灰色じゃない夜のなかで
僕の左手に伝わっていく彼女な体温は、風に乗ってくる冷気よりもはるかに温かかった。
胸の奥の多くを占めていた重く黒い固まりは、もうどこにもその姿ない。全部吐き出して、それを彼女に投げつけるように吐いてしまった。だけど彼女は、そんな投げやりの感情を丸ごと受け止めた。そこから、僕の心の中は拍子抜けするほどの空白が広がっていた。
「……で、どこに向かってんだこれ?」
僕が尋ねると、前を歩く彼女は振り向き言った。
「どこでもいいよ。あんたの足が止まらない場所なら」
「……適当だな」
適当に流した言葉とは裏腹に、繋いだ手はより強くなっていた。
灰色だった景色は、いつの間にか夜の街の色彩を取り戻していた。ネオンの青、自動販売機の白い光、交差点の信号機。そのすべてが、妙に鮮やかで眩しい。
――懐かしさも覚えた。
街角のコンビニの前で、彼女がふと立ち止まった。
「お腹空いた。なんか奢って」
「は? なんで僕が」
「重い過去話を聞いてあげた謝礼。ほら、早く」
謝礼って......普通は困っていた人が善意で救ってくれた人に贈るもんだけどな。
僕はそう言って胸を張る彼女を前に、僕は呆れ半分、可笑しさ半分で吐息を漏らした。
さっきまであんなに「すべてを輝かせてやる!」みたいな雰囲気を漂わせていたのに、一瞬でいつもの勝手で破天荒な「問題児」に戻っている。
でも、それがなんだか無性に愛おしかった。
「……肉まん一つだけな」
「やった。からあげも追加で」
「調子に乗るな。肉まん一つだけって言ってるでしょ」
自動ドアが開く電子音とともに、温かい店内に入る。
レジで買った温かい肉まんを二人で分け合いながら、店の脇の街灯の下で頬張る。
「肉まん一つって言ってたよね」
「そうだな」
「なんで私の目の前には半分になってるものが置かれてるのでしょう」
「僕もお金払ったんだ。これくらいいいだろ。それに、これも同じ一つなんだろ?」
「......っこのやろ」
彼女はそう言って僕の肘を軽くつついてくる。
「早く食べないと冷めちまうぞ、肉まん」
「......今回は許してやろう」
僕と彼女はそう言って肉まんを頬張る。
「熱っ……」
「ハフハフしながら食べるのが美味しいんでしょ、こういうのは」
彼女は口元をほころばせながら、口を動かしながら、それはもう、美味しそうに食べていた。
街灯の光に照らされた彼女の横顔を見つめながら、僕はふと思い立って口を開いた。
「ねえ」
「んー?」
「僕の過去は話したから……今度はあんたの番じゃない?」
僕の言葉に、彼女が肉まんを噛みちぎる手がピタリと止まった。
琥珀色の瞳が、ゆっくりとこちらを向く。
夜の街の静寂が、一瞬だけ二人の間に落ちた。
「……私の?」
「うん。ほら......教科書を投げたって言ったとき『自分は誰の記憶にも残らないノイズだ』って言ってたろ。あんたが何を背負って、なんで学校で『問題児』なんて呼ばれてるのか……知りたい」
逃げずに、ちゃんと向き合いたいと思った。
――初めて、そう思える人に出会ったような感覚がした。
僕の灰色の世界を壊してくれたこの子の「色」を、今度は僕が知るべきなんだと。
彼女はしばらく無言で僕を見つめていたが、やがて困ったように笑うと、小さく息を吐いた。
「……ズルいな、あんた」
彼女は食べ終えた紙袋をキュッと丸めると、夜空を見上げた。
そこに浮かぶ月は、どこか冷たく、けれど確かに光を放っていた。
「私の過去なんて、あんたの奴よりずっとつまらないよ。ただ……誰からも見てもらえなかっただけの、小さなノイズの話だから」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
重い過去を打ち明け、「優しかったんだね」と肯定された主人公。
そこからの夜の街灯の下での肉まん半分こ……二人の距離感が一気に縮まるシーン。私なりに書いてみて胸がきゅっとなりました。
次は、いよいよ彼女が抱える「誰の記憶にも残らないノイズ」の過去へ。
逃げずに彼女の「色」に向き合おうとする二人の物語を、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!




