月は酒の肴か想い出か 2
「リコ、分かってんじゃねぇか」
水を魔法で凍らせると、二杯目はロックで。
ゆったり座ったソファからはやはり青白い月が見えていた。
満月を見ていると思い出すことがある。
初めてリコに会いに行った時、滞在期間が長引き魔力に当てられたカイルは倒れてしまった。
そんなカイルを介抱し、翌日人間界に送ったのはリコだ。
滞在期間は一か月ほどで、初対面の時にいきなり剣で対決するなどと言った物騒な出会い方だったが、彼は今もあの介抱の瞬間が転機だと思っている。
魔力に当てられた後遺症は人間界に戻ってからもしばらくあったが、それでも当てられるほど滞在していてよかったと思っていた。
それがなければ、リコの運命と交わる線はもっと細かったかもしれない。
例え自分が勇者という存在だと気づいていたとしても、ほとんど自覚のない彼にはそれほど気に掛けるものではなくなっていたかもしれない。
あの介抱の時と同じ顔をそれ以後見れたことはないが、十五年たった今もカイルの胸に鮮明に焼き付いていた。
真層界で魔力にあてられた人間がいた場合、いくつか回復させる方法はあるがなんの薬や道具もいらない、非常に簡単で難しい方法が一つある。
リコが介抱で使ったのはその方法だった。
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倒れたカイルが運び込まれた部屋で、リコは浅い呼吸のカイルを前に行ったり来たりを繰り返していた。
最も人間の体に負荷のかからない方法は徐々に体の魔力を抜いてやること。
真層界に辿り着ける人間がいないので方法はあっても使われたことはないが、遥か昔まだ人間が真層界で共存していた頃、彼らは定期的にこの方法で魔力を抜き細々と生きていた。
竜に伝わる織機で特別にあつらえた布で空間を遮り、妖精だけが知っている製法で作った香を中で焚き、エルフの神木から採取された枝葉の上に人間を横たえ、南の森林地帯に棲息する蝶を中に放つ。
この非常に手間と時間と道具を集める労力を費やした方法でカイルを助けようとすれば、時間がかかり過ぎて体が持たないだろう。だからと言って今人間界に放り出しても、すぐに消えることのない魔力で衰弱死してしまう。
人間がいたころには常にその道具と場所が整えられていたが、今はもう世界を分かち二千年近くたつ。家臣が道具集めに奔走してくれているが、そんなもの待っていられなかった。
他の方法は少々荒っぽくなる。
それよりずっといい方法があるのだ。
簡単な話、魔力の器が大きい者が吸い取ってしまえばいい。
リコは白い月明りに照らされ眠るカイルを見ては、「よし」と決意を固め、「無理だ」と諦めた。
何度それを繰り返しただろうか。
ふと気づくと、僅かに上下していたカイルの胸の動きが止まっているように見えた。
リコは慌ててその胸に耳をやると、静かに繰り返す心音が聞こえた。




