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SCARLET  作者: 九条 隼
SCARLET:天才たちの話
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やさぐれミュージシャン-2

 少年は一人、パソコンに向かって頭を抱えていた。彼こそが、可笑しな掲示板をたてた張本人である。

 もちろん、あの内容はすべて事実だ。前世の記憶があるということも、前世の親友とクラスメイトだということも。


「どうするか……」

 少年はため息をついた。上手い言葉が見つからないのである。


 文字にするよりもまず、当時のことを振り返るべきだろう。少年は、赤く染まった空を見上げた。




 あれは、一昨日のことであった。

 少年は件の友人と二人で昼食をとっていた。好きも嫌いもないような、気心の知れた仲である。そりゃあそうだ。前世からの友人なんて、はっきり言えば、家族よりずっと大切で。気が遠くなるくらい昔の話をしたり、今の話をしたり。やはりというべきか誰にも聞かせられるような内容でもないので、二人はいつからか空き教室を利用するようになっていた。

 その日は話をしているうちに、話題が部活動になった。別段珍しい事でもない。彼らの通う中学校は部活動が盛んな学校であり、特に力を入れているからだ。生徒は必ず何かしらの部活動に所属しなけらばならないのだ。

「そういやお前、なにやってんの」

 友人がきれいに巻かれた卵焼きを口に入れて、言った。少年はバスケだ、と肩をすくめる。まさか知らなかったとは、と口にはできなかった。成績優秀な部活動の筆頭がバスケットボール部であり、何度か表彰されている。経験の長い彼はすぐにスタメンに入り、表彰される際は彼が主に前に出ていた。我が部は実力主義なのである。しかしこの目の前のずぼらが。この自分本位なお馬鹿さんがそれを気にするわけがない。

 そうなのか、と興味の無さそうに呟いた友人は、ふと、黙り込んだ。そこで少年は、嫌な予感を感じ取る。


 彼の友人は、思ったことは何でもすぐに口に出さなければ嫌な面倒な性分である。そのせいで様々な人に嫌がられているのだが、本人は直そうとする気もない。そして彼が口をつぐむ時は必ず、「よっぽど」なことなのだ。

 きつい視線に気づいた彼は、やがて居心地が悪そうに口を開いた。


「……俺、軽音楽部に入ってるんだよね」

「……は?」

――ああ、やっぱり!!

 少年は顔をひきつらせて無表情の友人を見た。箸がつかんでいたハンバーグが机の上にぼたりと落ちた。嫌そうな顔をしてティッシュを投げつける友人に、彼は叫んだ。


「お前……何考えてるんだ!?」

 少年がそう叫ぶのも、仕方ないことだ。

 何故ならば彼らは、掲示板に書き込まれたこと以上に、面倒な目に合っているのだから。


「ここが何処だか忘れたのか!?」


――彼等が生まれ変わったこの世界は、残酷な世界だ。


 その昔、二人が前世読んだ漫画のひとつ。それに、少年に幼女、青年が魑魅魍魎の徘徊する校舎を逃げ回る『災厄』という漫画があった。

 やつれた主人公組に、見ることすら吐き気がする様な化け物、それから、血も涙もない様な悪役。少年にとっては結末すら曖昧なほど不出来な漫画であったけれど、ひどく衝撃を受けたことは覚えている。現実からあまりにかけ離れた、残酷さが。醜さが。淡々と読み進める友人に呆れるほど、少年はその中身に恐怖した。

 しかし、所詮は作りものだと。安い慰めに興じて、ふたをした。


 それなのに――




 そこは、『災厄』の世界であった。正確には、その、数年後の現実世界ではあるけれど。



 友人は居心地が悪そうに少年から目を逸らせた。わかってるよ、と蚊の鳴くような声で言う。少年ははっとして頭をふり、ため息をついた。

 空き教室といえど、誰に聞こえているかはわからないのだ。もしもこのことが誰かに……軽音楽部の誰かにバレたら、少年どころかこの友人すら殺されるだろう。あああおぞましい。まさか、まさかそんなことが! 再び失いつつある冷静さをなけなしのプライドでカバーして、深く息を吸った。


「分かってる、分かってるんだ……でも……だって」

 友人は珍しく思いつめたような顔で呟いた。泣きそうな顔だ。幼い子供が迷子になった時の様な、途方に暮れた顔。彼は友人のこの顔に弱かった。

「……悪い、言い過ぎた」

「別にてめーの言葉を気にしてるわけじゃねーし……」

 いつもの言葉に覇気がない。ああもう、なんて面倒な奴だ。


「あの人たち、そんなんじゃないんだ。そんなんじゃないんだよ……」

「……」

 何を言っているんだ――少年は泣きたくなった。


 彼が前世の記憶を思い出してすぐに体調を崩した理由は、何も今と昔のギャップのせいではない。そんな軟な精神をしていたら、小学生のうちに彼は自殺を図っていただろう。

 なにも、少年が声を荒げたのはこの世界が漫画の世界だったからというわけではない。流石に、彼だってこの世界がもう既に現実だということは理解している。

 そういうことじゃないのだ。現実だからと言って、漫画で起こったことが起こらなかったわけじゃないのだ。


 五年前のこの世界を舞台とした漫画の中で、彼が一番恐れを感じた人物が、この学校の――果ては、この大切な友人の部活動にいるのだ。

 記憶は、情報だ。この世界で生き抜くために必要な、情報だったのだ。

 ……この、一見昔と変わらない様な世界には、昔では考えられない様な危険人物がいるのだ。


 冗談じゃない。本当ならば、前世の記憶を思い出した時点で転校してやろうとすら思った。しかしそれをしなかったのはこの友人が、本人かもしれないと危惧していたからだ。こんな、一歩間違えば一瞬のうちに首と胴体がおさらばする様な危険な場所に友人一人を置いていくわけにもいかない。……勿論、彼が現在大切にしている部員たちだって。

 血の気が引くような告白に、少年は焦っていた。

 必死に前世で呼んだ内容を再び思い出す。実のところ、あまり覚えていないのだ。なぜならその漫画はマイナーもいいところで、三巻にして打ち切りになる様なあまりに粗末で退屈なものだったからだ。絵のクオリティ、ストーリーの展開、すべてが平凡というのもおこがましい程だった。そのくせ設定だけは凝っており、まるで小学生のころからずっとあっためていたものを大人になって作り上げたような。……まあ、実際は原作者がいたからのようだが。


 タイトルは『災厄』だ。小説版のタイトルは不明、しかしなかなか名前の売れた作家だった様な気がする。

 とある青年率いる主人公組が奇妙な学校に迷い込み、化け物から逃げながらそこから現実に戻ろうとする話だ。

 気がついたときに立っていた教室の黒板には「ようこそ」という気味の悪い文字が書かれており、青年はそこで身を縮めて震える少女と出会う。それから、しばらくして青年たちを同じように閉じ込められたスーツを着た男や、気が遠くなるくらい前から閉じ込められていた少年と出会う。

 そして、そして……。


 ああ、ダメだ。順番には思い出せない。

 まあ、そこは今必要じゃないだろう。少年は頭を抱えた。必要なのは、「彼ら」の話だ。


 最後に主人公組の仲間になった少年は、たしか悪役だった気がする。所謂、スパイのような。それから、途中で意味深な言葉を残しては姿をくらます銀髪の少年。そして、主人公たちとは直接会いはしなかったものの、時折現れた怨霊の様な陰鬱とした少女と、その少女の手を握り一緒に行動していた少年。主人公が一人ではぐれた際に図書館で出会った、いやにかわいい少年。

 その五人が、危険なのだ。

 歳は確か、十つ。謝罪交じりの後書きに載せられた紹介文は、やたらと悪役五人の物が多かった。


――思い出せ、思い出せ。

 少年は眉を寄せてこめかみを指でおさえた。


 裏切った少年の名前は、マサヒコ。漢字に変換すると、政彦。見た目は普通の無邪気な少年だが、中身は嘘つきな外道。単独行動好きの仲間(悪役の)を纏める役。気に食わない連中――特に大人には冷酷で、残忍。悪役全員の持つ超能力(漫画では出せなかったらしい)は雷。主人公組以前に迷い込んでた連中に手を出して殺した主犯。仲間にはマサと呼ばれる。

 銀髪の少年の名前は、ミズキ。日本の出身ではない。長身で細く、大抵ぼんやりとしている。他の四人とは違い、仲間内では「犬」扱いされているが、本人は大して気にしていない。人前が苦手なのか、大抵は身を隠している。人間の好き嫌いはないが、仲間とその他で区別している傾向がある。超能力は不明。仲間にはミズキかちゃん付けで呼ばれる。

 陰鬱とした少女の名前は、ノリカ。ミズキと同じ出身。前髪がかなり長く、人前だとおどおどしだす。人間不信の人間嫌いで、仲間からはいきすぎた人見知りと言われている。だが仲間内では人が変わったように普通の子。悪役のボスの前では(漫画ではあまり出せなかったらしいが)ただの変態になる。超能力は無効化でコントロール下手な奴とよく一緒にいる。臆病な分反撃に容赦がない。仲間にはリッカと呼ばれる。

 のりかと共にいた少年の名前は、ユイ。小柄で身軽。どこかの陰陽師の子で、化け物の前だと頭に血が上り何をするか分からない。のりかと同じく人間嫌いだが、無愛想な子止まり。悪役のボスの前では同性愛者の変態になる。相手にはされない。超能力はコピー。コントロールが仲間内で一番下手。他人に興味が薄く、生死の境に居る人間を見ても関心が沸かない。仲間にはユイと呼ばれる。


 図書館にいた少年の名前は、クレハ。漢字にすると、紅葉。髪は肩より少し長いくらい。顔は可愛いが髪はぼさぼさで服はぼろぼろ。閉じ込められてからずっと図書館にこもっており、何千とある本を読み続けていた。当時も十分幼いが、幼少期からフェロモン体質というべきか人に好かれていた。その程度は恐ろしく、両親に貞操を奪われかける位。コントロールが気持ち悪いほど上手いためか、現在ではそのようなことは減っている。大抵は大人しく温厚だが、オンオフが激しい。超能力は不明。仲間には紅葉さんと呼ばれる。


――悪役五人。他にもなにかいろいろ書いてあった気もするが、思い出せるのはこれくらいだ。

 漫画のおわりはバッドエンド。後味の悪い終わりだった。五人は主人公たちを利用して外に脱出。マサヒコは茫然とした主人公たちに舌を出してから。ユイとノリカはクレハの腕にひっついて。クレハは一度主人公をみて、無表情のまま。ミズキは四人をみて嬉しそうに笑いながら。

 よくわからないエンド。まるで、ゲームのバッドエンドだ。それと同じくらい印象に残っているのは、奴らの所業だ。吐き気がする様な性根のガキたちは、今までも様々なことをやってきたとかいろいろあった気もする。それまで出会ったやつらを殺したり利用したり、だ。


 ……まあ、一言で言って、「最低最悪」なやつらだ。



 その、五年後。いくら一見丸くなっている様に見えるからって、まさか幼くして道を外した外道が善人になっているなんてあるわけないだろう?



 こいつは、騙されているんだ。――あの、学校に取り残された主人公のように。


 少年は少しの間考え込んだ。退部は可能だ。その後に入部する部活動が決まってさえいれば。意を決して、少年は口を開いた。



「うちに来るか」


 二年の夏。引退まではあと一年といったところだ。スタメンに入るのは無理でも、入部くらいはできる。音楽馬鹿だが、反射神経もいいし素質が無い事もないだろう。

 少年は箸を置いて友人の顔を覗き込んだ。友人は唇をかみしめて顔を伏せている。納得のいかない顔。言いたい言葉を呑みこもうとする、手前の顔。

「音楽が好きなのは知ってるさ。でも、軽音楽部に入る必要はないだろ? 吹奏楽部もオーケストラ部も、他にもいろいろある」

「……違う、あそこじゃなきゃだめなんだ」

「じゃあ、あたらしく同好会を作ったらどうだ」

 友人はぐっと箸を握り締めて、少年を睨みつけた。鬱陶しい前髪の隙間から、こげ茶の目がこちらを睨んでいた。

 短く息をはいて、友人は捲し立てた。


「あの人たちじゃなきゃ、駄目なんだよ!!」

「その必要はない」

「ある!! 俺は、俺はあの人たちと音楽を作るためにこっちに来たんだ、絶対そうだ!! あの人たちは、あの人たちは天才なんだよ! 俺なんか比べようもない位の天才なんだ! でもあの人たちの音楽を完成させられるのは、俺だけだ……!!」

「何故そんなに熱くなるんだ! たかがキャラクターだろう!? それも、あんな外道に!!!」

 そう言いきって、少年ははっとした。

 言い過ぎた。口がすべった。キャラクターなんて、思ってもないことを。外道だなんて、こいつの前で――

 予想通り友人は泣きだしそうな顔でこっちを睨みつけて、喚いた。

「……っの、ボケ! グズ! 死ね! もっかい死ねグズ!」

「っおい!」

 そのまま音楽機器を引っ掴んで、友人は走って逃げていった。その背中を見送って、少年はらくしもなく、泣きたくなった。


 それいらい、少年は友人と一言も話していない。





 少年はアーロンチェアに凭れながら、ため息をついた。

 そりゃあそうさ。ああもなるさ。自分が悪い事は分かっている。

 あの友人は、軽音楽部に入部して一年以上が経っているのだ。はじめは悪人と認識していても、絆されるには十分な時間があった。実際、かなり気難しいと自覚している自分にすらそれなりに気を許す様なチームメイトだってできたのだから。かなりクセのある連中に、だ。それならばあのバカにだってできても有り得ないことじゃない。それも、相手は「あの」人たちだ。

 少年は事の顛末を大雑把に書き込み、頬づえをついた。

 キーボードで打って、多少はスッキリした。この掲示板は、消してしまおうか。どうせ返ってくるのはくだらない冷やかしや暴言ばかりなのだから。……なんて、それを予測しながらも書き込んだ一番の馬鹿は、自分だが。

「……ん?」

 掲示板のレスが、ひとつ増えた。誤ってエンターキーを押したのかと手元を見たが、どうやら違うらしい。ああ、もう。最近は不幸続きだ。大方誰かがみていたのだろう。

 マウスで画面をずらせば、そこには無駄に丁寧な言葉で取り敢えず謝っておくべきなのではないでしょうか、と書きこまれていた。

 それが出来たら苦労はしない、なんて馬鹿馬鹿しい考えが浮かぶ。自分が悪くないことで謝罪する(対・友人)だが、自分が悪いことだと気後れしてしまうのだ。まったく主将がなんてヘタレだ、こんなこと部員には言えん。

 文章は、続いていた。


『取り敢えず、謝っておくべきなのではないでしょうか。

心ない一言が出てしまったのは貴方だけではなく、恐らくシロさんもだと思います。

前世からの友人など滅多に得られません。大切にすべきです。こんなことで絶縁状態になってしまうのは馬鹿らしいです。

そうしたら、シロさんとゆっくり話し合ってはどうでしょう。

シロさんがそう思われるのは勿論今まで様々なことを体験してきたからです。貴方の知らないことを体験してきたから、貴方とは違うことを思うのです』

 少年はそれを読んで、やはり正直に馬鹿らしい、と思った。話しあって解決するなら争いなど起こらない。ああもう、馬鹿だ。馬鹿馬鹿しい。……プライドが高いだけの自分は、本当に情けない。

 少年はハンガーにかけていたシャツを羽織って、携帯電話を手に取った。

 掲示板は、削除依頼を出した。



 認めてなんてやれないけれど、今でも足が震えているけれど。今すぐこの世界から逃げ出してしまいたいけれど。



 それでも――なんて。

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