やさぐれミュージシャン-3
ああ、やはりここだったか。
正樹は寂れた公園でやさぐれたようにブランコをゆっくり揺らす後ろ姿をみつけて、足を止めた。ふわふわと揺れる髪が曲がった背中が不機嫌な猫の様で、小さく噴き出した。そしてほんの少し、目元が熱くなった。
記憶を思い出してから漸く二週間。互いの部活動がない放課後、必ずと言っていいほど寄ったそこに、琥珀はいた。
ずっとここに通って時間を潰していたんだろうか。テスト期間なのに、頭が良いわけでもないのに、余裕な奴だ。まるで、見つけてくれなんて思っているようで、相変わらず女々しいなだなんて笑いとばしてやりたくなった。
「コハク」
呼びなれない名前を口にして、正樹は琥珀に近寄った。弾かれたように顔を上げた彼は、正樹の顔を見て居心地が悪そうに顔をそむけた。
「ごめん、言い過ぎた。悪い」
「……」
何と言って良いのかわからない、といったところだろうか。視線が右に左に彷徨っては意を決したように正樹の顔を見て、言おうとしていた言葉を忘れたかのように口を開けて停止して、また視線を泳がせる。まだ許してはくれないだろうかなんて、正樹は叱られた子どもの様に琥珀を見て、もうひとつのブランコに座った。
「……その、いつ、クレハ達と会ったんだ?」
「ぶちょ……あ、えっと、紅葉さんは、入学式の、後」
琥珀は顔を伏せて、小さく笑った。ゆるゆると緊張がほぐれて、子供みたいに笑う。ああなんだか懐かしいななんてぼんやり思って、頷いて返した。
「入学式のとき、壇上に上がった人を見て、本当に驚いたんだ。……だって名前、全く一緒だし。見た目も小さいときはああなんだろうって顔だし。まあ、綺麗度だとかは三割増だけど。すげえテンション上がってさ、……でもさ、すげえ怖かったよ。ここはどこなのかなとか、夢でも見てんのかなとか、ほんとうに現実なのかなとか一時期はリスカとかしたりしてさ、でもやっぱり痛くて、死にたくなくて、独りになった気がして、気が狂いそうだったんだ。……なのにお前、俺のこと全く覚えてねえし」
「……悪い」
別に、と琥珀は小さく答えた。思ってもない様な、まだ根に持っているだろう声だった。
「その日、自販機探してたら幹に寄りかかって寝てる人見つけてさ。別に何か思ったわけじゃないけど近寄ってみれば紅葉さんで、ビビって逃げようと思ったら声かけられたんだ。そしたらさ、意外と普通でさ」
「……うん」
「すごい、穏やかに笑うんだ。色んなこと教えてくれてさ。あそこの飯は上手いだとか、あそこは楽しいだとか、普通の人みたいに。すごく、優しくてさ。漫画なんか、嘘なんじゃないかってくらいに。……でも神隠しとか本当らしいし。本人に聞いたわけじゃ、ねえけど……」
お前も、あいつらのことになると随分穏やかだな。声には出せなかったが、正樹は小さく笑った。
「マサ先輩は、それから一週間後位かな。廊下歩いてたら、ゲームしないかって言われて、どうせ暇だろって連れて行かれそうになったんだ。殺されるかと思ったけど、本当にゲームするみたいでさ。話してるうちに俺が作曲やってるってこと初めて知ったみたいで、それで……それで、あの人たちの曲を聞かされたんだ!」
だんだんと熱が篭ってきて、ついには早口になった。控え目だった声もやたらと大きくなってくる。伏せていた顔はもう、空を見ていた。
分かりやすい奴だなんて思いながら地面を見つめ、正樹はブランコを小さくこいだ。
「やばいんだ、それが! 後から聞いたんだけど、マサ先輩と部長……紅葉さんが歌って、ユイ先輩とリッカ先輩は演奏で。今まで聞いた中で、一番の演奏だったよ! そしたらマサ先輩が、俺を入部させてくれたんだ。リッカ先輩とユイ先輩は、その時初めて会った。すごい睨まれて、すごい嫌がられてさ! でも、部長が来るとぴたっと止まるんだ。マサ先輩が言っても聞かなかったのに、部長が部室に入っただけでだよ! すっげえよな、やっぱりリーダーなんだなってちょっとミーハーになったりして! そんでそれからリッカ先輩が全員分のお茶入れてさ、ありえないくらい長閑なんだ。そしたらミズキちゃんが部室に入ってきてさ、俺見て、ちょっと嫌な顔したんだ。でも部長みるとぱっと笑ってさ、犬みたいに駆け寄るんだよ」
固い土を見つめていた正樹は底抜けに明るい声に思わず顔を上げて、ぽかんと口を開けた。そんなことすら気付かないで、琥珀はけらけら笑ってブランコをこいだ。
「普通の、普通の部活みたいだったよ。そりゃ、あんなクセのある部員なんていないけどさ、それでも活動してる時はただの学生でさ! ……そうだ、部長って、本当はすげえ口が悪いんだ。いつもは穏やかなんだけど、読書邪魔したり本破ったりすると頭を鷲掴みにしてさ、泣いて謝っても許してくれなくて超怖いんだ。一回ユイ先輩と喧嘩してたマサ先輩が本に花瓶の水かけてさ、そしたらマサ先輩すげえ勢いで謝るんだ。何かと思ったらさ、今まで何があっても怒んなかった部長が、無表情になって先輩屋上に連れて行こうとしてさ。もうすげえ怖かった! あれ絶対屋上から落とそうとしてたよ! でも、ミズキちゃんが帰ってきたら手ぇ放してさ、買ってきてもらったたい焼き食って『次はねえからな』って笑ってさ」
あの人がか。……あの、いつも余裕な顔した人が。今でも美少女だとか誤解されている人が、か。意外だなと言って笑うと、琥珀も同じように笑った。まあ、嫌な予想外だけど。……なんて。
「みんなそうなんだよ! マサ先輩は酷い人かと思ったらすげえ面倒見がいいんだ。テストの時なんかは自分もやばいのに俺の方見てくれてさ。まあ、結局一緒にゲーム始めちゃうんだけど。あの人、案外ホラーゲームが好きでさ、でもやってると凄い叫ぶんだ。ゲームとか漫画が好きみたいでさ、二人でよくやるんだ」
お前、両方好きだもんな。趣味わりいけど。正樹は楽しそうにはなし続ける琥珀を見た。
「リッカ先輩はさ、凄い人間恐怖症でビビリだけど、案外しっかりしてる人でさ。マサ先輩とユイ先輩が喧嘩してる時は何だかんだいって上手く宥めてさ。そんで、料理上手なんだ。特に卵焼きが上手くてさ! 最近はいつも弁当作ってもらってんだけど、本当に旨いんだよ。でも、昔はすごい下手くそで、先輩たちに馬鹿にされてたんだって。部長が最後まで付き合ってくれて、部長の為に料理頑張ったんだって凄い惚気られた」
へえ、あの怨霊が。正樹は首をかしげた。
そう言えば、部員の誰かが黒田のりかは隠れ美人だとか何とか言っていた気がする。いやはや、成長とは恐ろしいものだ。クラスのだれかが黒田のりかの絵がすごいだとか言っていた。
「ユイ先輩はさァ、あの人案外良い人でさ。リッカ先輩がビビってる時は大抵ユイ先輩が傍にいるし、マサ先輩と俺が勉強で行き詰ってる時はアドバイスくれたりしてさ。まあ部長の貞操狙ってる時点で危ない人だけど。しかもあの人、最近俺まで狙ってくるんだけど! 予行練習だとか愛はないとか意味分かんないことほざくんだよ。なのに女子にもててんの! 絶対騙されてるって!!」
なにお前掘られそうなの? 話している琥珀の顔は怖がっているというよりは、怒っているだとか呆れていると言った表情だ。……まあ、合意なら、な。うん。正樹はそっと目を逸らした。
「そんでさ、ミズキちゃんって案外ライバル意識すごくてさ。俺が音楽してる時は絶対傍にいてさ。耳が滅茶苦茶よくて体調崩すからバンドできないんだけど。作曲はできるとか息巻いてるらしくてさ。あんなかで性格的に一番かわいいんだ。人に尽くすのとか好きみたいでさ、特に部長の要望はすぐに答えるんだよ。それでほめられると本当に犬みたいに喜ぶんだ! まあ俺とは一定距離保つけどな」
そっか、と正樹は笑った。琥珀は楽しそうにそうだ、と笑う。
「……部活、楽しいか?」
「そりゃな。昔は音楽なら何でもよかったよ、何処でやってても、やっぱり一人でやってただけだから。……でも、あの人たちの傍でやってると、全然違うんだ。すげえ楽しい!」
「そっか、良かったな」
……ああ、まったく。
正樹は無邪気にはしゃぐ琥珀を見て、苦笑した。
昔は、全然楽しそうに音楽をしていなかった。ただ、命令をこなすみたいにやってただけだったのに。天才と持て囃されて、まわりに言われて、ただ続けてきたのかもしれない。やりたくてやってるんじゃないと、もしかしたらずっと泣いていたのかも。死ぬ間際を、覚えている。こいつの、最期。虚ろな目に壊れたギター。破れた譜面。夢にまででてくるような、衝撃的な、それを。
そうだな、でも、こんなに楽しくできるんだな。
これも、あの人たちのおかげなのかな。……あの人たちも、ただの、他と変わらない「人」なのかな、なんて。
「マサ先輩がな、漫画読んでたときに言ってたんだ。世の中にはパラレルワールドってのがあるんだって」
「……ああ、知ってるよ。Ifってやつ」
もしも、の世界。もしも今日雨だった世界。もしも掲示板に誰かがこなかった世界。もしもこいつと、出会わなかった世界。
「そう、それ。それ聞いてさ、あの人たちは、やっぱり、普通に生きてるだけなんじゃないかなって思って。そりゃあ起こったことは一緒かもしんねえけど、でも細かくはちょっと違うんじゃないかなって」
「まあ……、有り得ない話でもないな」
「それとさ、お前、主人公がつけてた赤いピン、覚えてる?」
赤……ピン? ああ……していたような、していなかったような。すこし長めの髪に、塗りつぶされた二つの線。首をかしげた正樹に琥珀は呆れたような顔をして、ため息をついた。
「してたよ、二つ。じゃあお前、部長会ったことある?」
「まあ、生徒会長だからな。それなりに話したこともあったはずだが……ああ、そう言えばしていたな。ピン」
黒い髪に嫌によく似合う、真っ赤なピンだった気がする。すこし傷がついていたような気もしなくもない。正樹が頷くと、琥珀は得意げな顔をして胸を張った。
「だろ? あれってさぁ……外してると大抵マサ先輩がそれ壊そうとしてんだけど、主人公のじゃないかなって思ってさ。何でしてるんですかって部長に聞いたらさ、金髪の可愛い人に貰ったっていうんだよ」
「金髪? ……主人公は金髪だったか?」
「さあ。表紙とかって大抵学校の景色だけだったから。でも、ありえないことはないんじゃないかなって」
「それで、何故パラレルワールドが出てくるんだ?」
琥珀は小さくわらった。
「だって、主人公置いて帰る時って、クレハは何も持ってなかったじゃん。主人公も普通にピンつけてたし。それにもしつけてなかったとしてもさ、クレハが持ってるだなんて有り得ないよ。主人公のこと、特に何とも思ってないんだから。……何年も、365日つけるなんてさ。だから、ちがうんだ」
「ああ。……まあ、そうだな」
「だろ! つまり、部長は部長ってこった」
「そうだな」
「つまり、……」
急に居心地が悪そうに口を噤んだ琥珀に、正樹はため息をついた。
「わかってる、わかってるよ。漫画とは別物って言いたいんだろ」
「……まあ、そうだけど」
「でもさ、本当は、お前が危ない目に合うんだったらどんな奴でも俺はやっぱり心配なんだよ。……お前がそれでもいいってんなら、俺は何も言えないんだけどさ」
「……つまり?」
正樹はあきれ顔して、困ったように笑った。
「ちゃんと応援してるよ、お前の曲、楽しみにしてる。バンド組む時はちゃんと言えよ」
「……っしょ、しょうがないから、教えてやらないこともねーよ!」
ぱっと子供みたいに笑った琥珀に、正樹は昔のように笑った。
前世からの親友が、漫画で言う魔王とその幹部たちを慕っています。
けど、まあ、……あの人たちも親友を気に入ってないこともないようなので、親友を応援してやろうと思います。
きっと彼らなら、親友のトラブルメーカー体質も受け入れてくれることでしょう。
彼らなら、親友をきっと、大切にしてくれるでしょう。
まるで親離れする息子を見送る様な現状に、正樹はまあ悪くないかな、と空を見上げた。
ああ、じきに夜になる。
やべ……テスト、明日からだ。
ああ、でも本当は。
長年の友人をとられるのは、少し、ほんの少しだけ、悔しいなあなんて。




