第14章・本番1か月前
――とうとう、太一は決断した。隆二が真実を言うまで何度でも問い続ける、と。しかし、以外にもあっさりと隆二は答えた。
「やっぱりバレてたかぁ……。そんな気はしてたけどな」
「あの路地裏で、なにがあったんですか?」
緊張感のせいか、太一はまた敬語に戻っていた。
「……絡まれたんだよ。あの辺仕切ってるチンピラ共に」
「仕切ってるって……」
「そいつらが勝手にそう言ってるだけだがな。なんでも、最近売れてきた俺たちのことが気に入らねえらしい」
隆二は頬のアザに手をやる。
「気に入らないって、どうして?」
「ああいう連中ってのは、自分たち以外の人間が派手に活動することを好まない。ヤクザを気取ってるのかなにか知らねえが、自分たちの縄張りで余計なことするな、とよ」
「そんな、それだけで暴力を!?」
「それだけで十分なのよ。アイツらは」
楽屋の突然ドアが開き、ツグミが入ってきた。
「ツグミ……聞いてたのか」
「たまたま耳に入ったから。ねぇ、隆二。アンタをボコしたのって、どんな奴?」
隆二はしばらく考え込み、天井を見つめながら答えた。
「確か……金髪で、派手なグラサンかけてたな」
「そいつ、聞いたことある。そのグループのリーダーで、確か名前は……」
ツグミがその名前を言った時、太一は目を見開いて驚いた。その名前は、小学校で太一と同じクラス、そして同じ”いじめられっこ”だった、ある生徒と同じ名前だった――
「ええと、どこにやったんかのぅ……」
”じぃ”は部屋中に散乱した試料用の書類や本をかき分けながら、あるものを探していた。
「なにせ何年も昔のメモやかいなぁ。捨てた覚えはねえっちゃけんど」
「ちゃんつ片付けんかいよー、じぃ」
雛子も探すのを手伝う。撮影はほぼ完了したのだが、ラストシーンの歌の歌詞がいまだに見つかっていないのだ。”じぃ”と雛子が必死にメモを探しているのだが、かれこれ3時間かかってもはかどらない。それにしても、この二人だけになると方言が丸出しになる。
「はてはて、一体どこにやってしもうたっちゃろうか」
「ふえぇ〜。見つからんなかったらどんげしよ〜。練習できる時間もあと1か月しかないとにぃ〜」
雛子が焦った声を出す。すると、”じぃ”は手を動かすのをやめてその場に座り込んだ。
「じぃ、どげんしたと?」
「……いっそんこつ、お前が新しく書いちみらんけ?」
「えっ……う、ウチが〜っ!?」
雛子は驚くが、”じぃ”は平然としている。
「うん、それがいいかもなぁ。昔ワシが書いたのが見つかったとしてん、今ん若えもんたちにゃあ受け入れられにくいやろう。だったら若えもんが書いた方がいい」
「や、やけん……いいと? ウチで……」
珍しく自信のなさそうな雛子だが、自分の国語能力を知っていれば当然の反応だろう。
「あっそうだ! リンに頼んだら作っちくりゃるやろーか!?」
「ふーむ……それも面白そうやけんな……。どうせやったら、祖父の小説をもとに孫娘が作詞した、ちゅうほうがロマンティックだなぁ」
「う……ロマンチック……?」
雛子は少し考え込んだが、すぐに決断を出した。
「わかった。ウチが新しく作る。けん……リンに手伝っちもらってんいい?」
「おう。よかよか」
”じぃ”が嬉しそうに笑う。
「そんじゃ、早速学校に行って報告してくっわー!」
ドタバタと部屋を出て行く孫の後ろ姿を見送り、”じぃ”はホッと息をついた。
「これでようやくタバコが吸えるわい……。可愛い孫に副流煙吸わすわけにゃあいかんかいなぁ」
そのころ学校には、休日にも関わらず作業に打ち込む男たちがいた。コンピューター室を借りて録画の編集をしている夕紫と凛、そして美術室で本番用の絵を描き始めた夜季だ。
もっとも、この中で一人だけ暇を持て余している者がいる。
「……ユーシがスゴすぎて、やることがないよ……」
夕紫のサポートに来た凛である。なにしろ、夕紫は一度脚本を見ただけでどの部分をどう編集するのかを覚えてしまい、あとはひたすら無言で作業(これも、本を見て覚えたばかりの技術だ)するばかりである。
「壬織や衛さん、他の人たちは今日は休みだって。もう出番を終えた人たちもいるけど。メインメンバーは唖倉先生が歌詞を見つけ次第歌の練習に入るから、今のうちに休憩させておくみたいだよ」
当然、夕紫は何も言わない。黙ってパソコンの画面と向き合っている。
「ヨキの手伝いでもしたいんだけど……スーコさんに一人でやらせろって言われてるんだよね」
やがて今日の作業が終わり、データを保存したディスクを鍵の付いた保管棚にしまう。その時、ふいに夕紫は視線を入口のドアに向けた。
「? ユーシ……?」
その方を見ると、ドアのガラス越しに人影が見えた。
「誰?」
凛が尋ねながらドアの方に近付き始めた途端、その人影は逃げるように去って行った。
「誰だったんだろう……?」
部屋を出る時になって二人は異変に気付いた。
「あれ、鍵が上手く回らない」
方向を変えて何度か試すが、鍵が使えないのだ。夕紫が鍵穴をのぞくと、中になにかがねじ込んであるようだった。
「どうした?」
課外授業のために学校に来ていた教師がたまたま通りかかり、凛は事情を伝えた。教師は中の詰め物を出そうとするが、金属製のものをよほど強引に押しこんだらしく、取り出すのは難しい。
「ふーん。妙なイタズラをするやつがいるもんだな。そのディスクはちゃんと棚に鍵をかけたんだろ? だったら大した問題じゃないな。明日にでも鍵の業者を呼んで修理してもらうから、受験生たちの課外授業の邪魔にならないように帰りなさい」
腑に落ちないものを抱えながら、二人は夜季の様子を見に美術室に向かう。そして勉強中の教室の隣りを静かに通ろうとした時……。
「おぉ〜い! リーン!」
廊下の奥からバタバタと足音を立てて雛子が走ってきた。
「ちょっとお願い〜!」
「ス、スーコさん、静かに……」
「コラァッ! うるさいぞっ!」
凛の忠告も空しく、雛子は説教を喰らうはめになった。




