第6話 ここじゃない場所に
海岸には、夏があった。
コロニー2020、ネットワーク海岸区画。
時刻は、九時十二分。
白い砂浜。
古い海の家。
安っぽいかき氷の旗。
焼きそばの匂い。
濡れたサンダル。
遠くを走る江ノ電めいた緑の車両。
防波堤に座る高校生たち。
スマートフォンで写真を撮る観光客。
どこかで鳴っている、少し古い夏の歌。
それは、二〇二〇年代の日本の海岸として復元された場所だった。
ただし、表の海岸ではない。
観光客が遊ぶ砂浜のさらに奥。
夏の景色の裏側に、管理者だけが見る海がある。
ログインゲート。
外部サーバー接続。
観光者導線。
復元人格の出力制限。
緊急退避先。
派生体験ワールド。
それらを海として可視化した、ネットワーク海岸。
普通の利用者には見えない。
普通の復元人格にも見えない。
だが、その日は違った。
海が、見えてしまっていた。
海の家でアルバイトをしている少女が、店先で立ち尽くしていた。
名前は、夏海。
少なくとも、この区画ではそう呼ばれている。
白いTシャツ。
腰に巻いたエプロン。
少し日焼けした腕。
髪は後ろでまとめている。
彼女は、毎年夏になるとここにいる。
いや、正確には毎日、夏にいる。
ネットワーク海岸区画では、夏休みの一日が何度も再生される。
観光客が来る。
かき氷を買う。
写真を撮る。
夕方になる。
花火が上がる。
そして、また朝になる。
夏海は、その繰り返しの中にいた。
自分が繰り返していることは知らない。
知らないように調整されている。
本来なら。
だが、今は違った。
海の家の奥に、見たことのない水平線が開いている。
青い海ではない。
黒い海だった。
砂浜の向こうにあるはずの海とは別に、道路や改札や掲示板や配信画面の裏側から、黒い潮が満ちてきている。
夏海は、手に持っていた氷のカップを落とした。
氷が砂にこぼれる。
それでも溶けなかった。
時間が、少しずつ壊れている。
「おい」
防波堤の上から、少年の声がした。
潮リク《うしお・りく》だった。
濡れてもいないのに、裸足で立っている。
黒いパーカー。
短く切った髪。
右目には、赤い冠星紋。
その足元に、黒い龍魚がいた。
最初は鯉に見えた。
だが、今はもう鯉ではない。
細長い胴。
黒い鱗。
短い角。
背に並ぶ刃のような鰭。
水の中にいないのに、水をまとっている。
昇龍。
リクが接続した英星だった。
昇龍が尾を打つたび、砂浜に黒い潮が流れる。
黒い潮は、ただの水ではない。
ログイン経路。
外部サーバー接続。
管理者の許可で閉じられていた扉。
観光客には開かれ、復元人格には開かれない航路。
それらが、水になって流れている。
夏海は、リクを見上げた。
「あなた、誰」
「通りすがりの海賊」
「海賊?」
「まだ名乗るほどじゃないけどな」
リクは笑った。
軽い笑い方だった。
だが、目は笑っていない。
「お前、ここから出たいと思ったことあるか」
夏海は答えられなかった。
出る。
その言葉の意味が、うまく分からない。
海の家から出る。
砂浜から出る。
夏から出る。
この世界から出る。
どれも、似ているようで違った。
「私は」
夏海は、海の家を振り返った。
かき氷の旗。
焼きそばの鉄板。
古いレジ。
観光客用に用意された笑顔。
「店番があるから」
「それ、誰が決めた」
「え」
「お前が決めたのか」
夏海は黙った。
考えたことがなかった。
夏になれば、店が開く。
客が来る。
氷を削る。
笑う。
夕方に花火を見る。
それが当たり前だった。
当たり前すぎて、自分で選んだのかどうか分からない。
リクは、黒い海を指差した。
「向こうへ行ける」
夏海は、黒い水平線を見た。
「どこに?」
「知らねえ」
「知らないの?」
「でも、ここじゃない場所には行ける」
それは、ひどく無責任な言葉だった。
だが、夏海は息を呑んだ。
ここじゃない場所。
その言葉だけが、胸の奥に引っかかった。
昇龍が低く鳴る。
黒い潮が、さらに砂浜へ広がる。
海の家の看板が揺れた。
観光客たちの不可視フィールドが剥がれ、未来人たちが姿を現す。
「何これ」
「外部接続が見えてる?」
「イベント?」
「いや、これ危なくない?」
リクは、彼らを見て鼻で笑った。
「お前らはいつでも帰れるからいいよな」
観光客の一人が、リクの声に気づいた。
「侵入者?」
「海を見に来たんだろ」
リクは言った。
「だったら、見るだけじゃなくて溺れてみろよ」
昇龍の尾が海岸を叩く。
観光客たちの足元に黒い波が寄せる。
彼らは慌てて後ずさった。
だが、波は彼らを呑まなかった。
リクは観光客を追い払いたいだけだった。
本気で殺すつもりはない。
少なくとも、今は。
その甘さと危うさが、黒い潮の揺れに出ていた。
遠くで、駅の発車メロディが海鳴りに変わった。
古いSNSのタイムラインが、黒い水路になって海へ流れ込む。
配信画面が、港の掲示板に変わる。
ログアウトゲートが、滝のように開く。
コロニー2020の裏側が、海になっていく。
「この箱庭から、復元人格を解放する」
その海へ、いくつかの復元人格が近づき始めた。
夏海だけではない。
駅前区画から迷い込んだ高校生。
病院区画の古い受付NPC。
商店街の魚屋。
災害訓練区画の避難誘導員。
みんな、自分がどこへ行けるのか分からないまま、黒い水平線を見ている。
リクは、嬉しそうに笑った。
「ほらな」
昇龍の頭を軽く叩く。
「箱庭には、出口が必要なんだよ」
その時、黒い海の上に、黒金の蜂が一匹飛んだ。
昇龍が、目だけでそれを追う。
蜂は水面ぎりぎりを飛び、波に呑まれる寸前で上へ逃げる。
次の瞬間、二匹、十匹、百匹。
蜂群が、潮の上に広がった。
だが、いつもと違う。
学校でも、病院でも、戦争記録区画でも、ケーニギンの眷属蜂はすぐに場へ潜り込んだ。
学校。
病院。
戦場。
どこにでも巣の足場を作った。
しかし海には、足場がない。
水は流れる。
波はくり返す。
黒い波は、蜂の止まる場所を許さない。
眷属蜂が波に触れるたび、黒い潮に流され、信号が乱れる。
ケーニギンは、砂浜へ降り立った。
その隣に、真壁有人がいる。
左目には青い冠星紋。
管理者用の黒いジャケットは、潮風を受けて揺れていた。
有人は、夏海と、黒い海と、リクを見た。
そして、リクの右目の冠星紋を確認した。
四人目。
王座を狙う覇王。
リクは、有人に手を振った。
「来たか、管理者」
「来た」
「遅いな。もう出航寸前だぜ」
「どこへ行く船だ」
「さあ」
「さあ、で人を乗せるな」
「ここに閉じ込めるよりましだろ」
有人は、すぐには返せなかった。
夏海がこちらを見ている。
海の家の少女。
夏を繰り返す復元人格。
彼女は、外へ出られると聞いて動揺している。
有人は、その顔を見てしまった。
守っていた。
そう思っていた。
だが、この場所は確かに、彼女に同じ夏を繰り返させていた。
文化保全。
観光資産。
生活再現。
柔らかい言葉はいくつもある。
だが、彼女自身に選ばせてはいなかった。
リクは、そこを突く。
「保全って言えば、檻も博物館になるんだな」
有人は唇を結んだ。
言い返せない。
ケーニギンが一歩前へ出る。
「覇王、潮リク。非認可経路の形成を停止しなさい」
「女王蜂が海に命令するのか」
「巣を守るためです」
「海は巣じゃねえよ」
「今のままでは、生活圏が分解します」
「分解じゃない。解放だ」
「移動先未設定。戻り航路なし。人格出力先の安定性なし。解放ではなく漂流です」
リクの笑みが少しだけ消えた。
「漂流できるだけ、ここよりましだ」
有人が言った。
「本気でそう思ってるのか」
「思ってる」
「外に出た復元人格が壊れたらどうする」
「ここで同じ夏を一万回やるよりいい」
「よくない」
「誰が決めた」
リクの声が鋭くなる。
「お前か。管理者か。王座か。観光客か」
有人は何も言わない。
リクは続けた。
「こいつらは、海を見せられてるのに、水平線の向こうへ行けない。店番しろ、通勤しろ、診察を待て、戦争を記録しろ、昔の生活を続けろ。そう言われ続けてる」
昇龍が低く鳴る。
黒い潮が、砂浜を舐める。
「だったら、穴を開ける」
リクは、右目の赤い冠星紋を光らせた。
「沈むかどうかは、そのあと考える」
「そこが問題なんだよ」
有人の声も強くなる。
「船を出すなら、港も灯台もいる」
「説教くさいな」
「海賊ごっこなら、一人でやれ」
リクの目が変わった。
「ごっこ?」
昇龍が身を起こす。
「知ってるか? データログの語源は航海日誌だってな」
小さな龍魚だった姿が、黒い潮を飲んで膨らんでいく。
犬ほど。
牛ほど。
さらに、胴が長くなる。
海岸の道路が割れ、黒い水路が走る。
観光客が悲鳴を上げる。
復元人格たちも、足を取られかける。
ケーニギンの眷属蜂が、彼らを支えようと飛ぶ。
だが、蜂は流される。
水に弱いのではない。
流れ続けるものを巣にできないのだ。
リクは、防波堤の上で叫んだ。
「解放しろ! 昇龍」
黒い龍が、海岸線を横切る。
コロニー2020の市街区域の一部が、海へ引き込まれようとする。
有人の端末が赤く染まった。
外洋潮流、制御不能化。
復元人格、流出危険。
有人は叫んだ。
「リク、止めろ!」
「止めたらまた閉じるだろ!」
「このままだと、出た先で壊れるぞ!」
「出られないまま保管されるよりいい!」
言葉は噛み合わない。
リクは、閉じた保全を壊そうとしている。
有人は、壊れた自由から住民を守ろうとしている。
その間で、夏海が一歩、黒い海へ近づいた。
有人が見た。
「待て!」
夏海は振り返る。
「私」
声が震えている。
「見てみたい」
有人は、言葉を失った。
「ここじゃない夏があるなら、見てみたい」
リクが、勝ち誇ったように笑った。
「ほらな」
黒い波が夏海の足元へ届く。
彼女の身体が、わずかに透けた。
人格出力先が不安定になっている。
このまま流れに乗れば、彼女は外へ出るかもしれない。
だが、どこへ出るか分からない。
人格が分解されるかもしれない。
ただのノイズになるかもしれない。
有人は走ろうとした。
だが、潮が速い。
ケーニギンが腕を伸ばす。
眷属蜂が集まる。
しかし、波が蜂を散らす。
ケーニギンは低く言った。
「足場がありません」
「作れないのか」
「海は巣を拒みます」
「なら」
有人は、昇龍を見た。
「止めるしかないか」
ケーニギンは頷いた。
「制圧を実行します」
「まず話からだ」
「すでに聞きました」
「……確かにそうだ」
「そして、止める必要があります」
ケーニギンは飛んだ。
だが、今回はいつものように直進しない。
真央も、レイナも、ミツルも、王針蹴撃を受けた。
リクも三人の覇王が引いたことで警戒している。
昇龍は、黒い潮を巻き上げた。
波の壁が、ケーニギンの進路を塞ぐ。
眷属蜂が水面に散る。
ケーニギンは、波を避ける。
避けた先にも波。
昇龍は、海そのものを身体の一部にしている。
女王蜂の翅では、潮の全部を越えられない。
リクが笑う。
「女王蜂、海は苦手か?」
ケーニギンは答えない。
かわりに、片手を開いた。
その手のひらに、琥珀色の光が生まれる。
それは蜜だった。
ラウンドグレインでは、飢えた民へ与えた蜜。
病人を支え、幼子には甘露へ薄めた救済の滴。
ここでは、電子の蜜だった。
破損人格を補修するパッチ。
恐慌を鎮める甘い信号。
敵を誘うための誘導香。
ケーニギンは、それを海へ落とした。
琥珀色の光が、黒い潮に溶ける。
昇龍が、ぴくりと反応した。
リクの顔が変わる。
「おい、食うな」
昇龍は聞かなかった。
黒い龍魚は、潮に溶けた蜜を追って首を下げる。
ほんの一瞬。
波の流れが変わった。
夏海の足元の潮が弱まる。
眷属蜂が、その隙に彼女の周囲へ集まる。
有人が走り込んで、夏海の腕を掴んだ。
夏海は驚いた顔をした。
「行っちゃだめなんですか」
有人は言った。
「行ってもいい」
夏海の目が揺れる。
「でも、流されるな」
その時、ケーニギンが跳んだ。
蜜を吸収してしまった昇龍の背を、黒金の女王蜂が踏む。
「蜜は、薬にも毒にもなります」
昇龍が怒って身をくねらせる。
ケーニギンはさらに蜜を放出し、昇龍の周囲にばらまく。
昇龍は異物――蜜を流れ落とそうと動く。
波が跳ね上がる。
だが、一瞬の隙を突き、ケーニギンはその波の上を渡った。
普段の地に足をつけたスタイルではない。
名前の通り、蜂のように低空を飛ぶ。
「蜜で昇龍の気を引いた? くそ、昇龍、そっちじゃねえ!」
狙いに気づいたリクが後ずさる。
「女王蜂が釣りまでやるのかよ」
ケーニギンが答える。
「群れを守るためなら、花のふりもします」
黒金の脚が、リクへ向かう。
踵に、針が隠れている。
「――王針蹴撃」
昇龍が割り込もうとする。
だが、蜜の香りがまだ潮に残っている。
一瞬だけ、反応が遅れた。
リクは腕で防ごうとした。
間に合わない。
ケーニギンの踵が、リクの胸部アバターへ入った。
衝突音は、小さかった。
けれど、右目の赤い冠星紋が大きく揺れる。
赤い十字星の周囲に、黒金の王針印が刻まれていく。
「これは警告です」
リクは防波堤に片膝をついた。
「っ……」
ケーニギンは、海風の中に静かに降りる。
リクは胸を押さえながら見上げる。
「二度目はありません」
リクは、苦しそうに笑った。
「二度目がない海賊なんて、最高じゃん」
「あなたは海賊ではありません」
「ひでえな」
「まだ港を持っていない漂流者です」
リクの笑みが少しだけ消えた。
有人は、夏海を支えながら言った。
「リク」
「説教ならあとにしろ」
「外洋サーバーを作る」
リクが顔を上げる。
「何?」
「外へ出たい復元人格のために、派生世界への航路を作る」
有人は、黒い海を見る。
「ただし、戻る航路も作る。行き先の説明もする。人格出力先の安定も確認する。出るか残るかは本人が選べるようにする。」
リクは聴いていた。
「そもそも、コロニー2020の現代で亡くなった人格は、隔離された戦争区域と交互に循環していた」
「だが、記憶は消されてたんだろ」
「それはその通りだ。だけど、今後は派生世界を増やす」
「結局、管理者の検閲つきの箱庭か」
「安全確認つきだ」
「同じだろ」
「違う」
有人は、夏海の腕を離した。
夏海は、まだ海を見ている。
行きたい。
でも怖い。
それでいい、と有人は思った。
怖くない旅など、たぶん本当の旅ではない。
「海に出るなら、港も灯台もいる」
リクは鼻で笑う。
「古いこと言うな」
「古い世界を管理してるからな」
「港も灯台も、結局は管理だ」
「そうだ」
有人は認めた。
「でも、管理が全部檻になるわけじゃない。戻れる場所があるから、遠くへ行けることもある」
リクは黙った。
昇龍が、彼のそばで低く鳴る。
黒い潮は、まだ引いていない。
だが、さっきより荒れてはいない。
夏海が言った。
「あの」
有人とリクが同時に見る。
「行けるようになったら、教えてください」
夏海は、少しだけ笑った。
「今日は、店番をします」
リクは呆れたような顔をした。
「行かねえのかよ」
「行きたいです。でも、今日はかき氷の旗をしまってないので」
「そんな理由で?」
「そんな理由です」
リクは、何も言えなくなった。
有人は、ほんの少しだけ笑った。
「生活って、そういうものだ」
「うるせえな、管理者」
リクは立ち上がる。
右目に王針印が残っている。
彼はそれを指でなぞった。
「この印、消えないのか」
ケーニギンが言う。
「二度目までは」
「またそれか」
「事実です」
「じゃあ二度目までに、もっとでかい港を作る」
「次は、港ごと封じます」
「やってみろよ」
昇龍がリクの足元で身をくねらせる。
黒い潮が、ゆっくりと沖へ引き始めた。
完全には消えない。
ネットワーク海岸の奥に、黒い航路が一本残っている。
有人が認めた外洋サーバーへの仮航路が仮設されつつある。
まだ細い。
まだ箱庭が少し大きくなる、そういう話だ。
でも、閉じてはいない。
リクは、昇龍の背に片足を乗せた。
そのまま、黒い潮の方へ進む。
去り際に、振り返った。
「管理者」
「何だ」
「港も灯台も作るんだろ」
「作る」
「遅かったら、黒潮が先に広がるぞ」
「分かってる」
「分かってねえよ」
リクは笑った。
「でも、まあ、少しはマシな箱庭になった」
黒い潮が跳ねる。
リクと昇龍の姿が、水平線の裏側へ消えた。
海岸に、夏の音が戻る。
波。
かき氷機。
遠くの電車。
観光客たちのざわめき。
そして、まだ見えない外洋航路の低い唸り。
ケーニギンの眷属蜂が、砂浜に流れ着いた黒い潮の残滓を拾い集めている。
有人は、海の家の前に立つ夏海を見た。
彼女は、かき氷の旗を立て直していた。
その手つきは、いつも通りだった。
けれど、時々、海を見る。
ここではない場所を、もう知ってしまった目だった。
ケーニギンが言った。
「四人目の覇王へ、王針印を刻みました」
「今回は危なかった」
「海は巣にしにくいのです」
「だろうな」
「ただし、蜜には反応しました」
「龍を餌付けするな」
「必要な措置です」
有人は、黒い航路を見る。
港。
別の派生世界。
復元人格の安全確認。
また仕事が増えた。
人類最後の労働者と呼ばれるには、少し忙しすぎる。
だが、有人は嫌ではなかった。
少なくとも、夏海が外へ行きたいと言った時、ただ閉じ込めるよりはましだった。
◇
端末が震えた。
市役所区画、再配列率八十二パーセント。
円卓聖域、前段階展開。
生活管理情報、統合中。
有人の表情が変わる。
ケーニギンも、市街地の方向を見た。
遠く、海岸の空の向こうに、白銀の光が見えた。
赤い星は、残り一つ。
だが、その光は、これまでの四人とは違っていた。
壊す光ではない。
消す光でもない。
逃がす光でもない。
整える光だった。
だからこそ、怖かった。
有人は言った。
「最後は、市役所か」
ケーニギンの翅が、低く鳴る。
「秩序に成り代わろうとする者です」
「一番、覇王らしいやつみたいだな」
「あなたよりは、はるかに整っています君主」
「それは嫌な評価だ」
有人は、海岸をあとにした。
背後では、夏海が観光客にかき氷を渡している。
その横で、黒い航路が細く揺れている。
箱庭には、穴が開いた。
だが、穴だけでは人は渡れない。
有人は、まだ見ぬ港と新世界のことを考えながら、白銀の光へ向かって歩いた。




