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【第三部開始】アルジェ・ロッシーニ元王太子妃の剣  作者: ジュレヌク
第一章王太子妃編

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プロローグ〜号外〜

――早く、早く伝えなきゃ。


 小脇に刷り上がったばかりの新聞紙を抱え、小さな配達員は、街に飛び出した。

 まだ、インクは乾ききっていない。

 大きなストライドで走る彼の体は、跳ねるボールの様に上下する。

 その非効率な走りは、彼の激情が表れているかのようだ。


 風に乗って、ツンとしたインクの刺激臭が鼻を突く。

 息も上がり、普通なら足を止めていたであろう少年は、限界を超えて街の中心に向かって走った。

 その使命感は、いつも以上に足を速くし、行き交う人々が見えた瞬間、今まで出したこともないような大声を出させた。


「号外だよー、号外だよー」


 少年は、人の群れを走り抜けながら、号外を空にブチ撒いた。

 その場にいた者達は、舞い落ちる紙面を我先に掴み取り、何事かと文面に目を通す。



 王太子妃、王太子を刺客から庇い負傷!



 メルクルディ国の首都ウットにばら撒かれたセンセーショナルな内容は、王家の箝口令が出されるよりも早く、人々の手に届いた。

 使命をやり遂げた少年は、地面に転がり大きく胸を上下させる。

 その横で、見出しに驚いた人々は足を止め、ビラを手に立ち尽くす。


 アルジェ王太子妃が、夫であるロイド王太子を切りつけようとした刺客の前に飛び出し、その凶刃の餌食となった。 

 一命を取りとめたものの、胸元に一生消えないであろう大きな刀傷が残った。

 その事を心苦しく想った王太子妃は、自ら離縁を申し出て生家であるロッシーニ公爵家の領地へと戻ることになった。


 長々と書かれた記事を簡単にまとめれば、結局、傷物となったアルジェを王家が見捨てたという内容だった。

常々王太子妃に同情的だった人々は、眉をひそめて王城を見上げた。



「まったく、可哀想なことだよ」

「あぁ、本当にな。あんな王子を庇って切られるなんて。天使のように見目麗しいお姿だと噂だったのに、刀傷を残されたとあっちゃ、嫁の貰い手もねぇだろうなぁ」


 号外に目を通しながら、パン屋の女将と酒屋の店主が立ち話を始めた。


「あたいは、いつか、こうなるって思ってたよ。無理矢理結婚させられた挙句、使い捨てにされるなんて。まだ十二歳だよ?うちの娘より年下だよ」

「ローッシー二家の皆様も、さぞ気落ちされていらっしゃるだろう。やっと生まれた女の子だったのに、王位継承権の争いに利用されるなんて……」



 二年前、王妃の肝いりで、第一王子ロイドと軍部を司るロッシーニ公爵の末娘アルジェの結婚が決まった。

 ロイド十八歳、アルジェ十歳の時の話だ。

 これを機に、ロイドは立太子したが、本来は、そのような器の人間ではない。

 粗暴で、選民意識が高く、国民を家畜ぐらいにしか思っていない。

 幼すぎる妻が気に食わず、彼女が母親である王妃に「しつけ」と言う名の虐待を行われていても、庇うどころか、視界にすら入れない。


 学園内で様々な令嬢と浮き直流し、近頃では、平民上がりの男爵令嬢に熱を上げ、王宮の自室にまで引き入れて寵愛を与えていた。 

 王妃の生んだ長子でなければ、毒杯を賜り、こっそりと亡き者にされていただろう。

 そんな屑の派閥に、ロッシーニ一族が席を置いていたのは、一重に、アルジェを人質に取られていたからだ。


 今回の事件で、王家とは縁切りとなった。

 アルジェの父であり、軍部の中枢を担うラクロア・ロッシーニが、今後どう動くのかは、貴族のみならず、国民全員の関心事でもあった。


 だが、人々は、一生知ることは無いだろう。


 ロイドが王宮に引き入れた男爵令嬢が、実は、第一王子殺害を目論んでいた第二王子派からの刺客だということも。

 盾代わりにする為に、ロイドが、アルジェを刺客が振り上げた刃の前に突き飛ばしたことも。

 アルジェが、大怪我を追いながらも、刺客をねじ伏せたことも。


 これは、アルジェ・ロッシーニ元王太子妃が、悲劇の人ではなく、ただの脳筋であることを証明するお話である。



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