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SCARLET  作者: 九条 隼
SCARLET:天才たちの話
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やさぐれミュージシャン・裏-2

 それは、憎たらしい位良く晴れたある日のこと。



 二度目の中学生活はやはり自由で退屈で、俺は放課後何をするでもなく学校に残り教室という教室を歩き回っていた。じきに休みになる。前までは、時間も気にせず曲を作れる、とか聞ける、とか言っていた。……思っていたんだ。


 ……初めてだ、こんなのは。

 今までの俺にとって、音楽というのは唯一無二の限り無いものだった。ずっと傍にあるもので、俺は昔からそれを追い求めるのがどうしようもなく楽しくてしょうがなかった。だけど、生まれ変わって。再び天才と言われて。神童だと騒がれて。……限界を見つけてしまって、失望した。

 こんなにもくだらないものだっただろうか。こんなにも味気ないものだっただろうか。

 コンサートを見に行ったって、演奏をしたって、満たされなかった。


 俺はその時、まるで抜け殻のようだった。



 そして、俺はその人に会ったのだ。


「よーう、暇そうじゃん。ちょっと俺と遊ばねえ?」

「……」

 チンピラだ。

 茫然とその人の顔を見上げて、随分高くにある顔を見上げた。広く開けたワイシャツに指定外のカーディガン。その胸につけられた、ぼろぼろの名札。

 この中学って、こんなに「そういう」人がいたのか。

 そのまま逃げようと一歩足を後ろに引いたところで、背筋が凍った。


 名前も薄れたそのプレート。

 かろうじて読める文字。

 近藤、と。

 近藤政彦、と。


 その昔、「あの」物語で。


 ああ、実際に見るのは、三人目だ。

 一人は、紅葉先輩。もうひとりは、ミズキ。不干渉な、無関心な二人ならばと思っていたけれど、まさか、この人に話しかけられるなんて思っていなかった。

 近藤政彦――マサヒコ。頭の中で幼い少年が薄笑いを浮かべて俺を見る。

 もしかして、なんて嫌な予感が頭をよぎる。

 じわじわと不安が足元からせり上がってくる。

 マサヒコは、マサヒコはあの中でも特に大人が嫌いだから。仲間に、異常なまでに執着するから。過保護、だから。

 だから、もしかして、なんて。



 ふわりと微笑む、紅葉先輩の姿が、脳裏をよぎった。



「無言は肯定とみなしまっす。オラ、さっさと行くぞ暇人!」


 快活そうな笑顔と、すこし幼さの残る無邪気な姿。俺の腕をつかむ力は加減をしているのであろうけど痛い位強い。

 ああ、間違いない。間違いないや。あいつだ、あの、「災厄」のキャラだ。

 俺のことなんて気にも留めずに機嫌よく歩くその人は、漫画でみたよりもずっと明るくて大人びている。五年も経てばそう、なのかもしれないけれど。体が勝手に震えている。

 マサヒコというやつは、主人公組と出会って、様々な情報を提供するいわばスパイの様なやつ。仲間になって、いざこざも一緒に乗り越えて、……そして最後に、全部ウソだよと笑って裏切るような恐ろしいやつだ。大人が嫌いで、主人公の様な純粋な奴が嫌いで、仲間しか信じない様な人。

 そんなやつが今、俺の腕を引いている。


 ああ、死んだな……。


 くそ、まだ作り途中の楽曲があったのに。ああ、今度はロック系に挑戦したかったのに。チケット買ったのに来週のライブにいけないや。そういや、大した会話もしてない両親だけど、一度も孝行なんてしてないな……。一度くらいは北海道で蟹食いたかったな。

 なんて思いがよぎって、笑った。


 あーあ、くだんね。

 こんなときでもやっぱ、真っ先に出てくんのは音楽かよ。

 結局それでもやっぱ、音楽に未練はあったのか。

 何故だか酷く落ちついた。

 二度も死ぬのなんて御免だよな、そうだろ? あんな痛い目に合うのは嫌だ。また、世界が一瞬でなくなるような思いをするのは。


「放せよ」

「ん?」

 どうせ死ぬんだったら、抵抗くらいしてやろう。


「放せってば! 俺なんてあんたにとっちゃどうだっていいだろ!」


 そいつは俺の目を覗き込んで、無表情になった。


「こっ……」


 ここここわいいいいいい! あ、無理。やっぱ死ぬ。クソッあの澄まし顔したグズの記憶が戻るように嫌がらせしてやろうと思ったのに……!

 あいつ、あいつ来世覚えてろよぜってえ苛め倒してやる……!

「ぎゃははははっ! え、なにお前っい、苛められるとか思ってたわけ!?」

「……は?」

「あっははは! んなわけないだろっ! 何知ったかしてんだか知らねえけど、ゲームやろうと思ってただけだって! 赤緑ブラザーズですうー!」

 腹抱えて笑ってやがる。……ばしばし俺の背中叩いて、爆笑してやがる。

 ……。

 なんだこいつ、むっかつく! 知ったかって、知ったかぶりってことだよな!? ふりじゃねーし、知ってるだけだし! ってか、いつまでひいひい笑ってんだよ! 肩痛いわ!

「お前、あれだろ? 天才くんだとかなんとか。んじゃ、ゲーム得意だよな?」

「……ゲームは、まあやるけど。天才とか何とかは、作曲のことだけど」

 深呼吸しながら言ったアバウトな考えに、なけなしの勇気で答えた。笑いすぎなんだよ、なんだよそれで息切れって。

「ふーん、そう、曲う? ……曲?」

 そいつは驚いたような顔で俺を見て、「あ? ……作曲? すんの?」なんて首をかしげた。……なんだそれ、なんか、思ったより、普通な人だ。普通の反応だ。どっかで見たことあるや。……ああ、そうだ、紅葉先輩。あの人も、身構えてたら普通にいい人だった。ミズキちゃんも、そりゃまあ協調性とかはないけど普通に授業受けたりもしてるし。

「んじゃさ、これ、俺らが演奏したんだけど。聞いてくんね? んで、アドバイスして」

「は? ……はあ、いいけど」

 ごそごそあさってポケットから出されたミュージックプレイヤーを受け取って、イヤホンを耳にはめる。ほんとはヘッドホンのが好きなんだけど……まあいいや。


「……」

 誰が歌っているのか、まず最初に聞こえる低い声。アップテンポでノリの良い、聞きやすい曲だった。控え目にドラムやギターの音が響いて、中盤くらいでアルトの聞きやすい声が重なる。何を言っているのか、何処の国の言葉なのかは分からないけど切ない響きがあって、……。



 ああ、そうだ。


 これだ……!




 一曲目が終わる。途中から息が止まっていたらしく、話そうとすると途端にむせた。気を取り直して張本人に捲し立てようと目を向ければ、その人は随分先の廊下で立っていた。



「すげえだろ、うちの演奏!」

 にっと笑ったその人は、片手を上げて俺に叫ぶ。





「けど、まだ足りねえんだ。作曲が偏り過ぎてつまんねえ。キーボードも、できる奴がいねえ」


 こっちを見ながら、目の前の教室を開ける。

 微かに、誰かの歌声がきこえてきた。


 ああ、そうだ。確かにそうだ。この人たちの演奏には、まだ、何かが足りない。……完成させてやりたい。完成したこの人たちの音楽を聞きたい。そして、完成させるヤツが、俺ならば……!



「お前、やりたくなったんじゃねえの」

 すっと目を細めて中学生には見えない様な笑みを浮かべたその人に、俺はしょうがないから、と答えた。




「しょうがないから、あんたらの音楽、作ってやる! こんな荒削りの曲、たかが知れてるから!!」



 きっと、俺はこの音楽を探してたんだ。





 胸が熱くなって、心臓がばくばくと音を立てた。



「へえ、やってみ」

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