非才陰陽師-3
私が自分の家の可笑しさに気付いたのは小学校に入ってからだった。
家は純和風。敷地は広くて、石庭もある。古風な、周りから浮いた家。遊びに来る友達はみんな、変わっているおうちね、なんて言った。
でもね、なんて。でもね、可笑しいのは家なんかじゃなくて住人なのよ。
陰陽師、って。
ホントか漫画とかで一時期はやっていたやつ。うちは、そう言う家系。といっても、私は分家の娘だけれど。それでも私は子供の中で一番の才能があったのよ。
見鬼、って言うのだけど。知っているかしら。それが特に突飛していて、本家の人たちからはとても可愛がられていた。修行修行って言われて、見たくないものを無理矢理見せられて。それでもお仕事の終わりにはお疲れさまって、頑張ったねってみんな優しく笑ってくれるの。今日も偉かったね、なんて。飴玉をもらったり、抱きしめられて頭を撫でられたり。
少し可笑しな、愛にあふれたおうち。ほんの少し嫌で、幸せな毎日だった。
それでも、そんな私とは反対に、本家の人たちから嫌われていたのが、あの子だった。
赤坂ユイ。本家の、一人息子。
小柄で女の子よりもずっと可愛い彼。本家の子だけど才能がなくて、でも血気盛んなところだけは受けついでいて。学校ではしょっちゅう喧嘩して、古くから続く家らしく世間体を大事にする大人たちはみんな彼を嫌っていた。
今だからわかる様な酷い罵倒。子供心にもトラウマを植え付けられるような仕打ち。
私の前ではあんなににこにこしていた大好きな人たちが、彼の前では恨み辛みに醜く淀む霊魂よりも、ニュースで見る犯罪者よりも恐い顔をして彼を傷つける。
とても怖かった。たった一人によって豹変する彼らが。……私はいつも、目をそむけていた。
そんな私が初めて彼をちゃんと見たのは、中学校に入ってから。
当主であるおじいちゃんは唯一彼を嫌っていない人だった。しわくちゃの顔でぼろぼろの彼の頭をそっと撫でる。彼はそれを振り払って、おじいちゃんを睨みつける。何も信じてない様な、苦しんでいる様な、そんな瞳で。ああ、そうなの、なんて。大人の前では無表情を貫いていた彼のはじめての顔に、興味を持つようになった。
おじいちゃんに手伝ってもらって、彼と話すようになった。
はじめは無表情で私なんて眼中になかった彼は、次第に返事をしてくれるようになった。
ねえ、ユイくんはむのうなんかじゃないよって。
私みたいに触れることはないけれど、見えるんだよって。
払うのは苦手だけど、護符とかを作るのはみんなよりもとても上手なんだよって。
ユイくんは、本当はすごく頭が良いんだよって。本当はすごく頑張り屋さんなんだよって。
笑うとね、すごく可愛いんだよって。
ちゃんとみんなに言わなきゃいけなかったんだ、私。
目の前の幸せだけを見てるんじゃなくて、ちゃんと現実と向き合わなくちゃいけなかったの。
傷だらけの小さな体を見て見ぬふりして、一人で馬鹿みたいに笑っていたから、罰が下ったの。
ばかだなあ、私。
それに気付いたのは、彼が突然家からいなくなってからなのよ。
いつものように学校に向かう小さな背中に違和感を感じて、それでもその背中に手を伸ばさなかったからなのよ。
ばかだなあ、私。
きっともう、あの子は私を見たりなんかしないのよ。
曲がり角に二人寄り添って消えていった背中を、私は見ることしかできない。
小さな期待。左腕についてるはずの数珠さえ、シルバーのアクセがかわりに巻きついている。
勝手に妄想して期待して舞い上がって落ち込んで、本当にばかね。
それでも、それでもね。
罪悪感交じりの初恋を、今日も私は大切に育てていくのよ。
馬鹿につける薬はないって、そういうことなのかしら。
――行かないで、なんて。
そんな言葉を口にできる資格は、ないのよ。