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「孤独か?」
カイルの質問にリコは答えず、紅茶をもう一口飲んだ。
違うことがあればすぐ否定する彼女。それは無言の肯定なのだろう。
俺がいても孤独感は拭えないか。
目を伏せたまま紅茶を飲むリコには、カイルの少し寂し気な表情に気づくことは出来なかった。
「突き動かされるような焦燥感は分からない訳じゃない。リコほどはっきりしなくても俺にも時折ある。ずっと喉の奥に小骨が刺さった感じだ。だけどリコのその直感は悪いもんじゃないと思う。俺も真層界に行ってから違和感の正体が小骨だって分かったからな。それまで何が刺さってるかすら分からなかった」
「こちらにいれば私も違和感の正体が分かるだろうか」
「ならいればいいだろ。どうせあっちは多少ほっといても平気なんだろ? ここの部屋は余ってる。好きなとこ使え。あと必要なもんは言え。遠慮はするなよ?」
「ああ、世話になる。ところで来て早々気になっていたのだが、救助隊とはなんなのだ?」
リコは商人に聞いた時から気になっていたことを尋ねた。
カイルにお人好しな部分があるのは知っているが、救助とは。
「あー……ダンジョンを監視する約束しただろ。最初は他の連中に紛れて冒険者でもいいかって思ったんだけどよ、思いのほか中で死にかけてる連中が多くて、なら救助隊でもやるかって。それだと見回りしてても不思議に思われないしな。あそこで採掘しない人間はただの不審者になっちまう。まあ暇なら小銭稼ぎもするが」
「他者の救済など、勇者にでもなったつもりか」
「今じゃ結構名も知れてるんだぞ? よし、じゃあこれからよろしくな、相棒」
カイルは当然のように右手を差し出す。
「相棒?」
「俺はあるじとしもべの関係性は好きじゃないんだよ。だから相棒」
何やら複雑な関係性をカイルはさらっと持ち出したが、リコは気にした風もない。
「事実は変わらないだろう。私はペイジ。お前は私のマスターだ」
「いいだろ気持ちの問題だよ。じゃあまずは町でも案内するか。ついでに生活用品でも買おう。ああ、ちゃんと魔力の回復には戻れよ。黙ってても俺にはわかるからな」
ずっと差し出したままの手を、握れよとでも言いたげに動かすのを見て、リコはパシっと軽く叩くだけで応えた。
それでもカイルは満足なのかニっと笑うとカップを片付け町の案内に出た。
彼女の隣を歩くのは随分懐かしく、変わらぬ横顔をなんとなく眺めた。
エルフの年の取り方は穏やかだ。
まだ中年に差し掛かったばかりだが彼女と比べれば俺も老けたな、と自嘲する。
町と言ってもダンジョンに多くの者が訪れるうちに自然発生的にできた集落で、人が人を呼び、商いが始まり、食事や宿を提供する者が現れ……そうしていくうちに、王国の城下町に匹敵するほど活気が溢れるように発展していったものだ。
大陸とは船で行き来することになるので、訪れる冒険者は一度上陸すると何日もここから離れずある程度まとまった稼ぎが出るまで滞在する。
ダンジョンは資源の乏しい人間界にとっては必須の採掘現場となり、一攫千金の夢を見ていつでもルーキーが現れる。
ダンジョンは生きており、定期的にその姿を変えるとその度に新しく資源も生成される。
危険も多い一方で、ここには大きな富があった。
リコの目にはそれがどう映ったのかはわからないが、財には興味がないようだった。
彼女がダンジョンに求めるものはそんな俗物的なものではない。
彼女が求めるのは変化の際に資源が生成されるように、自分と同じ存在が生まれること。
リコが漠然とした何かに駆られ、リスクを冒してまでもカイルの元へやって来た理由はそれだった。
常に魔王は真層界に複数人存在する……はずだった。
リコが生み落とされた時には既に魔王という存在は彼女一人だった。
彼女はたった一人真層界を平定し、自分の運命に従いダンジョンを、真層界を守って来たつもりだった。
だが待てど暮らせど次の魔王は現れない。
いったいダンジョンに何が起きているのか。それとも、心配のしすぎなだけでこれは異常などではないのだろうか。
十五年ぶりの再会はほんのりと彼女に安心感をもたらしたが、隣を歩く存在の大きさにはあまり気づいていないようだった。