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「アイツ……枝を抜くんじゃねえ、血が止まらねぇだろ……」
立つことが出来ず、その場に膝をまた着いてしまった。
顔を上げるとハーキスがドライアドの最後の一体を仕留めるところだった。
足元にたくさんいる黄色い生き物は、仲間を呼んでドライアドを毒で弱体化させることに成功したようだった。それがなければハーキスも窮地に陥っていただろう。
レリックを扱えない勇者は茫然としている。
彼は国では隣国との紛争に貢献した騎士で英雄。自分の強さには自信があった。
だと言うのに、赤と金の武器を扱う男の強さは彼より上だった。
「隊長…うわ、よく生きてますね」
「肩だ。胸じゃねえよ。すまん、手貸してくれ。出血が多い」
ハーキスは救助道具の入ったポーチからアイテムをいくつか取り出す。
血を増すアイテムは存在しないが、止血と傷の回復を促すことはできる。
少々痛いのが玉に瑕だが、カイルに布を噛ませると服を切り裂き、お構いなしに傷口に薬をかけた。
「ぐっ……」
「これ痛いっすよねぇ。骨どうっすかね。やられてそうです?」
「砕かれてるな。あいつら次見たら全員薪にしてやる」
「とばっちりもいいとこっすね」
喋りながらも手を動かし、小瓶からスライム状の液体を肩にこぼすと、傷の周りに広げた。そのままでは無意味だが、軽く衝撃を与えると硬化する。
ハーキスのデコピンによって硬化したスライムは、カイルの肩を簡易的に固定した。
いつの間にかフィルが毛玉を抱え心配そうに見ている。
彼はハーキスの固定が終わると不器用な回復魔法をかけてくれた。
効果があるのかわからず泣きそうな少年に「ないよりずっといい」とカイルは言うと、毛玉にも「よくやったな」と言った。
「フィル、お前もだ。よく逃げずに兵士を助けたな」
「僕は何も……」
「お前はまだ素人と変わらねえ。冒険者としてもルーキー。それでも自分でできることをやったろ? 気概は十分救助隊だよ」
「はい終わり!」
ハーキスが軽く肩を叩くと、カイルは思い切り痛がり「てめぇ!」と叫んだ。
「生きててよかったっすね。リコちゃんいない間に隊長が死んだら泣かれちゃいますよ」
「泣いてくれるかねえ」
「俺が慰めとくんで安心して眠って下さい」
「じゃあ今のうちにお前の息の根でも止めておくか」
カイルがサーベルを抜こうとするのでハーキスが「すいませんすいません」と止めた。
「あの自称勇者どうすんです?」
「知るか。この救助だって誰が金払うんだよ。全く働き損だぜ。フィル、あそこにある俺の荷物持ってくれるか」
「はい!」
フィルが荷物を取りに行き、ハーキスがカイルを立たせた。
大剣まで背負うのは傷に響くが、誰も持てないので自分で背負うしかない。
「勇者サマよ、どんなつもりか知らんがダンジョンを舐めるなよ。ここいらはまだ中盤より手前。それでこのザマだ。状況は特殊だったかもしれないが、それでもギルドの忠告を聞いて無謀な計画を改めれば、こんな死体は出なかったかもしれないな。回収できないならちゃんとギルドに申請しろよ」
それだけ言うとカイル達はダンジョンを後にした。
この第二王子ウィルフレッドは、自分が勇者などではないことは百も承知。
ただ勇者信仰の厚い父王と、子供の頃から弟を精神的に支配してきた兄には逆らえない。
父王や兄より戦場を知っている彼は、二人のように兵士を“その他大勢”と捉えているわけではなかった。
残された王子は、地面に伏し何か叫んでいた。




