って難しいね。たくさん生徒がいて、一人一人個性や価値観があるんだから。『こっちの言い分もわかるけど、あっちの将来も大事だ』って板挟みになって……。先生だって人間なんだから、いつも正しい判断が出来るとは限らないよね」
ザアァ……と木の葉が揺れる。風が吹いてきたようだ。
凛は顔をあげ、わざと明るい口調で言った。
「戻ろうか、ユーシ。いつまでも女装してるわけにはいかないし」
女物の衣装をのすそを握って凛が笑うと、夕紫も笑った……のかもしれない。
もう一つの戦いは、まだ続いていた。
「対策が出来てる? どういうことだ」
「教えねーよ」
夜季のすぐ後ろは壁だ。暮越は台の縁ギリギリに立ち、二人はすでに手を伸ばせば届きそうな距離になっていた。
暮越の拳は固く握られ、全身から怒りが溢れ出ている。ギリギリと歯ぎしりする音さえ聞こえてくる。
「お前は失敗した。俺たちの勝ちだ」
夜季が言ったと同時に、暮越が動いた。
「うるせぇっ!」
ほぼ真上から、硬い拳が振り下ろされる。夜季は両腕でガードするが、重い打撃を受けて痺れが走る。
次に飛んできたのは右足だった。
「ぐっ……!」
夜季は右に飛んでかろうじて交わし2、3歩離れるが、体勢を崩して膝をついてしまった。
ギシっと今にも裂けそうに台が唸り、暮越が飛び降りた。その瞬間、夜季はクラウチングスタートを切るように素早く起き上がり、ストレートを放つ。が、それは暮越の太い腕に防がれた。
「こんなもんかよ……ヨキ」
その言葉と同時に、強烈なタックルが夜季を襲った。
「う……グゥ……」
ここで倒れては連続して打撃を受けてしまう。そう判断した夜季は反動に逆らわずタン、タンと後ろに下がった。運動神経はいいものの、細身の夜季と巨漢の暮越とで接近戦になると分が悪い。
「体、なまってんじゃあねぇーかぁ、ヨキ」
自分が上手だと確信した暮越は余裕の笑みを浮かべる。
「暮越……てめぇ、どうするつもりだ? お前の計画は失敗だ! ここで俺と殴り合ってなんになるってんだ!?」
「口を開くな! ここまで来て引きさがれるか!」
暮越が再び突進の構えをとる。夜季もすぐに対応して身構えるが、一瞬、視界の隅になにかが入った。
(……?)
暮越の後ろの壁。その壁には人が出入りできる程の大きさの窓があり、そのガラスの向こうにある人物がいた。
「どこ見てやがんだ? ヨキ」
「ジジィ……」
窓のすぐ外にいたのは、高熱で寝込んでいるはずの”じぃ”だった。
「ふん、ようやく気付いたか。先刻からここで見とったんだがな」
「あぁ? 誰だ? このジジィ」
暮越も振り返り、和服の老人を睨みつける。
「あんた……外出られるのかよ。風邪治ったのか?」
「うるせえぞ! ヨキ」
暮越が言葉を遮る。
「ジジィ、何者かって聞いてんだ!」
ハッ、と夜季は気付いた。
(見ていたって、いつからだ? まさか、さっきの暮越の話を聞いていたとしたら……)
「答えろ! ジジィ!」
「何度も言わんでも聞こえとる」
”じぃ”はいつもの人を見下したような笑みを浮かべている。
(ジジィのあの性格なら……マズイ!)
「ワシはなぁ……」
夜季は叫んだ。
「やめろ! 余計なこと言うな!」
が、手おくれだった。”じぃ”は全て聞いていたのだ。
「ワシは唖倉浪才。『神の唄う街』を書いたものだ」
「あぐ……ら? 唖倉だと!?」
(バカやろう!)
夜季は顔から血の気が引くのを感じた。
暮越の弟がいじめられるきっかけは、唖倉浪才の小説である。いわば、暮越にとって全ての元凶――その本人が、自ら名乗ったのだ。
「……お前の、お前の小説のせいで……」
暮越の額に再び血管が浮き出る。鼻息が荒く、もはや夜季のことは眼中にない。
「お前のせいでタイチが!」
「逃げろ! ジジィ!」
その声よりも早く、暮越の拳が窓のガラスを破った。




