目の上のたんこぶ 2
「マスター。今いいか?」
「なんだ怪我したってのは本当だったのか。どんな強敵だったんだ?」
「強敵でもねえよ。成り損ないとドライアド軍団。例の王子様のな」
「死体の回収けっこう大変だったぞ。あのダンジョンでこれだけ死んだのは初めてじゃないか。あの王子様、勇者ってのは本当なのか?」
「勇者があの死体の山築いてたまるかよ」
「だがあの王子、近いうちにまた戻って来るみたいだぞ。それも大陸の本隊を連れて。何しに来ると思う?」
カイルが興味なさそうに「さあな」と答えると、「魔王討伐だと」とマスターが答えた。
「ドライアド程度で死体の山になるくせに?」
「あの一件を“魔王による人間略奪の第一歩”って声明を出したらしい。ルーシズ王国でな」
魔王はかつて同じ真層界にいた人間を奴隷とするために、またいつか再び人間界を侵略し取り戻しに来る。
人間の間で信じられている伝説。
そして勇者はそれを阻止し、邪悪な魔王を倒す。
「マスターはどう思うよ」
「そんな伝説信じてるならまだ軍人やってるよ」
そう言うと彼はポケットから煙草を取り出し指輪に仕込まれた極小のオーブで火をつけた。
煙をくゆらせると、すぐに近くのデスクで書類作業をしていた女性に「マスター」と睨まれる。
「あーはいはい出て行くよ。おかしいだろ、俺がマスターなのに出て行くんだぞ」
苦笑するカイルと共そのままダンジョン前の広場まで歩いていく。
冒険者ギルドからまっすぐの位置にある広場は、今日も冒険者が出入りしては露天商と交渉する光景が広がっていた。
一つ違うのは、そこにルーシズ王国の兵によって何か看板が立てられていることだった。
「なんだありゃ」
カイルが近寄り文面を確認する。
「“伝説の武器の情報”“勇者の情報”“魔王の情報”求む。か。“魔王軍を打ち滅ぼす兵として名乗りを上げるものは歓迎する”だと」
「本気でやるんだな」
勇者伝説は大陸全土で根強い。
特に兵士や傭兵、ここにいる冒険者なんかにもいるかいないかわからない“勇者”に憧れを抱く者が多い。
カイルの前世を含めた記憶では本物の勇者が現れたと言う話は聞いたことがない。
王国で管理している文献には記述があると言うが、それがカイルと同じようにレリックを装備できる“本物”の勇者なのか、人間が勝手に伝説を求め作り上げた勇者なのかはわからない。
もし本物であればかつてのカイルのように漠然とダンジョンに惹かれる可能性はあるが、全てがそうかは疑問だ。
中には本当に気づかない者もいるかもしれない。
彼が発掘したレリックをわざと見せびらかすようにロビーに置いているのは、もしかしたら意味も分からず惹かれる者が現れるかもしれないという淡い期待からだが、未だ持てた者はいない。
そうなると少なくとも四百年近くは勇者の存在がなかったことになる。
確かにそんな年月がたてば勇者の真実など風化するだろう。




