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「リコぉ! 無事か!」
「大丈夫だ!」
「クッ……今引き上げる!」
カイルが足を踏ん張り、狼がそのコートの端を咥えた。
手に巻き付けたロープを手繰り寄せ、ゆっくり引き上げて行く。
だがその手に僅かな違和感が走った。
プチッ
ダンジョンの大女郎と呼ばれる大蜘蛛の糸を一緒に編み込んだこのロープは、カイル達が所持する中でも一番丈夫なもの。
だが落下の際に鋭利になっていた氷に擦れたロープは、一本ずつその繊維が切れようとしていた。
リコが軽いとは言え、このまま引っ張り続ければ切れてしまう。
一度引き上げるのを止めるとカイルがクレバスに向かいながら手繰り寄せた。
足場は脆い。
ロープが擦れた衝撃で今にも崩れそうなのが、リコの方からだとよくわかった。
「カイル、だめだ足場が崩れる」
「だがもうロープが持たねえ!」
「下がれカイル、落ちるぞ」
「ダメだロープが切れちまう」
カイルの位置からリコを確認することは出来ない。
もう少し引き上げればリコの体が狭い部分にひっかかりロープが切れても彼女ならなんとかなるはず。
もう少し。きっとあと少しで。
リコの目にカイルの足元でパラパラと氷が降るのが見えた。
崩れる前兆だ。
「カイル、私はこの程度で死なない。だから待っている。お前は救助隊隊長だろう?」
「リコ!?」
カイルの掴むロープから重みが消えた。
ずっと下の方で、何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。
「リコぉおお!!」
カイルの足場が崩れ、狼たちが一斉に彼を後ろに引いた。
その場に尻もちをついたまま、カイルは一瞬状況が把握できず固まった。
我に返り引き上げたロープの先は、刃物で切った跡が残っていた。
「リコ……」
リコをテイムしている細い糸のような繋がり。
物理的なロープは切れたが、まだその繋がりは切れていない。
カイルは少しだけその糸を太くすると、より繋がりを強化した。これでもっとリコを感じることが出来るし、彼女にマスターの魔力をある程度分け与えることも出来る。
「息はある、意識も……まだある」
ベルトのポーチから救難信号用のオーブを取り出しリコの落ちたあたりに投げ込む。
自分の持つコンパスにその信号を反映させると、位置が表示されていることを確認した。
さらに予備の何も入っていないオーブを取り出すと、そこに火を纏わせ目印としてクレバスの傍に浮かせた。
残りのオーブ三つに熱を込めると、リコが気絶してしまった場合に少しでも暖を取れるよう投げ込んだ。
「リコぉ! 必ず戻る!」
返事はなかった。
底がどれほどかはわからないが、単純に声が届かないだけのはずだ。まだ辛うじて意識はある。まだ。
どうかそのまま保っててくれ。
「狼たち、もう少し助けてくれ」
そう言うと気絶したままのリーアムを担ぎ、反対側で動けなくなっているジェイソンの元へ行った。
ジェイソンは意識はあるが動くことが困難なほど疲弊していた。
カイルへの補助は最後の力を振り絞ったらしい。
糖分補給ついでに魔力を回復させる効果のある飴をその口の中に放り込んでやると、荒っぽいが狼にその体を引きずってもらいウォーレンの目印を目指し進んだ。
「すまない……すまない……」
喋る気力の出たジェイソンが繰り返しそう言う。
その途中で雪に埋もれかけたヒューの遺体の横を通り過ぎた。
「俺もすまない。ヒューは助けられなかった」
「そんな気がした……助けを求めに行った時間と救助隊が来た時間が合わなすぎる」
「遺品を少し回収した。後で渡す」
「ありがとう。リコさんは……」
「まだ生きてる。俺たちは救助隊だ。優先すべきものがある。お前たちをベースキャンプの仲間に引き渡したら戻る」
その後は無言で歩き続けたカイルは、徐々に吹雪が強くなる頃ウォーレンの待つベースキャプに到着した。




