↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第六話 語られないこと

 集落に戻ると、いつもと違う空気が漂っていた。


 見張りに立つ個体の姿が、普段よりも明らかに増えている。すれ違う顔ぶれも、どこか強張っていた。陽向は、その変化を肌で感じながら、家へと急いだ。


『……ただいま〜』

 

 陽向はおっかなびっくり扉を開けた。いたずらがバレた子供のような、居心地の悪さを感じている。


 誠一は資料のようなものを広げて、何かを書き記していた。陽向に気づくと、手を止めて顔を上げる。


『……戻ったか。マリアは無事だったか?』


『え? う、うん。何もされなかったって』


『そうか』


 誠一は短くそう言うと、資料を閉じて年季の入った厳かな箱にしまった。あれは誠一が触ってはダメだと言っていた箱だ。

 なぜそんなものを取り出していたのか疑問だったが、それよりも、それ以上何も言わない誠一の態度が予想外だった。


『……怒らないの?』


『心配だったが、無事に帰って来てくれたわけだから、問題ない』


『そっか……ごめん、勝手なことして』


『反省しているならいい。蓮を巻き込まなかったことは、褒めてやれるな』


 誠一の態度は厳格だった。ただ事実を確認するかのような、声色。考えてみれば誠一は、いつも事実を事実として処理していた。感情と事実を分けて考えられるその態度を、陽向は大人として見ていた。


 誠一は既に切り替えている。反省するのは大事だが、今は緊急事態でもあるのだ。誠一のように切り替えようと、陽向は思った。


 そうなると気になってくるのは、昨日の誠一のことだ。何かを知っている態度だった。陽向はしばらく黙って誠一が箱をしまう様子を眺めていたが、やがて意を決したように口を開いた。


『……誠一』


『なんだ?』


『昨日の会議の時さ……誠一、何か知ってるんじゃないの?』


 誠一の動きが、一瞬止まった。


『……なんのことだ?』


『あの巨人たちのこと。話を聞いた時、誠一……すごく顔色が変わってた。他のみんなが驚いてたのとは、なんか違う感じがした』


 誠一は、しばらく何も言わなかった。窓の外に目をやり、何かを考えるように沈黙する。陽向は、その横顔をじっと見つめた。


『……陽向』


 ようやく、誠一が口を開いた。


『今は、まだ話せない』


『……やっぱり、何か知ってるんだ』


『すまない』


 誠一は静かに首を振った。


『……いずれ、話さなければならない時が来る。だが、今ではない』


『どうして?』


『……お前を、守りたいからだ』


 その言葉には、いつもとは違う重みがあった。陽向は、それ以上何も聞けなくなってしまった。誠一の目の奥に、隠しきれない苦しさのようなものが見えた気がしたからだ。


『……わかった』


 陽向は小さく頷いた。納得したわけではない。それでも、今はこれ以上踏み込んではいけない気がした。踏み込めない気がした。


 誠一は、それきりなにも言わず、別の資料を取り出して記録を始めた。陽向は、その背中を見つめながら、静かに部屋を出た。


◇


 外に出ると、集落の様子は、朝よりもさらに慌ただしくなっていた。旧都市へ続く道の入り口に、見張りが二人、立哨している。


『陽向!』


 声をかけてきたのは蓮だった。息を切らせて駆け寄ってくる。


『蓮、連絡係の方は?』


『一通り回ってきた。……どこの集落も、似たような話でざわついてる。まだ直接遭遇したのはうちだけみたいだけどな』


『そっか……』


『それより、お前の方はどうだったんだ。マリアは?』


『無事だったよ。何もされなかったって』


『そうか……ん、妙だな』


 蓮は眉をひそめて思案する。


『俺たちには攻撃してきたのに、マリアには何もしなかったのか』


『僕も同じこと考えたよ。たぶん、マリアが巨人だからなのかなって』


『仲間だと思ったからってことか? ふむ……』


 蓮は考えながら、時計に目を向ける。彼の癖だ。


『マリアは人間が作ったんだよな。人間がわざわざやつらに似せて作ったってことになるのか?』


『……そういえば、僕らは昔の人がどういうものか、全然知らないね』


『知る意味もないからな。お前くらいだよ、そんなに旧文明に興味を持ってるやつは』


 陽向はいつも言われていた。物好き、と。陽向としては、昔の人がどんな風に暮らしていたのかは重要だった。他の仲間については、どうやらそうではないらしいことも、知っていた。


『僕は……知りたい』


『マリアのことか?』


『マリアだけじゃない。あの、巨人たちについても』


『おいおい、バカ言うなよ。マリアはよかったが、やつらは明確な敵だろ!』


 蓮はぴしゃりと言い放つ。そして必死の形相で、陽向に詰め寄った。


『見ただろ? なんのためらいもなく攻撃してきたんだ。あれには近付くことも無理だ。言葉だって通じてなかっただろ!』


『そうだけど、でも……』


 蓮の形相に一瞬躊躇いを見せるが、陽向は蓮の瞳を見つめ返した。


『僕の知りたいって気持ちが、止まらないんだ』


 その言葉を受けて、蓮はあきれ顔をした。


『……ったく、とんだ物好きだ』


 蓮は諦めたようにため息をついた。それから、周囲を見回しながら声を落とす。


『……見ての通り、集落中がピリピリしてる。旧都市への立ち入りも、しばらく禁止になった』


『えっ?』


『そりゃそうだろ。危ないんだから』


 蓮は続ける。


『マリアも、やつらを知ることも、一旦諦めろ。今は俺たちが生きるか死ぬかの時なんだぞ。俺たちの輪を乱すな。俺たちは共同体だろ』


 共同体だと言われ、陽向は辛そうに俯いた。自分が仲間の一人だということはわかっている。それを言われると反論できない。


『僕たちが、生きるか死ぬか……』


『ああ。今は力を合わせて、生き残ることを考えるべきだ』


 陽向は口をつぐんだまま俯き続けた。真理亜に会いに行けなくなる――その事実が、じわりと胸に重くのしかかった。

 そして巨人のことを知る機会もない。陽向の好奇心が、世界の流れに押し潰されていく。


『……誠一、何も教えてくれなかった』


 ポツリと、陽向は呟いた。


『え?』


『何か知ってそうだったから、聞いてみたんだ。でも、今は話せないって』


 陽向は目を伏せたまま続ける。


『僕のためだって言ってて……なんでなのかわかんなくて……でも、それ以上聞けなくて』


『……そうか』


『僕たちのこの気持ち、蓋をしないといけないのかな』


 蓮は陽向を見た。陽向の目は悲しみに濡れていた。


『真実を知りたいと思うのは、そんなに悪いことなのかな。僕は……諦めるべき?』


『陽向……』


『蓮、僕は……自分の気持ちに嘘はつきたくないよ』


『お前……』


 陽向の瞳の色が、徐々に変わっていく。悲しみの色から、決意の色に。


『誰がなんと言おうと、僕は僕の気持ちを諦めない。いつか絶対——真実を知る』


『俺たちを危険にさらしても、か?』


 陽向は蓮を見た。少し揺れたが、決意の色は変わらなかった。


『……うん。それに、それがみんなのためにもなると思う。敵を知れば、きっと、何かが変わる』


 しばらく、二人は見つめ合った。先に目をそらしたのは蓮の方だった。大きく息を吐いて、空を見上げた。


『まあ、一人くらい、そんな姿勢のやつがいてもいいのかもな』


『蓮……!』


『でも、他のやつには言うなよ、それ。正気じゃないと思われるだけだろうからな』


『うん。こんなこと話せるの、蓮だけだよ』


『ったく』


 蓮はぶっきらぼうに呟いたが、少し顔を赤くしていた。


『しかし、誠一が隠してるなら、なにか理由があるんだろ。今はおとなしくしてるしかない』


 陽向は、小さくため息をついた。知りたいと決めたばかりなのに、知る手段がどこにも見当たらない。そのもどかしさが、胸の奥でくすぶり続けていた。


◇


 それから、数日が過ぎた。

 旧都市への立ち入りは、依然として禁じられたままだった。集落には見張りが常駐するようになり、誰もが、どこかで息を潜めるようにして日々を送っていた。


 陽向は、毎日のように南の空を眺めた。真理亜は、今日も無事だろうか。誠一は、なにを隠しているのだろうか。

 答えの出ない問いだけが、静かに積み重なっていっている。


『それでも……』


 それでも、諦めないことが、今の自分にできることだった。他人とは違う道を探す。これが、陽向のできる、第一歩なのだ。


『陽向、交代だ』


 哨戒から帰ってきた仲間が、陽向に声をかけた。


『わかった』


 陽向はホイッスルを受け取り、首にかけて集落の外れに向かう。なにかあれば、このホイッスルを鳴らす手はずになっている。このホイッスルを聞いた他の人も、連鎖的に鳴らして集落に危険を知らせる算段だ。


 集落を離れ、森の中に入る。見慣れた森だが、いつもより薄暗く、不気味に見えた。


 陽向は慎重に、森の中を歩く。鳥のさえすり、獣の足音、それぞれに神経を割いて、危険に耳をそばだてる。ここ何日か続けてきたことだが、敵がいるのかいないのかわからない状況が続くのは、神経をすり減らす。


『こんなのいつまで続ければ……』


 そう呟いた瞬間、パキッと、体重の重い生き物が、枝を踏む音がした。


 すぐにそちらに目をやると、そこにいたのは——巨人。目が合った。二人いる。


『ホイッスル——』


 ホイッスルを吹こうとしたが、それよりも先に攻撃が来た。腰にある刀を引き抜き、斬りつけてきた。間一髪かわしたが、ホイッスルは斬り裂かれてしまう。


『く……』


 陽向は咄嗟に、集落とは反対方向に駆け出した。集落に逃げれば、仲間を危険にさらす。


(やるしかない……!)


 陽向は、囮になることを決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。