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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第二章 ノーサマーデイズ
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ノーサマーデイズ2

「はい、特に何もないですけど冷たい麦茶をどうぞ!」


 頼んでもいないのに甲斐甲斐しくもリンは、氷の入った麦茶を二つテーブルに置いていく。夏には爽快感のある炭酸ジュースも良いけど、やっぱり氷の入ったキンキンに冷えた麦茶が一番だ。

 僕たちがいるリビングは、人類が発明したありとあらゆる機械の中でも最高傑作、エアコンの力によって心地の良い温度になっている。まるでこれは魔法だと、本物の魔法をこの眼で見たのにも関わらず感じてしまう。ああ、文明の利器最高。

 ―――の、はずなんだけど。今は背筋の辺りがぞくぞくと、少しだけ寒く感じる。いや、決して温度を下げすぎたわけでもなく、風量が強すぎるわけでもなく、その、精神的な問題で。

 対面に座るは、いつもの制服姿から打って変わる、色白の肌に良く似合う白のワンピースを着こなした龍音寺が、麦茶をゆったりとした動作で飲んでいる。

 クラスの女子が家に訪ねてきているだけなのに、まるで異次元空間に迷いこんだ様な違和感を感じるのは何故なのか。確かに、クラスメイトが家に上がっている状況なんてかなり珍しい事もあるけど、自分が生まれ育った家にいるはずなのに全く落ち着けない。

 心の動揺を隠しきれないで路頭に迷っていれば、リンがこれまた何故か実に楽しそうな顔のままそばに寄ってくると、なにやら含みのある声色で耳打ちをしてくる。


「えへへ、空気の読める妹は颯爽とこの場から去ってあげます。とりあえずお母さんには内緒にしておくからね、お兄ちゃん」


 何かを言い返そうとする間もなく、有言実行と言わんばかりに、機敏な小動物の如く颯爽とリビングから退出していった。やはり9秒台というのは伊達じゃなさそうだ。

 

「ねえ、中山田くん」


「あ、はい!?」


「メール、あれで打ち方間違ってなかったかしら?」


「いや……全然あれは、問題なかったよ」


 特に問題は見当たらない。女子高生が送ったメールだとは思えないあまりにも事務的なメールだったけど、別に要件を伝えるメールとしては間違いではない。


「なら良かった、携帯電話ってなんだか難しいから。そろそろ連絡手段として一台は持っていた方が便利かと思って購入してみたけれど、色々機能がありすぎてちょっと困るわ」


 今更だけど正真正銘の容姿端麗。期末テストでは学年トップに並ぶほどの頭脳明晰。

 どこにも隙が見当たらない完全無欠だと思えていた龍音寺は、何故か機械的な物に関してはアナクロらしく、携帯電話も今まで敬遠していたらしい。買っても連絡を取り合うのは父親のみくらいなので必要だとは思えなかったとか。

 ひょっとすれば、あえて買わないようにしていのかもしれない。考え過ぎかもしれないけれど、人間関係に関してはどこまでも不器用な龍音寺だからありえない話しじゃない。

 そんな龍音寺が、携帯電話を買ってそれを積極的に使おうとしているのだから、これは良い傾向なんだろう。それに今時の女子高生に限らず、携帯電話はあって困ることのない必需品だ。


「そりゃ初めての携帯電話って言うんなら、操作とかちょっと難しいかもな。でもその調子で使えてたらすぐに慣れるし、メールと電話ができれば、一応携帯電話としては問題なく利用できていることにはなるから、大丈夫だよ」


 なんて風に、龍音寺に先輩顔できる事に少しだけ気分が良くなってしまう。いや、これもただ単に、携帯初心者にわかりやすく教えてあげようという、慈愛の精神からくるものなのだから全然問題ない、ノープロブレムだ。


「そう、それなら安心したわ。それじゃあ早速ひとつ聞きたいことがあるのだけど……教えてもらえるかしら?」


 やばい、この感覚は実に悪くない。クラスのマドンナ的な美少女に教えを請われるというシチュエーション。相手が龍音寺なだけに両手を振って素直に喜べないのが微妙なところだけど、そこは我慢しておこうじゃないか。なんせ、僕が入っているのは、部活は部活でも、帰宅部という、寄り道せずに家にまっすぐ帰るだけが内容の誰とも関わり合わない部活動だ。

 そりゃ誰とも関わり合いたくない面倒くさがり屋の僕にとってはピッタリの部活になるけど、もちろん後輩もいなければ先輩もいないので、教える事も、教わる事もない。まあ、帰宅部で何を教え、教われば良いのか検討もつかないけど。 

 普段なら、他の誰かに聞いてくれ、と思う所だけど、今回ばかりはレクチャーしてやらない事もない。

 龍音寺に対して、こんな事でも上の立場に立てるという滅多に無い機会だ。思う存分教え倒して優越感に浸ってやろうじゃないか。


「ちゃんとメールが届いていたというのに何の返事もしなかったというのは、ケータイ初心者の私を嘲笑うかのように無視をして楽しんでいたという事なのかしら?」


 あ、墓穴がっつり掘った。


「それともメールが届いたらすぐに返信せずに相手を焦らしてから返す、という恋愛テクニックを私に披露しようとした為なのかしら?」


「いやいやいや、どっちでもないよ特に後者の方!」


「じゃあ、何なのかしら? いたいけな女子校生を紫外線たっぷりの太陽の下で何時間も待たせる理由が他にあったのかしら」


 いたいけかどうかはイマイチわからないが、あのメールから何時間も待たせてしまったという事であるならば、それは確かに申し訳ない事をした。僕だったら、五分も待たずに帰る自信はあるけども。


「その、ごめん! メールが届いた時には寝てて、気づいたのもついさっきだったから返信する事ができなかったんだ」


 暑いから、という理由で断りの返事をしようとしていたことはひとまず黙っておこう。火に油を注げば大火事どころで済まなくなりそうだからな。


「嘘よ」


「……は?」


「私、嘘つきなの」

 

 どことなく笑みを浮かべている様な気がする表情で淡々と言う。

 夏休み一発目の何度も聞いたお決まりの台詞。ああ畜生、やられた。

 よくよく考えてみれば、何が紫外線たっぷりの下で何時間も待たせるだ。ワンピースを着ているからいつもは見えなかった悩ましくも魅惑的な肩。そこから腕にかけて、いつも通りの陶器の様に白い肌は健在で、どこも赤く、日焼けしている様には思えない。

 これまたお決まりに誇らしげに胸を張るのだけはやめてほしい。制服姿と違っていつもより二つの山は強調されていて、そのポーズを取られると、少しばかり視線に困ってしまう。


「テストメールの代わりに送っただけだから気にする事はないわ。それに、どうせ中山田くんの事だから、あのメールを送っただけでは適当な理由を作って断りのメールを返してくるでしょうから何の期待もしていなかったわ」


 図星過ぎて何も言い返せない。

 なんですか? さっきの妹と言い、最近の女子は読心術を嗜むのが常なんでしょうか? 怖くて迂闊に喋る事ができない。

 とにもかくにも今回ばかりは嘘で良かったんだけども。それじゃあ龍音寺は一体何故、家に来たのだろうか? てっきり集合場所にいつになっても来ないから、痺れを切らしたのかと思ったんだけど。

 すると、テーブルの上におもむろに紙袋が置かれる。何が出てくるのかと一瞬身構えてしまったけど、よく見れば紙袋の隅には『花門堂』という文字が書かれている。

 中を覗いてみても仰々しい包紙が見えるだけでイマイチわからなかったが、花門堂という名前だけは聞いた事がある。確か、商店街の中にあるここいら近所で唯一の和菓子屋で、何十年も前から続く老舗だとかなんとか。

 和菓子も別に嫌いじゃないし、むしろ好きな部類には入るのだけど、気軽に食べたいとなると、やはり叔母さんのケーキ屋に足を運んでしまう。

 それに確か、花門堂は老舗なだけあって値段もいい感じにお高いはずだ。


「この前のシュークリームのお礼……あれ、凄く美味しかったから」


 シュークリームのお礼? と一瞬首を傾げてしまいかけたが、冷房の効いた部屋で記憶回路が良好の為、すぐに思いだせた。

 夏休みに入る前。謎の組織の連中とひと悶着あり、それから墓場公園で衝撃の過去を聞かされたあの日。

 さすがに外も暗くなり帰ろうかと思っていたところ、「あら、そういえばシュークリームは?」と思い出した龍音寺。

 心身共に疲れきっていた身体はそれを無視して立ち去ろうとするも、『どうしても、絶対に、食べたい』と言葉にせずとも誰でも分かる表情をして詰め寄ってきたので、足を止まらせる以外に思いつかなかった。……全く、無表情で人形的な龍音寺はどこに行ってしまったのか。下手すればそこいらのドラマの女優よりも喜怒哀楽がしっかり表現できているじゃないか。

 シュークリームにかける情熱に負けた僕は、そのまま二人で商店街にある叔母さんの店に向かった。さすがに閉まっているだろうと、予想した通りにシャッターが閉まっていた。

 龍音寺の残念そうな顔を見ようか、見ない方が良いのか悩んでいれば、横の店員用入口から偶然出てきた叔母さんが、たまたま売れ残ったパイシュークリームを二人分渡してくれた。

 その時の喜びようと言ったら。


「やたら美味そうに食べてたもんな」


「そう、かしら……でも、本当に美味しかったわ」


 今は、大変すました顔をしていらっしゃいますがこのお嬢様。お目当てのシュークリームが偶然にも食べられると分かった瞬間、普段のテンションとは正反対も良いとこ、その場で飛び跳ねて喜んでみせたのでさすがに驚いた。

 結構シリアスで重い話をした後だったけど、そんなものを全部、一時的にでも吹き飛ばしてしまう位の衝撃はあった。

 あれだけ解りやすく喜んでくれれば、お礼なんて必要なかったんだけどな。現に、目の前にいた叔母さんは自己紹介を済ませる事もなく、既に龍音寺の事を気に入っていたみたいだし。それに、余り物のシュークリームを偶然にもらっただけで、下手をすれば僕は何もお礼される覚えが無い。

 でもまあ、この暑い中わざわざ持って来てくれた物を無下に断るわけにもいかないし、ありがたく頂くことにしよう。


「わざわざこんな良いものありがとな。さっきまで居た妹や母さんが喜んで食べるだろうよ。……そういや、あの後にも店に行ったのか?」


「ええ。でも毎回、学校が終わる頃には売り切れてしまっていてあれから一度も食べれてないわ。……本当、美味しかった」


 表情は変えずとも、よだれが今にでも出てきそうな雰囲気を見て、つい笑いそうになる。

 自分のお気に入りの身内が営む商品をそれだけ気に入ってくれるのは、なんだかこそばゆい気分にもなるが、悪い気分にはならない。

 毎回、と言ってるが、まさかあれから毎日通っているわけでもないだろう。夕方の時間でも売れ残っている日もあるが、かなり希だ。だいたい昼過ぎ、丁度おやつの時間に合わせて売り切れてしまう。それくらいに人気があるので、多く作る月曜日でなければなかなかありつけない。


「じゃあ、普段は数も少ないし難しいから龍音寺の分、取り置きしておいてもらう様、叔母さんに言っておこうか? そうすれば学校帰りでも間違いなく買えるだろうし」


 基本、人気商品なので取り置きはできないけれど、僕からの紹介であれば問題ないだろう。前回、顔も見ていることだし。

 それに、運がよければ人が良い叔母さんの事だ。龍音寺が一人で買いに来てもなんだかんだとサービスしてくれるに違いない。


「嬉しいけれど、それは身内でもない私がお願いするのはさすがに差し出がましいわ。中山田くんの叔母様に迷惑をかけるし、それと私以外にもきっとあのシュークリームを楽しみにしている人もいると思うの。それを横入りして食べようとするのは良くないわ」


 飛びついて喜ぶかと思えば、意外にも正論で返された。

 言われて見ればその通りかもしれないけど、変なところ律儀というか、真面目というか。……その思いやりの精神を少しでも僕との普段の会話に分けることはできないのだろうか。


「そうか。別に叔母さんはそんな事は何も気にしないと思うけどな。龍音寺の事やたらめったら気に入っていたし」


「そうかしら? でも凄く暖かで元気な方だったわ。あれだけ暖かい人だからこそ、パイ生地サクサクのとろけるカスタードクリームが入った美味しいシュークリームが作れるのね……」


 人柄で味が決まるのかどうか一切わからないが、目の前で一生懸命頷きながら納得しているのを見れば、きっとそうだろうという気持ちにもなる。 


「だから、中山田くんにお願いがあるのだけど、今度の月曜日に一緒に行ってくれないかしら」


「一緒にって、お店に?」


 こくん、と頷くの見て、首を傾げざるをえない。

 わざわざ僕と一緒に行く必要はないかと思うけどな。夏休みで学校が休みだから狙おうと思えば開店と同時に買いに行ける事だし、手に入らないことはまずない。

 ―――いや、ちょっと待てよ。待つんだ中山田龍之介。ひょっとすれば……これは龍音寺からのデートの誘いになるのではないか?

 夏休みにわざわざ男子を誘うとなれば、普通に考えて理由はそれくらいしか考えられない。

 ははは、不器用にも程があるじゃないか龍音寺。そうであるならば、素直にそう言えば良いものを。


「あれだけ、シュークリームが美味しかったから他の商品も食べてみたいのだけど、中山田くんと行けば何かサービスしてくれる可能性が高くなるじゃない。一人で行くよりも確実に効率が良いわ」


「あざといっ!?」


 そりゃそこまで期待していなかったけど、ここまで堂々と言われると清々しささえ感じるわ。僕が行くことで何の効率が上がるって言うんだよ。


「……いや、別に良いけど。そこまで期待すんなよ? その日の混み具合によって変わってくると思うしさ」

 

「もちろん心得ているわ。じゃあ……よろしくお願いします」


 深々と頭を下げられる。たかだかシュークリームを一緒に買いに行くだけの話なのに勘弁してほしいもんだ。改めてシュークリームへの執着心が伺える。もうここまできたら執念にも近いだろう。

 きっと、今度行くとしたら売り切れを考えて昼頃には集まらないと行けない。燃え盛る太陽の光りを浴びなければいけないと思うと、気が滅入る。だるい。面倒くさい。

 とまあ、これくらいのお願いだったら聞いてやらないでもないか。魔法や、悪魔だの、それ関係の悩み事には何の力にもなれる気がしないし、それに比べればシュークリームを買いに行く手伝いなんて、楽勝にも程がある。

 ああ、それにしても少し考えすぎだったのかもしれない。メールだって、深読みし過ぎないで普通に返せば良かったんだと、今回ばかりは思う。

 先日、あんなことがあったばかりで僕のチキンハートはビビリまくって、さらに縮こまってしまったのだろうか。龍音寺が絡めばなんでもかんでも何か面倒な事が起こる前兆と決め付けるのは、いささか早とちりだったのかもしれない。

 それに凄腕の占い師や預言者でもあるまいし、毎度毎度嫌な予感が的中するはずもな――。


「―――それじゃあ、本題に入るわね」


 平然と話し始めた龍音寺に、まあだよね、と思ってしまった僕のチキンハートは平常運転。ほんの少しだけ成長を感じれた事に涙が出そうだ。




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