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「勇者。私はこのダンジョンを守ると同時に監視もしている。漠然とした不安があるのは言った通りだ。だがこちら側からの監視にも限界がある。人間界側からも監視があった方が何かと都合がいい」
「俺はどうすればいい? 採掘がてら見回りも出来なくはないが、かかって来るモンスターは倒していいのか? テイムして歩けば傷つけることはないとしても、今となっては流石に俺もそれは気が引けるな。人語を操らないやつらだってリコの眷属であることには変わらないんだろ?」
「眷属とも意味は少し違うが、まあそんなようなものかもしれない。だから勇者、私をテイムしろ」
「は? もうしないって言ったろ。第一出来なかったじゃないか」
「私が気を許せば出来るはずだ。テイムすればその眷属は支配下に置けるのだろう? 私をテイムすればお前はダンジョンに実質出入り自由だ」
「自分で何言ってるのか分かってるのか?」
「分かっている。だが私はある程度身を犠牲にしても手段を選ばないつもりだ。今ダンジョンは……コアは危うい。根拠を問われても困るが、守り人としての役割がコアのもがくような姿を感じるんだ。私以外にも、ダンジョンの出入りが自由な者がそちらにいた方がいい」
カイルがリコの横顔を見る。その表情は苦し気で、役割を果たそうとするために必死なことが伺えた。
昨日介抱してくれた時に一瞬だけ見た横顔は初心な恥じらいに染まっていたのに、また重圧の中に自ら飛び込んでいる。
俺はリコの支配者になりたいんじゃない、理解者になりたいんだ。
「……分かった」
彼女は少しほっとした顔で「そうか」と言った。
たった一人の魔王が十八歳の若造の支配下に置かれて何をほっとすると言うのか。
だが主従関係が出来れば、少しは彼女の気持ちの動きを知れるかもしれない。リコはあまり表情が動かない。苦悩を抱える彼女の胸の内が知りたかった。
それに離れていても切れない縁があるのはカイルにも望ましい。
「俺がテイムフィールドを展開したら、何も考えず流されるがままになってくれ。抵抗せず引っ張られる方に素直に従うんだ。いいか?」
「分かった。やってみる」
リコが目を閉じて受け入れ態勢を整える。「いいぞ」と言われ、彼はフィールドを展開した。
一か月前と同じ感覚に陥り、思わず体がびくっとなる。
地に足は着いていると言うのに、底なしの谷に落とされているような気になってしまう。
「それじゃだめだ。このままやっても辛いぞ」
「待ってくれ。もう一度頼む」
彼女がゆっくり息を吐くのを見てまた試みる。
今度は沼に引きずり込まれてしまうような感覚が走り、眉間に皺を寄せてしまったのが見えた。
「怖い?」
「怖くないと言ったら嘘になる」
カイルは一度展開を止め、リコの手を取った。
両手を取り彼女の反応を見る。カイルの顔を不思議な目で見上げるが嫌がる様子はない。
そのまま一歩距離を詰めた。
少しだけ驚いたようにカイルを見てくる。
それでもリコに離れる様子はない。
最後に背中に腕を回し細い体を包み込んだ。
「テイムってのは本来触れていた方が相手には負担が少ないんだ。この状態で試していいか?」
これは嘘ではない。遠くにいるより近くの方が。
離れているより触れた方が、より支配の力が及びやすくなる。
ただ今の場合、そこにカイルの願望が少しばかり混ざっているのは否めなかった。
「……う、ん」
耳元で話されるカイルの声に、いつもの芯のある声じゃない、普通の女の子のような反応が返って来た。
リコは目を閉じ、もう一度受け入れようと静かに息を吐いた。
フィールドが展開され、また引きずり込むような感覚が走る。
身をすくませそうになった瞬間、カイルの腕に少しだけ力がこもった。
そう言えば誰かに抱きしめられたのは初めてだ。
父も母もいるわけではない。生まれ落ちた時からこの姿。
敬い従う者はいても、寄り添い慕う者はいない。
誰かの腕に抱かれる感覚がこんなに心地よいものだとは知らなかった。
ずっとずっと遠くの記憶に、オレンジの光とあたたかい腕がある気がしたが、なんの記憶なのかは分からなかった。
不思議と身を委ねたい気持ちになった時、「できたぞ」と聞こえた。
体を包んでいた温もりが離れ、リコは自分の身に起きたことを確認する。




