小話 ある女子学生の呟き
「マルーン、貴女、ちょっと成績が良いからっていい気になっているんじゃないかしら?」
五人の女子生徒に囲まれた少女は、うんざりとした顔で空を見上げた。
――お貴族様って、暇なのかしら?
S級冒険者ルゼリオに幼い頃助けられてい以来ずっと憧れてきたマルーンは、彼の娘がダルタニアン騎士学校へ入学したと聞き、次の年に受験で難関を突破した才女だ。
剣術の筋も良く、校長であるトレバーにも目を掛けられている。
しかし、その事が高位貴族である同級生は気に入らないらしい。今回は、マルーンが学年順位一位を取ったことに対する嫌がらせだ。
――ここで言い返いしたら、時間が延びるだけだしなぁ。
ミネルバと違い、冷静さを兼ね備えるマルーンは、黙るという選択をする。
多少蹴られても、ご令嬢のキックなど痛くもない。
普段なら、それで全てが終わっていたはずだ。誰も、騒動など望んでいない。
ただ、騒動と言うものは、望まない時ほどやってくるらしい。
「なんだい、一人を寄ってたかって取り囲むたぁ、根性が腐ってるんじゃないのかい?」
大きな体がマルーンの前に立ち、彼女をすっぽりと影の中に落とした。
見上げると、そこには憧れの人ルゼリオの愛娘ミネルバが居た。
――大好きです!貴方のお父様が!
心の中で叫んでも、実際マルーンはミネルバに声を掛けることすら出来ない。
緊張し過ぎて声が出ないのだ。
父親同様、曲がったことが嫌いなミネルバ先輩は、身を挺して後輩であるマルーンを助けようとしてくれているらしい。
それを、大きなお世話と言って断るような失礼は出来ない。
マルーンは、恋する乙女の様に両手を組み、目をキラキラとさせてミネルバを見つめた。
一方、突然上級生であるミネルバがしゃしゃり出てきたことで、虐めを行っていた貴族令嬢達はバツの悪い顔をしている。
どうやっても、ミネルバには腕力で勝てるはずもない。
こうなると、親の権力を持ち出す方が早いとふんだのだろう。
「黙っていてくださるかしら?これは、私達の問題です。これ以上関わるのなら、お父様に言って貴女を退学させることも出来るのですよ?」
リーダーの少女は、腰に手を当てて顎を上げてみたが、どうも、雲行きが怪しい。
「ほぉ、アタイを退学だって?やれるもんなら、やってみればいいさ。で、アンタ、誰だ?」
一応公爵令嬢であり、この学園の中では数本の指に入る家柄の少女は、取り巻きに囲まれていい気になっていた。
だが、ミネルバにとっては、ただの小娘。ミネルバが体を屈めて彼女の顔に自分の顔を近づけた際は、恐ろしさのあまり後退りしてしまう。
「わ、わたくしの名前を知らないですって!」
「あぁ、知らねぇなぁ。なんだい?よっぽど有名なのか?」
「ジュネーブ公爵家長女、セリーヌですわ!」
「聞いたことねぇなぁ」
ミネルバは、小指を耳の穴に入れると、グリグリと耳掃除をするように動かした。
「アタイの耳は、どうやら雑音を拾わないようでねぇ」
そう言って、今度は小指をセリーヌの前に突き出し、フーッと息を吹きかけた。舞う粉に、セリーヌは悲鳴を上げて数歩下がる。
「な、なんて野蛮な!」
「そうだねぇ、アタイは野蛮かもしれない。でも、一人の人間を複数人で取り囲んで虐める人間は、卑怯者って言うんだ。お嬢ちゃん、覚えておきな」
語り口調が、全く父親と一緒のミネルバは、どう見てもオッサンの様にしか見えない。
しかし、この姿をルゼリオと重ねて見ているマルーンは、顔を真っ赤に似て歓喜している。
――あぁ、なんてカッコいいの!
馬鹿に塗る薬はないと言うが、どうやら、マルーンは頭は良いが馬鹿らしい。
ここまで貴族に平民が歯向かえば、明日には二人揃って本当に退学になりかねない。
もしそうなったとしても、人助けの為の結果なら、ミネルバは受け入れたかもしれない。
そして、ミネルバに助けられたマルーンも、これ幸いと、『一緒に冒険者になりましょう』とミネルバに声を掛けただろう。
ただ、この学校には、ミネルバの上を行く変人が居る。
その少女は、その辺の貴族でも太刀打ちできない元王太子妃という肩書を持ち、剣技に関しても学園トップ。
仲間の事が大好きで、この時も姿が急に見えなくなったミネルバを、もう一人の親友と共に探していた。
「あ~、いたいた」
声を上げて最初に近づいてきたのは、弓の名手と名高いサシャ・ダルタニアン。
校長の養女であり、下手に手を出すと厄介な相手だ。
元孤児の癖に、変に身分だけ手に入れた存在は、貴族の中でも嫌われている。
その為、セリーヌの顔は、令嬢と思えない程不快感をあらわにして歪んだ。
だが、その顔が、一瞬にして笑みに変わり、身だしなみまで気にし始めた。
周りの取り巻きまでが、髪を直したり背筋を伸ばしたりしている。
その原因は、ただ一つ。
「ミネルバ、何をしているの?昼食を一緒に取る約束でしょ?」
それは、今学校内で密かに令嬢達の恋心を奪っているアルジェ・ロッシーニだ。
一部の女子生徒から歌劇団の男役俳優並みの人気を得ており、彼女の絵姿を秘密裏に販売している者まで居る。
そんなことは興味すらないアルジェは、日々贈り物と称して手作りの焼き菓子などを無理やり押し付けられることに辟易としていた。
もし、その全てがミネルバの胃袋に収まっていると知れば、贈り主達は、どう思ったことだろう。
マルーンは、まさか学園の有名人が一堂に会するなどとは思っておらず、その原因となっているのが自分であることに心臓が張り裂けそうだった。
遠くから見られるだけで幸せだと思っていたのに、
「こいつらが、この子を虐めてたからさぁ。で、アンタ、名前は?」
とミネルバに聞かれれば、卒倒しそうになる。
「あ、あ、あ、あ、あの、私の名前は、マルーンです!」
これ以上ないくらい大きな声で返事をすると、ミネルバが、大きな手で、
「いい声だ!」
と言いつつワシワシ頭を撫でてくれた。
――あぁ、ルゼリオ様と同じだわ。
マルーンが、両親と旅に出た際街道沿いで盗賊に襲われた。
それを助けてくれたのがルゼリオだったのだが、その時も同じように名前を聞かれ、同じように頭を撫でられた。
思い出が急に蘇って涙目になってしまったマルーンに、今度は、ミネルバの方が慌てだす。
「おいおい、泣くなよ。痛かったのか?」
「あ~、ミネルバ、いけないんだ~。か弱い女の子の頭を力任せに撫でたら頭もげるわよ」
「うっせー、サシャ。そんなことで、頭はもげねーよ」
既に論点がズレていることにミネルバとサシャは気づいていない。それを正すのは、いつもアルジェだ。
「それで、このお嬢さんたちがマルーンさんを虐めていたという事でいいのかしら?」
アルジェは、首を傾げながらセリーヌ達を見た。
どう見ても、マルーンの方が強そうだ。
何人がかりでも、きっと返り討ちにされるだろう。
「ち、違います!アルジェ様、わたくしたちは、その様なことはしておりません!」
焦って否定するほうが余計に怪しく、完全に墓穴を掘っていることにセリーヌは気づいていない。
「ん~、虐めるのは無理そうだけど、難癖は付けた可能性があるっていうことかしら?」
正に的確に状況を説明するアルジェに、ご令嬢たちは泣きそうになっている。
推しに嫌われること程、辛いことは無い。
その様子に、マルーンは、彼女達が可哀想になってきた。
――私だって、ルゼリオ様やミネルバ様に嫌われたら生きていけないわ!
意を決したマルーンは、セリーヌの傍に行き腕を組んだ。
咄嗟の事で、セリーヌも拘束を振り払うことが出来ない。
「違います、ミネルバ様。私達も今から昼食に行く所だったんです。急に誘っていただいてい、私、驚いてしまって。勘違いさせてしまって申し訳ありません」
流れるように嘘をつくと、マルーンは、
「ね?そうですよね?セリーヌ様?」
と声を掛けた。
この時、肘で彼女の脇腹をグイグイ押すのを忘れない。
返答次第では、お前が困ることになるのだぞと暗に脅しをかけているのだ。
「え?え、えぇ、そうですわ。皆様と同じで、わたくしたちも、一緒に昼食を取ろうかと」
「へぇ~、ほんとうかねぇ~」
最初の様子を見ていたミネルバは、疑いの目を向けたが、マルーンの気持ちを察したサシャが、
「まぁまぁ、そう言う事なら、一緒に学食に行こう」
と話を進める。
まさか、憧れの人と共に食卓を囲めると思っていなかった後輩達は、急に満面の笑みで頷き始めた。
「そうね。じゃぁ、行きましょう。お腹が空いたわ」
ミネルバとサシャさえいれば、あとはどうでも良いアルジェは、それだけ言って先に一人歩きだす。
「ちょっと待てよ、アルジェ。お前、アタイを探してたんだろ?」
「見つかったから、目的は果たしたわ」
どうせ後ろから付いてくると疑っていないアルジェは、振り返ることもない。
大きな歩幅でスタスタと歩いて行く背中は、あっという間に小さくなってしまう。
「ミネルバ、私も行くからね!」
「置いてくなって!」
サシャとミネルバは、アルジェを追って小走りで走り出した。
そのスピードは、下手をするとランニングだ。
「あ、待ってください!私も行きます!」
2人の後を軽々と付いていくマルーンだったが、背後から、
「あ、お待ちください!」
と、セリーヌの声が聞こえてきた。
他の取り巻き達も同様で、ドンドンと距離が開いていく。
そんな彼女達に向かってマルーンは、
「走り込みが足りないからですよ」
と声を掛けてやった。
なんだか、とても気分が良かった。
その後、セリーヌ達からの嫌がらせは無くなった。
授業の合間に彼女達が一生懸命走り込みをしている理由を知るマルーンは、なんだか、可愛いなと思えるようになっていた。
「この学校での生活も、結構楽しいものね」
そう呟いた少女は、この学校に来て良かったと心の底から思えるようになっていた。
完
※アルジェのお話は、これにて一度お休みさせて頂きます。また、読みたいなと思ってくださる方は、♡などで教えて頂けると嬉しいです。




