第21章・華麗なる変容
「木崎の野郎、俺のことをすっかり忘れてたんだよなぁ、最初は。しょうがねえからこっちから名乗ってやった。そしたら急にビクビクしだしてよぉ……」
暮越が歪んだ笑みを浮かべる。
「俺はあいつに言ってやったんだ。犯人のことはもうどうでもいい。ただし、俺があんたに怒りを持っているのは確かだってな。そしてあいつに小学生の娘がいると知った時、今度はこう言った」
「俺の弟に起こった事件が娘さんにも起こらなければいいですねって言われたんだ」
木崎は空いた方の手で汗を拭う。
「僕は彼の言うことをきかなきゃならないんだ。あの時、僕が事件を隠したせいで彼が荒れてしまったんだからね。君には本当に悪いと思うけど……娘には代えられない」
腕をつかんでいる木崎の手が震えている。不良のうちの一人が歩み出て、見下すように言った。
「呼び出し御苦労だな、センセー。……西条っつったっけ?ちょーっとの間、つきあってもらうぜ」
そして、少女の肩に手をかけようとした。
「あいつは俺のいいなりさ! なんでもやってくれるぜ。……もっとも、最初のうちは役立たずだったけどな」
「最初?」
夜季は聞き返すが、暮越はそれには答えない。
「俺が謹慎開けて学校に来た時、そう、お前と久々に再開した時だ。俺は二つの情報を耳に入れた」
また一歩、暮越が前に出る。夜季との間にある卓球台に足をかけ、その上に乗った。高い視点から見下しながら言葉を続ける。
「俺の弟がいじめられるようになった原因の『神の唄う街』が映画化されるということ。もう一つは……その映画に木崎、そして……ヨキ、てめぇが絡んでるってことだ!」
狭い室内にビリビリと怒号が響く。
「俺が……?」
圧倒されないよう、下腹に力を込める。
「タイチはあの小説のせいで死にかけた! それを誤魔化して事故で済ませようとした木崎がその映画化を許可しやがった! それだけでも俺がキレるには十分だが、よりによってお前まで関わっていやがった」
「前も言ったが、なぜ、俺だと気にくわないんだ」
「お前も『みんなで仲良く』なんてタマじゃねえだろうが! 一緒にこの文化祭をぶっ壊す手助けしてくれるかと思えば、逆に向こうにつきやがって!」
暮越の足が進む。古い卓球台がギシギシと悲鳴を上げる。
「だから俺は木崎に命令した! この企画をぶち壊せってな! だが、あの野郎は本当にクズだ。度胸がないからイタズラ程度のことしかできねえ」
「イタズラ……最初の二つの事件はあいつの仕業か」
データの消去と、布地の裁断のことである。
「そうだ。アイツに出来るのはせいぜいその程度だった。だから、次は俺自らがやった」
「楽器を壊したのはお前だな」
夜季は拳を固める。二人の距離は3メートル。
「……お前達がさっさと諦めてくれりゃあ、あんなことしないで済んだのによ。そして……木崎には今日もう一度チャンスを与えた」
また一歩。距離2メートル強。
「なにをやらせた?」
「ヒロインの女を外に連れ出せって命令した。そしたら俺の仲間がそいつを拉致って、映画のラストシーンは完成しないことになる」
距離、1メートル半。
「残念だったなぁ、ヨキ? 珍しくお前がマジメに頑張ったってのに、これで全部台無しだ。今頃もう……」
「残念なのは」
夜季が言葉を遮った。
「残念なのはお前の方だ。……リンの妹に手を出してくるってことぐらい、とっくにお見通しなんだよ。俺たちは」
「あ?」
暮越の表情が変わった。意表を突かれたように目を丸めている。
「幸い、うちのリーダーは妙な発想の持ち主でな。今回もメチャクチャな対策を講じてくれた。お前の計画は失敗だ」
「なんだ、どういうことだ!?」
「うげっ!?」
茶髪の不良が、うめき声をあげて倒れた。
「えっ……? な、なにが……」
木崎には自分の目が信じられなかった。自分に片腕を掴まれている少女が、突然茶髪のアゴを殴り飛ばしたのだ。茶髪はそのまま起き上がらなかった。
「な、なんで女の子にこんな力が……」
「気をつけてください。僕、これでも空手の経験がありますから」
女子ではなかった。木崎が連れてきたのは……
「り、凛君!?」
メガネを外して髪をほどき、スペアの衣装を着た凛だった。
「よほど気が動転していたようですね。よく観察していればすぐにわかったはずですよ。控え室で先生に返事を返したのは確かに壬織でしたけど、実際に出てきたのは『身代わり』役の僕です」
そう話している間に、残りの不良3人が凛と木崎を囲む。
「スーコさんの提案は本当に面白いですね。まさか本当に女装させられるハメになるとは……」
「なにゴチャゴチャ言ってやがんだ!」
一人が怒鳴り、殴りかかろうとして一歩踏み出した。そして飛んだ。
「……え?」
気が付いたとき、その男は地面にしたたか腰を打ちつけていた。誰かに投げ飛ばされたのだ。
「助かったよ。ユーシ」
凛がその人物に声をかける。
「なっいつの間に……」
そう言った別の男が、今度は草むらの中に投げ込まれた。
「君は……夕紫君……」
「ユーシって本当にスゴイですね。勉強だけじゃなく、体育で習った柔道も完璧ですから」
凛はメガネをかけながら微笑む。
「それに、先生が怪しいって最初に気付いたのは彼なんですよ。先生が控え室に来る直前に彼がやって来て、ここにこの人たちが待機していることを教えてくれたんです」
夕紫は相変わらずの無表情で、残った最後の一人に視線を向ける。
「ぐっ……ちくしょう! 女をさらうだけの楽な遊びだと思ってたのに、やってられるか!」
最後の男はそう言い捨てて逃げ去った。後には、木崎と凛、夕紫だけが残った。
「ちなみに、壬織は今大学生の方々が護衛してくださってますからご心配なく」
凛と夕紫の勝利だ。
夕紫は、暮越の昔の言葉から推理の糸口をつかみ、暮越が転向してくる前の学校に木崎がいたことやそこで弟にトラブルがあったことを調べ、暮越と木崎の間に深い因縁があったのではないかと想像した。
その証拠を得るため、夕紫は早朝から木崎を尾行していた。そして、暮越と打ち合わせの確認をしている現場を目撃したのだ。
「先生。……暮越君と、なにがあったんです? 未遂に終わったとは言え、僕の妹に危険が及ぶようなことをするなんて……。全て話してもらいますよ」
凛の声は決して荒いものではなかったが、木崎は心に冷たい杭を打たれたようだった。




