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「可愛いっ」
「違うわ、こういう人を美人ていうのよ」
「そりゃこんな綺麗な人が傍にいるんじゃ来てくれないはずよね」
「あーあ。私タイチョーさんだったら毎日相手にしちゃうのに」
「お前たちに毎日相手にされたら俺でも枯れちまうよ」
女の子たちが「嘘だー」と言いながら笑っていた。
リコにはついて行けない世界。
いや、でも話の雰囲気からカイルは遊びに来たことはない?
知らない世界に動揺を隠せず、普段表情の乏しい彼女の顔には熱が集まりっぱなしだ。
「だから来るなって言ったろ」
「見て、可愛い。真っ赤だわ」
「こら、あなた達。お客様に何をしているの。全員戻って。堅気をからかっちゃだめよ」
女の子たちは「はーい」と言うと部屋を出て行った。
廊下からまだ騒ぎ声が聞こえるが、やがてそれも上階へと消えて行った。
「ごめんなさいね。あの子たちも商売抜きに話せるカイルを慕っていて。さあこれよ。ルーシズの王都で流行っている練香水。ただの香水じゃなくて魔力回復効果があるからニーナちゃんとキャスちゃんもどうかなって。お姉さんもどう? エルフのリコさん。カイルから時々あなたの話を聞いていたわ」
「私の話を?」
隣にいるカイルを見るも、彼は素知らぬ顔で籠の中の容器を1つ手に取った。
テーブルに置かれた籠の中には綺麗に装飾された貝の容器がいくつか入っていた。
香りをイメージした花があしらわれているらしく、中には真層界では見かけないものもあった。
「いや、私が頂くわけには」
カイルの動向が気になるからついてきただけなのに、交友関係もない自分がいきなりそんな物は貰えないと思う。装飾も凝っているし、王都で流行っているのなら高級品ではないだろうか。
「もらっとけ」
「いくつか種類があるのよ。一番人気はラベンダーですって」
「ラベンダー?」
「あら、知らない? こんな香りよ」
マダムが一つ開いて香りをかがせてくれた。
「ラサラの香りととても似ている」
「真層界ではそうなのかもしんないな」
ラサラは色々な薬に使えるし香りが人気なのは真層界も同じだ。
いい香りではあるが、リコには他に好きな香りがある。
人間界でも探してみたが同じものはないのかどれなのかわからなかった。
「リコはこれじゃないか」
籠に手を伸ばしたカイルが選んだのは白い花を模した飾りの付いた貝。
カイルがママに断り蓋を開けると、リコの鼻先に近付けた。
「これ……ビーハットだ」
「こっちではミュゲだな」
「同じ香りがあったのか…」
「あら、私の名前と同じ種類の花が好きなのね。光栄だわ。ならそれをどうぞ。ニーナちゃんとキャスちゃんにはラベンダーとローズを。どうせ二人でシェアして使うでしょうしね」
「でも私はただカイルについて来ただけだ」
「遠慮しないで。私はカイルに大恩があるの。彼の大事な人は私の大事な人よ。私の夜の名を付けてくれたのもカイルなの。そんなこと言ったら意味深に聞こえてしまうかしら?」
そう言うと彼女は楽しそうに笑った。先ほどの上品な笑いとは違い、もっと目元に皺のできる深い笑い。そこには一緒に苦労も刻まれている気がして、何かを邪推することが失礼な気がした。
いつでも遊びに来て。そうマダムに言われ館を後にすると、昼の時間も近くそのままカイル御用達の酒場に行った。
なんだかリコのイメージしていたものとは違う世界で、カイルを、なんならその店にいる女たちも少し汚い目で見た自分が恥ずかしかった。
カイルがいつも座る二階の席に行くと、手の中の貝を弄ぶ。
蓋を開けると心落ち着く香りが広がった。
「気に入ったか?」
「ずっとこちらで同じ植物がないか探していたんだ。どうして私が好きなのが分かったんだ?」
カイルは口角を僅かに上げただけで答えなかった。
本当にどうして気が付いたのだろう。
真層界では湯浴みの時にいつも浮かべていた。
香りはそれほど強くないが、草原のような香りの中にふわっと甘い花の香りが残るのが好きだった。




