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「これが多分真層界風に近くなる」
「もしかしてエグルか? キャベツのエグルが定番だが」
「じゃあきっとそれだ」
酢漬けのキャベツは人間界にもあるが、ポトフに加えることはない。カイルが真層界風と言ったのは、このことだったのだろう。
皿に取り分けようとした時に間がいいのか悪いのかハーキスがやって来た。
彼はリビングに入るなりわざとらしく鼻をくんくんさせた。
「なんかいい匂い……ああ! 俺に隠れてイチャイチャしてる!」
「なんだよ邪魔すんな」
「イチャイチャなどしていないし邪魔でもない」
ハーキスは「リコちゃん女神」と言いながら当たり前のようにテーブルに着いた。
「隊長、わざわざすみません」
「お待たせいたしました」
「わー、おいしそーってこれなんすか。ブーケガルニじゃないっすか」
「お前は草で十分」
スープはスープカップに。具を別の皿に盛りつけると、結局三人で食卓を囲んだ。
リコは早速皿に手を付けた。
「俺の十五年前の記憶はどうだ?」
「似てる……キャベツの味わいが違うだけでスープの味はかなり近い。よく再現したな」
「なんすかこれ、酸っぱい。あとハーブ強い。うまいけど」
「真層界……というよりエルフの間ではハーブが多いんだ。多分私がエルフだったからそういう味付けになっていたんだと思う」
「いい線いってんだろ?」
リコは頷くとスープを味わい、また頷いた。強めのローズマリーの風味が鼻を抜けていくのがリコのお気に入りポイントだった。
頬が自然と緩んでいることにリコは気づいていない。
「真層界風のものがこちらで食べられるとは思わなかった。再現するなんて頭私にはないからな。美味しい。ありがとうカイル」
リコはハーキスが普段見たことのない笑顔を浮かべている。その笑顔を浮かばせた犯人はリコの反応を見てやや得意気な顔をしていた。
ハーキスはつまらなそうに皿のソーセージにフォークを刺すとわざと大きな溜息を吐いた。
「あーあ。なんなんすかねその二人の空気は。俺も真層界に行って可愛い子探して来ようかなー。例えば魔王とか。男とは限らないよね?」
リコを意味有り気に見ながらフォークのソーセージにかぶりつく。
リコがフォークの手を止めるとその目を見返した。
「見た目が可愛くても意外と喧嘩っ早くて腕っぷしが強かったらどうすんだ? その上強気なくせに寂しがる面倒なやつ。まあダンジョンに連れて行くとほとんど敵対しないし救助に行くには便利だけどな」
「ひとを道具みたいに言うな」
ハーキスは「ふーん」と言いながらスープを綺麗に飲み干した。いつの間にか皿も空っぽなので口に合ったようだ。
「伝承なんてアテになんないっすね。ま、俺は勇者信仰は信じないけど隊長のことは信じてるっすから。俺いいこと言った~。ご馳走様でしたー」
ハーキスは自分の皿を片付けるとさっさと本部に戻った。
リコも皿にあった最後の野菜をフォークに取るとカイルを睨んだ。
「面倒で悪かったな」
「嫌とは言ってないぞ?」
「……ご馳走様。料理、今度教えろ」
「仰せのままに、魔王サマ」
リコが片付けをする間のカイルの目が終始穏やかな気がして、彼女は背中を向けた後もどこかむず痒いような気がした。




