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リコが人間界のカイルの元を訪れてしばらくたった頃。
ダンジョンは変化の時を迎え、大きな殻に閉じこもった。これが崩れた時、また新たな構造を抱え再建される。
中には当たり前のようにまるで真層界のような七つのエリアが再び現れ、それに応じたモンスターもまた当たり前のように生活する。
そして人間が狩り尽くす勢いで採る資源もまた豊富に内包するのだ。
島に来たばかりのルーキーはその変貌の遂げ方に驚くが、住民は慣れたものだ。
冒険者ギルドの職員がいつものように「ダンジョン内変形の兆しにつき閉鎖中」のバリケードを築く。
この間だけは救助隊に仕事の依頼はなくなるので一斉休暇だ。
リコは初めて人間界側から殻にこもってしまったダンジョンを見上げた。
「どうした?」
「生まれるだろうか」
「魔王がか? あんまり期待すんな」
「また成り損ないばかりだろうか」
「そればっかは蓋開けなきゃわかんねえよ」
ここに立っているとダンジョンのどこかにあるコアの脈動を感じる気がする。
だがあまり強い感じはしない。
リコが待ち望む同じ存在が生まれないのはコアに元気がないからだろうか。
殻を見上げるリコの横顔に、カイルが話しかける。
リコはダンジョンの心配をしているが、カイルはリコを心配しているようだった。
「不安か」
「私は自分の存在理由を全て知っているわけではない。先人に知恵を分けてもらったわけでも後人が情報を持ってきてくれるわけでもない。本当のところはダンジョンが何を求めているのかも分からない……あるはずの責務が果たせているのかも分からない。右も左も分からない迷子が不安でない訳なかろう」
ずっと殻を見上げていたリコがどこか非難めいた目をカイルに向けた。
お前もそうではないのか、そう言いたげな目だ。
「リコ、お前難しく考えすぎなんだよ。ここにいる連中見てみろ。誰も己の存在理由がどうだとか人生の責任がどうしたなんて考えてねえよ。お前はその肩書に自分で振り回されてんだ」
「お前なら少しは理解出来ると思ったのだがな」
「俺はお前よりもっと分からない。でもそこに不安はそんなに感じねえ。分かる時には分かる……今までそうだった。少なくとも俺は今自分が出来ることをただ淡々とこなすだけだ」
「ではその“今できること”とはなんだ?」
「迷子のおててを取ることくらいなら出来るぞ。お前はあれこれ見過ぎなんだ。不安なら目閉じてろ。俺が適当に連れてってやる」
ふざけた調子でカイルが右手を出した。
大きくゴツゴツした手はリコの小さくてしなやかな手とは大違い。
リコは同じように右手を差し出すと、握手の時のようにカイルの手のひらをパシっと叩いた。
「お前の手なんかに引かれていてはとんでもない所に連れていかれそうだ」
「酷いなリコ、俺は相手の許可もなくそんないかがわしい場所に連れてかないぞ」
「どんな場所だ!」
リコは怒ったようにそう言うとバザーの方へと向かってしまった。