最終話
邑はきっちり三ヶ月後に死にました。
彼女は最後にごめんなさいと私に謝罪をすると、そのまま何事もなかったかのように心臓の鼓動を止めました。
私と百合子は近場にある墓所に邑の遺体を埋葬しました。
きっと邑は三万年後には土から這い出し、下水管へ行くなり、湯治場へ行くなりしてその命を取り戻すことでしょう。
私は今、家で何をするでもなくぼうっとしています。
呆けていると様々な音が聞こえてきます。
車のエンジンの音、隣人が弾くピアノの音、百合子の歯車が擦れ合う音、子供達の無邪気な声、風の音、幽霊の声、工事現場のドリル音、ストーカーが何やら絡繰りを設置している工作音。
百合子が私の顔を覗き込み、ご気分が優れないのですかと訊きました。
私は大丈夫だよと返しました。
それにしても、百合子は随分と人間らしくなったものです。最早出会った当初の面影は何処にもありません。
私は感慨無量の想いを飲み込み、再び世界の全てに耳を傾けます。
すると耳に出来たタコが完治していることに気がつきました。
どうりで聞こえが良いはずです。
世界中に耳をすませていると、大きな音でインターフォンが鳴りました。
これは何処で鳴っている音なのでしょう。
もう一度鳴りました。
暫くすると、次はノックの音が聞こえます。
こちらも大きな音です。
「お客様がいらしたようです」
突然百合子の声が聞こえました。私はほとんど飛び上がるようにして椅子から立ち上がりました。
口から飛び出した心臓を飲み込むと、私は扉の前に立ちます。
そしてノブに手を掛け、捻り、扉に体重を掛けました。
扉が開くとそこには予想外の客が立っており、私は大層驚きましたが、こういうこともあると無理矢理自分を納得させ、おかえりと口にしたのでした。
——おわり